気がある訳ではありません
優しい目でお読み頂ければ幸いです。
「これも違いますわ」
ヴィクトリア様の鑑定結果は常に溜め息混じりだ。
私、シャーロット・アプリコットとヴィクトリア・クラプトン様の『ある物』を探し求める旅はまだ始まったばかり。
これでは先が思いやられる。
「ヴィクトリア様、お止めになられますか?」
「とんでもない! 簡単に見付かる物なら価値などございません。次に参りましょう!」
この一言でムキになられる。ある意味コントロールしやすい方ね。
それにしてもまさか、婚約破棄がこんなに大変だなんて、半年前には思いもしませんでした。
△△△△△
「ごきげんよう」
風薫る初夏、今日も学院の同級生である公爵令嬢のヴィクトリア様は誰にでもお優しく、吹けば飛ぶ様な男爵令嬢の私如きにも優しく微笑んで下さる。
その麗しさはまさに女神様!
本当にお優しいヴィクトリア様、お怒りになられた所を見た事が無いわ。
「あのシャーロット様、少しお時間を頂戴できますか?」
「はっ、はい」
でも今日のヴィクトリア様、険しい表情を初めてお見せになされている。口調は穏やかなのに。
何か有ったのかしら?
私はヴィクトリア様と学院内のティールームに足を踏み入れた。
15歳になれば貴族の子女が2年間通う事を義務付けられたこの学院には贅を尽くしたティールームが在る。
このティールーム、場所こそ学院の中だが運営は民間が行っている。まっ、どうせ何処かの貴族の息が掛かっているのでしょうけど。
そのティールーム、貴族の子女故か学生相手であってもお値段も貴族価格なので貴族と言えども庶民派の私は初めて足を踏み入れた。
この高そうなお店を私と話す為だけにヴィクトリア様は借り切っているそうな!
ヴィクトリア様は慣れた調子で私の分まで注文して下さるけれど、当家の経済事情からして割り勘はツラい。おごりだと嬉しいな。
「シャーロット様、不躾ながら1つだけ確認させて頂きたいと思いまして」
「1つだけ確認ですか?」
言われてハッとなる。ヴィクトリア様は公爵令嬢にして王太子殿下のご婚約者だ。将来的には王妃殿下となられるお方。
もしかしたら昨日、ハンカチを落として王太子殿下にお教え頂いた所をご覧になられて誤解されていらっしゃる?
教えては頂いたけれど、拾って頂いた訳でもないのに!
「シャーロット様、昨日殿下と廊下でお話されていましたわね? 何をお話になられていましたの?」
何時になく激しい口調のヴィクトリア様。やっぱり誤解されて怒っていらっしゃるみたい。会話の内容を確認したいのね。
「シャーロット様、殿下をどの様にお思いですの? 殿下に何か特別な感情をお持ちになっていらっしゃらない?」
ヴィクトリア様は私が最初の質問に答える前に立て続けにお尋ねになられる。
本当に何も無いのに凄い責められよう。これは答えを慎重に選ばないと命取りになるに違いない。
「そもそもですが、シャーロット様にご婚約者はいらっしゃるのですか?」
ヴィクトリア様、確認したい事が1つではなくなっています。
こうなったら毅然と言うしかないわ。やましい事は1つも無いもの!
「ヴィクトリア様、ハッキリと申し上げます。昨日は殿下にハンカチを落とした事をお教え頂きまして、自分で拾いました。他に殿下にお声を掛けて頂いた事は一切ございません」
1つ深呼吸して言い切った。それ以上でも以下でもないもの。
「殿下に拾って頂かなかったのですか?」
ヴィクトリア様は目を丸くされて驚かれているみたい。まあ、そこは普通なら拾って頂く所よね。
尤も私のハンカチなんて殿下には雑巾の様な感じだったのかも知れないけど。
「ええ。その様な恐れ多い事は」
「それはいけませんね。そこはしっかりと殿下に拾って頂かないと」
えっ?ヴィクトリア様が眉間にしわを寄せていらっしゃる?
誤解を解けたと思ったのに、どうして?
「殿下は何か仰っていましたか?」
「私の顔見て、「似ているが違う」と呟かれていらっしゃいました。それっきり考え込んでしまわれたので自分で拾いました」
「そうですか。貴女も違うのですね。それでシャーロット様、ご婚約者はどうですの?」
貴女も違うってどの様な意味?
「当家は爵位を賜っている家の中では最も貧しく婚姻もままなりません」
「そうですの?」
ヴィクトリア様はご存知ないのだ。知っていて私の口から言わせたいのなら、かなりの性悪だけど。
アプリコット男爵家と言えば悪名高き貧乏貴族。
男爵という爵位も収入も何もかもが本当にギリギリ貴族。
元は農家だったけど、王国の初代様が国を統一する戦いで1度敗れた際、ウチのご先祖様が敵の追っ手から匿って療養させていたらしい。
その後に自軍に戻られた初代様は軍を立て直して2度目の決戦で敵を打ち破り、覇権を手にされたのだ。
初代様は改めてご先祖様の元を訪れて、アプリコットの家名と子爵位を賜れたと聞いている。
何でも匿われていた時に食べた杏のお菓子が気に入ったそうだ。
色々とあって今や領地は手付かずの山を除けば猫の額程の痩せた土地に変わり、爵位も何故か男爵になって今に至る。
「私は3女なのですが、先日ようやく上の姉の縁談がまとまりまして。次は下の姉の番ですが、私の縁談など何時になることやら」
普通の男爵家ならそんな事も無いのかも知れないけど、アプリコット男爵家となると皆様方ご遠慮なさって下さるみたい。
ちなみに、2人の姉の器量は悪くないと思う。妹の私が言うのは変でしょうけど。
「女ばかりですの?」
「私たち3姉妹の下に弟が居ります。まだ子供ですが。あの弟があの家を継ぐと思うと不憫で」
本当に可愛い弟だが何処ぞのご令嬢を妻に迎える事は難しいかも知れない。
娘に苦労させたい親は中々居ない。貴族なら尚更ですよね。
「ご安心なさって! 私たちの友情が身を結び、私の願いが叶えばきっと、ご姉弟に良縁をもたらしましょう」
ヴィクトリア様から力強いお言葉を賜りました!
友情とも仰られました!
只の同級生ではない!将来の王妃殿下となれば言葉の重みが違うわ!
「ありがとうございます!大願成就をお祈りします。してヴィクトリア様、その願いとは何でございましょう?」
「実はシャーロット様にお願いがございますの」
何?ヴィクトリア様が伺う様な、訴える様な眼差しで私を見つめる。
「何でしょう?私に出来る事でしたら」
「出過ぎた事と思いましたが、シャーロット様にご縁をと思い、殿方をご紹介致したく存じます。このご縁がまとまれば失礼ながらアプリコット家の窮状は劇的に改善されます!」
「まぁ、私に殿方をご紹介頂けるのでございますか?嬉しい!」
意外だわ!ヴィクトリア様は王太子殿下のご婚約者というお立場故に、殿方を殆どお近付けにならない。
私何ぞに殿方をご紹介頂けるとは夢にも思っていなかった。
「ヴィクトリア様、何処の殿方なのですか?」
「ジョナサン・ジェームス・フォン・イブリーガ」
「はい?」
えっ?聞いた事が有るお名前だけど。気のせいかしら?
「ジョナサン・ジェームス・フォン・イブリーガ! このイブリーガ王国の王太子殿下です」