過去の話ではありません
「ねぇ、あの方は何なの?」
生まれて初めて殿方に抱きしめられたマーガレットお姉様は、屋敷に帰ってもポーっとして心ここに在らずだ。
「お姉様、本当にあの方をご存知ないのですか?」
「知っていたら聞かないでしょ!」
ごもっとも。
「あの方はお姉様と同学年ですが、違うクラスの方です」
王太子殿下である事は伏せる様に殿下御本人から仰せ付かっている。
あまり構えて欲しくないらしい。
でも、すぐにバレるわよね?
「と言う事は上位貴族のクラスね。私をメグって呼んでたわよね?」
「メグって、マーガレットの愛称ですし特段変ではないのでは?」
「それがおかしいわ!あの方が何故私の名前をご存知なのかしら?それにいきなり愛称だなんて」
ようやく声に力が戻ったと思ったら答えに困る事を聞いてきますね、お姉様。
王太子殿下も、ヴィクトリア様も、フォローを私に丸投げっていうのも如何なものでしょうか。
「当家は色々と有名ですから」
悪名は無名に勝る!
事実、良くも悪くも名前は知れている。理由付けはこれしかない!
「誰からもメグなんて呼ばれた事は無かったわ。マギーは有ったけど」
「メグと呼ばれて如何でした?」
「何なの? 胸がドキドキしてならないの!」
「お姉様、それは…」
「有り得ないわ!」
いきなり全力で否定してきたわ。
これはその気にさせるのは骨かも。
「いきなり抱き締められて動揺しただけよ!」
でも家の為にも、お姉様にその気になって頂かないと。
王太子殿下とお姉様が出会った事で、私の役割もガラリと変わった。
それはお姉様をその気にさせる事。
今度は王太子殿下からの依頼だ!
でも本当に王太子殿下が探していた運命の人がお姉様だとすると、障害が幾つかある。
王家に嫁げるのは伯爵家以上の家格が必要で、男爵なんてお呼びでない!
更には王太子殿下とヴィクトリア様御本人は婚約破棄に前向きでも、王家とクラプトン公爵家で結ばれた婚約がそう簡単に破棄とはならないだろう。
クラプトン公爵家って、永代筆頭公爵家で王家との結び付きが半端ないから!
公爵家の説得はヴィクトリア様が、国王陛下の説得は王太子殿下が担う事になったけど、上手くいくのかしら?
△△△△△
翌日、珍しくお姉様と一緒に登校する。
何か有った際にフォローする為だ。
尤も登校中に王太子殿下が何か仕掛けてくる事は有り得ない。
だってこの学院で徒歩通学は私達だけですから!
他の貴族の子女はどんなに近くても馬車で通っている。
まっ、季節を感じながら歩いた方が健康に良いわ!
「お姉様、何か有りましたらお知らせ下さい」
「分かったわ」
昨日の王太子殿下は私とヴィクトリア様がお止めしなければ、接吻をしかねない勢いでした。
探し求めた運命の人が隣のクラスに居ると判れば、どんな行動に出る事やら。
△△△△△
慌ただしく廊下を走る足音が耳に飛び込んで来た!
誰かしら?
廊下を走るなんてはしたない。
「シャ、シャ!」
お姉様でした!
お姉様よほど慌てていらっしゃるのね。廊下を走られるなんて。しかも最愛の妹の名前も発音出来ないなんて!
「お姉様、落ち着いて下さい」
「落ち着いてなんかいられないわ!」
お姉様たら、随分な取り乱しよう。
クラスの皆様の視線が痛いわ。
「どうされましたか?」
「どうもこうも無いわ! 私が上位貴族のクラスに編入されているのよ!」
あーっ、その手に出ましたか殿下!
権力者が形振り構わなくなると、こうなるのね!
好きになってはいけない人を好きになった! と言う事はあるけれど我が姉は、好きになられてはいけない人に好きになられたみたい。
お姉様、ファイト!