39.お土産
アオは宗近の持って来たお土産のうちの一つ。マシュマロを頬張りながら、今日あった事を話して聞かせる。
最初は、マシュマロ独特の感触に、『これは本当に食べ物なのか?!』と言っていたアオだが、意を決して口に入れた白いお菓子は、甘くとろける食感が、こんぺいとうともきゃんでぃとも異なっていて、何だかんだで気にいったようで、次々に口の中へ入れていく。
前までなら町の外から戻って来た宗近が、アオに外の話をしていたのだが、ここ最近のアオは境内に出る事も苦しくない。だから、宗近がいない間の出来事で、宗近に話したいことがアオにはたくさんあった。
「……それでな、わたしを見る事の出来る幼児が今日来たのだ。ちぃと言っての。まぁ、まだ三つか四つ程の幼児じゃったから、見る力が強いのだろう。しかし、幼児と話をするのは難しいの。いつもの調子で話しておったら、何を言っているのか、わからぬと言われてしもうた」
「そりゃあ、難儀だったな。しかし、幼い子どもにはアオ様が見えるのか……」
「昔は、それ程珍しい事ではなかったのじゃがな。ここ最近は、珍しいやも知れぬ」
「最近は?どうして珍しいんだい?」
「簡単な事よ。昔は、まだ人と人ならざるモノとの距離が近かった。
人は、人ならざるモノの存在を信じて、信仰したり、恐れたりした。その力が、わたしのような人ならざるモノの存在を強くし、力のある人ならざるモノが側に居るから、人もそれを見る力を容易に持てた。
だが、時代が進むにつれて、人はわたしたちの存在を信じなくなった。信仰が途絶え、灯りが恐れを消していった。だから、最近は人ならざるモノが強い力を持つことは減った。力を持つモノが側に居なければ影響される人も当然減る。
たとえ、神に近いと言われる幼児であっても、見えるのは珍しいだろう」
「なるほど……」
文明開化の足音は、人の生活を大きく変えた。
外の国との関わりが国中に広がり、洋服、洋菓子、鉄道が入って来た。
散切り頭と言われた髪型が当たり前になって、ガス灯という新しい灯りが町を煌煌と照らすようになった。
その変化の元で、失われて行くものある。
刀はとうの昔に、帯刀することを禁じられ、今持っているのは、一部の軍人や巡査警察官だけだ。鉄道が国中を走るようになれば、馬借の仕事はなくなるだろう。
そしてアオの言う通り、灯りがあることで人間が夜への恐怖を失った。病に侵された時も、神に縋らなくとも、外から入って来た技術がそれを補い、上回るようになった。
人は、人ならざるモノへの気持ちを失いつつあるのだ。
「ところで、アオ様。もし、そのちぃって子がアオ様の名前を知ったら……」
「それはせぬ」
「でも、名を知っている人間が居れば、アオ様は」
「確かに、宗近以外がわたしの名を知れば、さらに力を取り戻すやもしれん。ちぃが周りにわたしの名を知らせれば、わたしの名は広がり、“アオ”という存在が長く残るやもしれぬ。だが、それを幼児にさせるわけにはいかぬ」
「何で?」
「“七つまでは神のうち”。幼児が神や妖を見る事ができるのは、御霊がまだ身体にしっかり根付いておらず、人ならざるモノと御霊の存在が並び立っているからだ。もしそんな幼児が、神の名を知ってしまったら、下手をすれば、こちら側へ招いてしまうやもしれぬ。それは、わたしの望むところではない。
……それに、ちぃはいずれ、わたしが見えなくなるだろう。それが人として、当然の成長であるからな。そうすれば、わたしの名など、忘れてしまうだろう」
「忘れてしまえば……」
「もちろん、“アオ”の名に影響が出る。だから、ちぃに、わたしの名を教えるつもりはない」
「そうか……」
アオを“アオ”のままにしたいなら、宗近が先の世代へ名を伝えるしかない。
その事実は変わらないままのようだった。
「そう言えば、今日来たのは、ちぃだけではなかったぞ」
「あぁ、そろそろ子どもたちが薬草採りに来たのかい?」
「それも来たが、あの茶屋の若旦那とミドリ、それから瑠璃という娘が一緒に来たぞ」
「瑠璃って、確か大浦さんとこの……」
「あの娘、いつの間にやら成長しておったようでな。あれなら、今年、出雲で名を刻んでもいいだろう」
アオは瑠璃の事をあまり気に入っていない様子だったのに、それが様変わりしたことに、宗近も驚かされた。
よほど、瑠璃が大きく成長したのだろう。女はいつの間にか大人になると言っていた馬借連中の言葉を思い出す。
年頃の娘の話が出て、宗近は懐に抱えているもう一つのお土産を渡していないことを思い出す。
「そうだ、アオさ……」
「そうじゃ、宗近!“さくらもち”を知っておるか?」
「え、桜餅?」
「知らんのか?何やら茶屋から来た二人が話しておったのじゃ。どうやら、甘い物らしいのじゃが……」
アオの頭の中は、甘い物に奪われている。
仕方がない。この神様は、甘い物に目がないのだから。
「桜餅なら知っているよ。桜色にした薄い皮で、小豆の餡をくるんだ菓子だ」
「なんと、そんな贅沢な菓子が……!」
