知ってる肉ではありません
「なっ、何?」
抱き締めたいという衝動を抑え切れずに行動に移してしまった。
只ひたすら戸惑っている彼女の態度にようやく我を取り戻した俺は慌てて背中に回していた両腕を解き放つ。
「突然すまない。メグが気高く美しく、尊くそして儚く見えて。そうしたらこの手で守りたいと思ったら止まらなかった」
「ふざけないで!貴方は騎士様でしょう!もっと綺麗に着飾った女性が周りに居るでしょ!」
メグは俺から顔を背け、声を震わせながら言い放った。
俺はそんな女共に興味など微塵も無いと言うのに、決め付けられると腹も立つ。
「ふざけてなんかいない!確かに居るには居たがそんな奴等はどうでも良い!」
つい大きな声を出してしまった。
メグも驚いて俺を見ている。
今日は感情的になる事ばかりだ。
「こんな想いは初めてなんだ。会ったばかりなのに勝手に愛称を付けて呼ぶとか、怪我して介抱されているのに守りたくなるとか、今もこうして自分でも何を言っているんだか判らなくなりながらも、何か話さなければと思ってベラベラ話したりして」
何か行動しなければ、激しさを増す一方の心臓の鼓動の衝撃で胸が張り裂けそうだ!
「も、もう知らない!」
そう言い残すとメグは走って部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿を追う事が俺には出来なかった。
礼節を欠いていた事は認める。その責任は全て俺自身に有る事も。
△△△△△
コンコンとドアをノックする音が暗い部屋に響く。
「食事をお持ちしました」
この声はメグか?
てっきりもう来てくれないかと思っていた。
「どうぞ」
思えばドアをノックされて、「どうぞ」なんて言った事はこれまで無かったな。
そんな言葉を使う必要が無かったからな。
家臣にしかドアをノックされた事が無かったから、「入れ!」としか言っていなかった。
「騎士様のお口に合えば良いのですが」
あんな事の後だからかメグの態度は何処か余所余所しい。
「ありがとう。これはメグが作ってくれたのか?」
「作ったのは母です。私は少し手伝っただけです」
メグが手伝ったと言う料理を早速頂く事にした。
初めて食べる料理だが、個性的な味だな。
特にこの肉は中々に美味い。鶏肉とも違う様だが。
「カエルです」
一瞬戻し掛けたが、何とか留まった!
これまで制圧下とした地域ではイナゴや蜂の子と言った昆虫類をタンパク源としていた地域も在ったが、カエルは無かった!
「解体から味付けまで私がしましたが、お口に合いませんでしたか?」
「いや、シャトーブリアンのステーキより美味い!」
「シャトー?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
別に牛肉の希少部位を知らなくても、如何という事はないし、今現在知らなくても良い事は知らなくても構わない。
育った環境の食文化が多少違うだけで、大した問題ではない、
「カエルを食べるのは初めてだが、美味い物だな!」
「そうですか?」
メグは俺がお世辞を言っていると思っているのか、まだ態度は硬い。
ならば態度で示すのみ!
「美味い!」
最初こそ抵抗有ったが、据え膳食わぬは男の恥!
それに慣れれば本当に美味いかも。俺は勢いを付けて平らげてみせた。
「そんな無理しないでよ!騎士様はカエルなんて食べないでしょ!」
「無理なんてしていない。それに味付けも食感も悪くないぞ!」
ようやくメグの口調が戻った。それが何よりも俺を安心させる。
「騎士様はカエルなんて食べないと思ったのに」
「メグが作らなければ、食わず嫌いになっていたかもな!」
ここで2人して笑う事が出来た。
「はい。全部綺麗に食べたご褒美よ」
テーブルの上には焼き菓子が置かれた。
「貴方が妹のケイトから金貨で買おうとした、杏の焼き菓子よ。こんな物に金貨を出すなんて何を考えればいるの?」
「あの金貨しか持ち合わせが無かった。部下に対して咄嗟の褒美の為に何枚か持っていたからな」
金貨で買い損なったが今度こそ、この菓子が食べられる。
これもメグの手作りか。俺は期待に胸を弾ませて頬張った。
「美味い!」
「大袈裟よ!」
大袈裟なんかじゃなくて本当に美味い!
俺の料理人を指導して欲しいくらいだが、それだと俺がその料理人に嫉妬してしまいそうだから、その言葉は口にせずに飲み込む。
「メグ、これからも俺にこの菓子を作ってくれ!」
出会ったその日にこんな事を言う事に抵抗が無い訳では無いが、勢いに任せて言ってみた。
何処か遙かな異国では、毎朝のスープを作って欲しいと頼む事がプロポーズだとか。
それを真似てみた!
「いいけど、お菓子好きなのね。金貨は多過ぎだけど、材料代は貰うわよ」
そう簡単に落とせない所が、メグの価値を高めているんだ!
メグの心を奪う事は、敵将の首級を取るよりも難しいかも知れない。
だが絶対に怪我が治る迄にメグと婚約してみせる!