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俺と雨と雨神様と  作者: レニィ
40/55

40.花見の宴

 雨ノ宮神社の桜が、満開になった頃。

 港町の人々は、その桜を見に坂道を上がってきた。

 神社の桜の下には、筵が敷かれて、その上では、もう男たちがお猪口を片手に一杯始めている。

 

 その日ばかりは、雨の神様と言われる雨ノ宮神社の神も雨を降らさなかったようで。

 時折吹く風が、桜の花を散らし、花びらが雨の様に降り注ぐ。


 港町の住民たちによる、花見の始まりだった。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 花見の会場で、小さな出店を出している店が、四つほど。

 茶屋の主人が、町会で声をかけたところ、茶屋を含め四つの店がこの花見で出店を出したいと名乗りをあげたのだ。


 一つはいつも通り、港町一番の茶屋、大豆田屋。今日は蒸し饅頭だけでなく、新しい菓子として、桜餅を出品している。

 桜餅は、桜の咲いている時期のみ販売するという売り文句で、新し物好きや、期間限定という言葉に弱い者たちがこぞって買いたがった。

 

 二つ目は酒屋。宴の場に酒がなくては困るだろうと、酒を持ってきた。これには男たちが喜んだ。

 三つ目は惣菜屋。普段、茶屋に客を持っていかれてばかりなので、今日こそはと、一口で食べられる物を出している。


 四つ目の店が、今日一番、番狂わせだった。


 「カフェー・ヘカテー。カフェー・ヘカテーでございます。キャラメルにビスケット、シュークリーム。甘いお菓子をご用意してございます。大人の方は、チョコレートをいかがですか?さぁさぁ、覗いてみてくださいな」


 大豆田屋の隣にある、茶屋。いや、喫茶店、カフェー・ヘカテー。

 それが四つ目の出店者だ。


 着物に、白いフリルのついたエプロンを着けた女給たちが、洋菓子を売っている。

 大豆田屋が、昔ながらの餡子で来ると言うなら、カフェー・ヘカテーは、洋菓子で対抗してやろうという事らしい。

 間に二つの店が挟まっていると言うのに、大豆田屋とカフェー・ヘカテーは互いに、火花を散らしていた。


 「うむ。このさくらもちも美味いが、しゅぅくりぃむも、きゃらめるも、びすけっとも、美味いな!今まで食べたことのない味と食感じゃ!」


 そう言って、むぐむぐと口を動かしながら、あらゆる菓子を味わっているのは、この神社の主、雨の神、アオだ。

 

 神様の住まいを借りて、店を出すのだからと、出店する店にはお供物として、それぞれの店から出品した物を供えてもらった。

 供えられたら、もう神の物だ。

 アオは遠慮なく全てを食べている。


 「アオ様、せめて、茶屋の方を応援してやってくれよ。あんなに楽しみにしてたじゃないか、桜餅」

 

 馬借の青年、宗近は、ちょっとため息を吐きながら、お供物を食べるアオを見やる。

 

 宗近としては、せっかく桜の葉の塩漬けまで用意したのだから、桜餅の方を応援して欲しいと思うのだ。

 それに、港町へ帰ってきた時に、アオ自身からも『さくらもちを持ってこい』と言われていたので、桜餅の方を喜んでくれると思ったのだが、アオの感心はどうにも洋菓子の方へ向かいがちなのだ。


 「ぬ?わたしは、どちらも応援するぞ?美味い物が食べられれば、人は嬉しいだろう?甘いものならば、なおさらじゃろ?……まぁ、少し獣臭いのが気になるが」

 「獣臭い?あぁ、シュークリームもキャラメルも、ビスケットも牛乳とか、バターとか使ってるからな。たまにそれが嫌だって人もいるとは聞いたが……」

 「いや、菓子からではなく。この菓子を出している店の売り子の臭いじゃ。まぁ、狐じゃから仕方なかろうな」

 「……狐?」

 「狐じゃよ?あの店で働いているモノは、全員狐じゃ」

 「あらぁ?腐っても神なのですねぇ。私たちの正体を見破っているだなんて」


 そう言って、近づいてくるのは、カフェー・ヘカテーで一番人気だと言う、女給だった。

 女給は、真っ赤な紅を塗った唇を引き上げて、アオと宗近の居る社の方へやってくる。


 「お主……お主の主人は、ここのモノではないな?稲荷の神の近縁のモノか。昨年の出雲で、私に声をかけたモノだな?」

 「あらぁ、そこまでお分かりになるんですねぇ?えぇ、そうです。私たちの主人は稲荷神が一人。稲荷の神は、たくさん居ますけれど、私たちの主人は、昨年の出雲で、貴女に優しい助言をしたモノですわぁ。その助言も、私あってこそですけれども」