「東京なんかの方だと、それに桜の葉の塩漬けを巻くらしい。桜の香りが感じられるように」
余計なお世話かもしれないが、若旦那が用意していない可能性を考えて、宗近は少しばかり桜の葉の塩漬けを持って来た。
これが売れれば、スカスカになった懐具合も落ち着くだろう。
「宗近!わたしはそれが食べてみたい。絶対に持って来てくれ!」
「俺が持ってこなくても、ここで売るはずだが?」
「ぬ……?どういうことじゃ?」
「その三人、“お花見”って、言ってなかったか?」
「そういえば、そんなことを言っておったような……」
アオは花見という言葉にピンと来ていないようで、よくわかっていないようだった。
「花見って言うのは、まぁ桜の花が咲いているところに、集まって、どんちゃんするような、催し?かな」
「なるほど、花を愛でる宴の事を今では花見と言うのか。……それと、"さくらもち"と、何の関係があるのじゃ?」
「宴にはご馳走が必要だろう?そのご馳走として、桜餅を出すんだよ。ここで」
「ここで?この神社でか?」
「この神社、桜の木があるんだろう?」
「そうじゃぞ。ここ何年かは咲いておらなんだが、今年は咲きそうじゃ」
「そりゃ良かった。みんなその桜を見に、花見をするつもりだったからな」
「それで桜の木を探しておったのか……。そうか……また、人がたくさん集まるのだな。それは、とても嬉しいことだ」
アオは本当に嬉しそうに笑った。
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夜が明けて、宗近は港町へ向かうため準備をする。
アカはアオに鼻筋を撫でられて上機嫌だ。
「じゃあアオ様、また花見の頃に」
「うむ!さくらもち、楽しみにしておるぞ」
宗近は忘れ物などないか確認した時に、懐の膨らみを思い出した。
「そうだった……。アオ様、これを」
「ぬ?なんじゃ?この、錦か?綺麗な布で出来た巾着は」
「それもなんだが、中を見てくれないか?」
「中?」
アオは巾着を開けると、中に入っている物を手のひらに出す。
コロリと転がるそれは、深く澄んだ青色をしていた。
アオはそれを朝日に透かして見る。気泡が入ったそのガラス玉は、まるで海から取り出したかのようだった。
「……きゃんでーかの?」
「違う!違うから!食べたらダメだから!」
「冗談じゃ。わたしでも、そのくらい触ればわかる。だが、どうしたんじゃ、このガラス玉?……それに、綺麗な紐まで」
「ほら、アオ様、金平糖とか、キャンディーとか、キラキラしたものが好きだろう?でも、今回持ってきたマシュマロは、白いだけだったから。その……代わりにと思って、トンボ玉を……」
「巾着と紐もか?」
「それは、その、兄さん方……馬借仲間が、ちゃんとした贈り物に、ただの袋とトンボ玉だけじゃ良くないって、言うもんで……」
「贈り物」
「……なんか、まずかったか?」
贈った相手は人ではない。
神様である。
菓子の類は、お供物の範囲だろう。
だが、名を呼んだだけで、大変な騒ぎになったのだ。もしかしたら、"贈り物"にも、問題になるところがあるかも知れない、と、宗近は身構えた。
そんな宗近の心配をよそに、アオはフッと笑う。
「なに、人からこの様に贈り物をされたことがなかったゆえ、少し驚いただけだ。……ありがとう、宗近。とても、嬉しい」
アオはギュッと貰った青いガラス玉を胸元へ持ってきて、抱きしめた。
「しかし、なぜ青いとんぼだまにしたのだ?巾着も、紐も、青い物だな」
「それは……その……そのトンボ玉の色が一番、アオ様の瞳の色に近いと、思ってだな。他は、まぁ、それに合わせたというか……」
「わたしの、瞳の色。……これが」
アオはもう一度、トンボ玉を朝日に透かす。
「そうか、宗近にはわたしの瞳が、このように見えているのか」
「……気に入らなかったか?」
「いや、より一層気に入ったぞ。……ところで、宗近よ。このとんぼだまや紐は、わたしの好きにしても良いのか?」
「もちろん。それはアオ様に贈ったものだ。帯留めとか、髪飾りとか、好きに使ってくれ」
「そうか……。本当にありがとう、宗近」
アオは丁寧に巾着へトンボ玉を仕舞うと、大切そうに、懐に入れた。
「じゃあ、そろそろ俺は町へ降りるよ」
「うむ。また来るのを待っておるぞ」
霞がかかる山の中を、町を目指して宗近はアカと進んでいく。
アオは、その姿が見えなくなるまで、贈り物を抱きしめて、鳥居の側から見送っていた。
元々、お花見は梅の花を見ていたらしいですよ。
どうもレニィです。
平安時代ごろから、桜になったそうです。
平安時代の頃のお花見はきっと、優美だったことでしょう……。
現代で、まさかお花見ができないような時代が来るなど、
誰も思わなかっただろうな。
また、お花見ができるような世の中が、
やって来ればいいなぁ……。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