 

 女給はニヤニヤと笑いながら、アオの前へ茶色の塊を差し出す。


 「どうぞ、チョコレートです。そちらの人間の男性と一緒に召し上がってはいかがかしら?」

 

 女給のねちっこい瞳が、宗近をチラリと見やる。宗近は、アオの前からチョコレートの乗った皿を取り上げると、女給へ突き返す。


 「たとえ相手が神であっても、チョコレイトはあまりいいものとは思えないな。そちらだけで、楽しんでくれないか?」

 「あらぁ?喜んでいただけると思ったのに。でも、せっかくだから、貴方に差し上げますわぁ。えぇ、貴方ほどの男性なら、たとえ神であっても、チョコレートの効果があるでしょうからねぇ」


 女給は、突き返された皿をもう一度押し返すと、彼女たちが開く出店の方へ戻って行った。


 「宗近よ。ちょこれいとは、何故いいモノではないのだ?」

 「え、えーと、それは、だな……」

 

 首を傾げるアオに、どう説明すればいいのか、悩んでいると、手に持った皿のチョコレートが一つ消えた。

 消えた先には、薬屋の河津と、便利屋の天狗、風来が居た。


 「チョコレートの原料になる、カカオは滋養強壮や、疲労回復の効果のある薬の一つですが、効果が高すぎるので、人によっては効きすぎて、酒を飲んだ時のように、気分が高揚するのです」

 「だから、俺みたいな大酒飲みの天狗が食っても問題ないが、慣れてない奴が食うとえらい目になるんだ。神様のあんたなら大丈夫かもしれんが、そこの馬借の兄ちゃんは危ないんじゃないか?」

 「ぬ?健康にいいものなら、宗近にとってもいいモノなのではないのか?何故危ない?」


 やんわりと、チョコレートの効果を伝えたが、アオには理解してもらえなかった。

 それどころか、宗近に勧めてこようとするので、宗近は慌てて、風来の手にチョコレートの乗った皿を押し付ける。


 「俺は、ほら、茶屋でちゃんと休ませてもらってるし、メシも食ってるから!と、とりあえず、チョコレイトはやめといてくれ、天狗のあんたに全部やる」

 「俺が貰っても、娘っ子らには上手いこと振り向いてもらえないんだがなぁ……こんなに良く働く美丈夫が居るってのによぉ」

 「自分で自分の事、美丈夫って言うからじゃねぇの?」


 薬屋は容赦なく、天狗を切る。

 

 「チョコレート食っても平気なら、手伝ってくれよな。これからチビどもに、薬草を教え込まなきゃならん」

 「教え込むっても、チビどもも今日は無礼講で走り回ってるぞ?」


 花見に集まるのは、何も大人だけではない。両親に連れられた子ども達も、集まっている。

 いつもは草を取る子ども達も、今日は宴とあって、きゃあきゃあ言いながら走り回っている。


 「今日の子どもらは、駄賃でも釣れないんじゃねぇか?」

 「いや、意地でも釣ってみせるね。そのために、俺は桜の事を教えて、色粉も融通してやったんだからな。おい、チビども!茶屋の桜餅が買えるだけの駄賃をやるから、春の薬草を覚えに来い!」


 薬屋のかけた言葉に釣られて集まったのは、薬に興味のある子どもと、その弟分二人だけだった。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 走り回っている子どもたちの塊から、一人の幼児が離れて、社の方へ少し覚束ない足取りで走ってくる。


 「かみさまのおねぇちゃーん!ちぃきたよー!」

 「おぉ、ちぃか。今日も兄たちと一緒に来たのか?」

 「うん!きょうはね。おにぃちゃんとね、おかあちゃんとね、おとうちゃんもいるの!あそこ!」

 「そうか、家族皆で来てくれたのだな。ありがとう」

 「おねぇちゃんも、ちぃたちとおかしたべよ?きょうはね、おかあちゃんが、いろんなものかってくれたから、おいしいものたべれるよ?」

 「わたしは、この宗近と一緒に食べて、楽しんでおるから大丈夫じゃ。ちぃは、家族と共に楽しんで、食べなさい」

 「むねちか?」


 ちぃのつぶらな瞳が、宗近の方へ向けられる。

 ちぃは、宗近とアオを見比べて、首を傾げる。

 

 「むねちかは、どうして、かみさまのおねぇちゃんといっしょにたべていいの?なんで、ちぃはだめなの?」

 「ぬ?どうしてか、じゃと?それは、うぬ……」

 

 ちぃの問いに答えあぐねていると、ちぃがわかったとばかりに、両手を上にあげる。


 「むねちかとおねぇちゃんは、とくべつなかよしさんなのね!だからいっしょにいるのね!」

 「特別仲良しさん?!」


 幼い子どもの答えに、思わず宗近が笑う。


 「そうそう、俺は、この神様と特別仲良しさんだから一緒に居るんだ。特別仲良しさんだから、一緒に桜餅を食べたりしているんだ」

 「じゃあ、むねちかとかみさまはけっこんするの?」

 「へ?」

 「何故そうなるのじゃ、ちぃよ」


 幼児は、さも当然とばかりに、一柱と一人に話して聞かせる。


 「だって、とくべつなかよしさんだったから、おかあちゃんとおとうちゃんはけっこんしたって、ちぃきいたよ?となりのねーねが、ふなのりのにーにとけっこんするのも、とくべつなかよしさんだったからだって、きいたよ?むねちかとかみさまがとくべつなかよしさんなら、けっこんするんじゃないの?」

 

 特別仲良しさん。

 それは大人が幼児にわかるように教えた言葉なのだろう。

 むしろ幼児ですら、そんな関係がわかるのだ。

 

 だが、


 「ちぃよ。わたしと宗近は、結婚できんのじゃよ」

 「どうして?とくべつなかよしさんなのに?」

 「それは……」


 人と神だから。

 交わるべき存在ではないから。

 

 そんな事を幼児に言ったところで、わからないだろう。


 そして、それを言ってしまう事は、アオ自身が、それを絶対に出来ないと言い切ることだ。

 

 言い切りたくない。そんな気持ちが、どこか片隅にあって、アオは言い淀んだ。

 先の言葉が繋げなくなった。


 先の言葉を繋いだのは、宗近だった。

 宗近は、ちぃの前にしゃがんで、そのつぶらな目と目線を合わせて話をする。


 「……特別仲良しさんでも、俺と神様は結婚しないよ。ちぃちゃんだって、家族とは特別仲良しさんだろ?他の誰かよりも、お母さんやお父さんやお兄ちゃんと仲がいいだろう?」

 「うん。たまにけんかするけど」

 「でも、特別仲良しさんの家族と一緒に居ると楽しいだろう?」

 「うん、たのしい!たまにおこられるけど」

 「でも、ちぃちゃんは家族とは結婚しないだろ?それと一緒で、俺と神様も、一緒に居ると楽しいけど、結婚しない」

 「ふぅん……」


 ちぃは、人差し指を咥えて、アオと宗近を交互に見る。


 「でも、へんなのー!」


 そして、ニパッと笑って、駆け出して行った。


 「……変かな?」

 「……幼児にわかるように伝えるのは難しいじゃろ、宗近」


 宗近は身体をぐっと伸ばすと、またアオの隣に座った。


 「あぁ、本当に。難儀なもんだ」


 小さな子にわかるように言葉を伝えることも。

 人ではない存在を大切に想っている事も。


 見上げた先では、桜が吹雪いていた。

 桜の花びらは、まるで互いの想いを隠そうとするかの様に、境内へ降り注いでいた。

まさかの狐の参戦。


どうもレニィです。


さて、女給さん。

まだ明治の頃はそんな「ご奉仕するにゃん」じゃないのですが、

まぁ、せっかくなのでぶち込んでみました。

にゃんじゃなくて、コンだしな。

ヘカテーはギリシャの豊穣の神様の一柱です。

稲荷伸は豊穣の神様ウカノミタマ様なので、

豊穣繋がりにしてみた、コーン!!


そんな感じです!

どうぞよしなにー!!!

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