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俺と雨と雨神様と  作者: レニィ
38/55

38.桜の木

 海を見下ろす、山の中。

 雨ノ宮神社の小さな社の中で、今朝もその社の主。雨の神、アオは姿を現す。


 「わたしの名はアオ。この雨ノ宮神社の神として、旅行く宗近とその愛馬アカの道中に、悪しき者なく、穢れもない、ように毎日祈るモノなり」


 こうして、毎朝、自分に名を与えてくれた馬借の青年宗近と、その愛馬の無事を祈る事から、アオの一日は始まる。

 一年前の今頃では考えられなかった事だ。


 アオは、宗近から名をもらった事で、その存在を強めた。そして、荒れ果てていた社が整えられた事で、人が再びアオの居る元へ足を運ぶようになり、アオはその信仰心のお陰で、さらに力を取り戻していった。

 

 最近は、柔らかな日差しと、暖かく、草木の青々とした香りの乗った空気も社へ入ってくる。

 その春の気配に誘われて、アオは今日も自らの本体である御神体のある本殿から離れて、境内へ歩み出る。

 冬の間に枯れていた草たちは、再び緑を取り戻し始め、花を付けるものもある。


 アオは神社に植えられた桜の木の元へ、歩みを進める。

 桜の木は、御神木というわけではない。だが、アオが力を失っている間、その本来の力を発揮できないかの様に、花を咲かせる事がなかった。

 その木に、蕾が付いている事に気がついたのは、ここ数日の事だった。


 今日も、蕾の様子を見るために、アオは木の下から見上げる。

 見下ろす事も出来るのだが、桜は見上げるものだという、気持ちの方が強い。


 「よしよし、今日も膨らみが大きくなっておるな。……ここのところ、咲く様子もなかったというのに。お前もわたしに釣られて元気になったのかの?」


 そう、満足そうに桜を見上げていたので、すぐ後ろに、誰かが来ている事にアオは気が付かなかった。


 「おねぇちゃん、だぁれ?」

 「ひょわっ?!」


 急に声を掛けられた事で、アオは飛び上がって驚いた。

 本当に、軽く飛び上がったのだが、声を掛けたモノは驚く様子もなく、アオを見上げるだけだった。

 アオは地面に降りると、声を掛けた者と目を合わせる。

 

 アオに声を掛けたのは、幼い子どもだった。

 歳のころ、三つか、四つ程の小さな女の子で、口に指を咥えていた。

 女の子は、もう一度アオに問う。


 「おねぇちゃん、だぁれ?みたことない。ここにすんでるの?」

 「……お主こそ、何者じゃ。何故、わたしが見える?」


 アオの問いに小さな女の子は、指を咥えたまま首をコテンと、傾げる。


 「おねぇちゃんのいってること、よくわかんない」

 「わからないとは、どういう事じゃ?」

 「おぬしって、なぁに?なにものって、なぁに?」


 なるほど、つまり目の前の幼児には、アオの話す言葉がわかりにくいという事だ。

 アオはどうにかして、目の前の幼い子どもに、わかりやすくなるように、言葉を選んで話す。


 「えーと、あなたは、誰じゃ?」

 「ちぃはねぇ、ちぃだよ!」

 「……そうか、ちぃ、という名前、なのだな。ちぃは、下の町から来たのか?」

 「うん。おにぃちゃんたちとね、くさとりにきたの。ちぃ、もうおおきいから、いいよっておかあちゃんがいったから、つれてきてもらったの」

 「そうか。よく、ここまで登ってきたな。偉いぞ」

 「うん!ちぃね、がんばったよ!」

 

 ちぃと名乗る女の子は、ニコニコと胸を張る。アオはその頭を撫でてやりたいと思って手を伸ばしたが、その手を戻した。

 

 「ちぃには、わたしが見えるのだな?」

 「うん?ちぃのおめめはちゃんとひらいてるから、みえてるよ?」

 「……そうか」


 七歳までは神のうち。


 という、言葉がある。

 それは、子どもが七歳まで育つ事が難しかったためや、七歳からようやく一人前と認められる、などの理由が挙げられる。


 だが、一番の理由は、七歳までの子どもたちの御霊が、その肉にまだしっかりと身についていないところにある。

 御霊が肉でしっかり守られなければ、人であっても、御霊に何かあれば、あっさりと死ぬだろう。

 そのため、わざわざ七つになるまでは別の名で呼んだり、男の子を女の子の格好をさせて育てたりして、本当の姿を隠す。

 

 だから、七つになる前の子どもには、時折神や、人ならざるモノを見る事ができる者もいる。

 神や人ならざるモノと、御霊の在り方が並び立っている状態だからだ。


 もし、そんな状態の子どもに、本物の神が触れてしまえば、神の方へ引っ張ってしまうかもしれない。

 アオはちぃに触れない様に、気をつけた。


 「おねぇちゃんは、なんておなまえなの?なんで、ちぃたちのすんでるとこで、みないの?あと、きものがへん。はだしなのもへん。あかちゃんみたい」

 

 子どもとは、正直な者である。


 「変ではないわ。これは、きちんとした着物なのじゃぞ?あとわたしは、特別な存在だから、履物がなくても大丈夫なのだ」

 「ふぅん?はきものがないから、まちにこれないの?ちぃはね、はきものがはけるからね、ここまできたんだよ!」

 「そうか、偉いな。だが、わたしが町へ行かないのは、履物がないからではないぞ?わたしはこの神社の神なのだ。だから、ここを動くわけにはいかないのだ」

 「へぇ……かみさまなの?」

 「そうじゃ。だから、簡単に名前を教えるわけにはいかぬ」

 「だからへんなはなしかたなの?」

 「……それは関係なかろう」


 遠くから、ちぃを呼ぶ子ども達の声が聞こえてきた。ちぃはその声の元へ走っていこうとする。

 その後ろ姿に、アオは声を掛ける。

 

 「ちぃよ」

 「なぁに?」

 「草の中には、毒になる草もある。兄たちの言葉を良く聞いて、気をつけるのだぞ?」

 「うん!わかったぁー!」


 ちぃは勢いよく駆け出す。

 その姿を見送って、アオは社の上から、子どもたちを見守る事にした。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 一番下の子が急に居なくなったので、慌てて探していた上の子ども達は、ちぃが大きな木の元から走って戻ってきたことに安心する。

 ちぃの実の兄は、戻ってきたちぃを少し叱る。


 「こら!勝手にどこでも行くなって、家出る前に約束しただろ!」

 「うん。でもね、ふしぎなおねぇちゃんがいたの」

 「不思議なおねぇちゃん?誰だよ」

 「かみさまだって」

 「はぁ?何言ってんだお前」


 大きい子達は、首を傾げるが、中には、辺りを見渡して神様を探そうとする子も居る。

 なんせ、草取りの駄賃をくれる薬屋の息子が、神社ではきちんと神様に感謝しろと、口を酸っぱくして言っているからだ。

 

 「ちぃ、なんもしてねぇよな?」

 「悪さすると、神様に怒られるって、河津のあんちゃんがよく言ってるんだぜ?」


 上の子ども達の心配など、何もわからないちぃは、可愛らしい笑顔で言った。


 「かみさま、すごくやさしいおねぇちゃんだったよ?あおいめがきらきらしてて、とってもきれいなおねぇちゃんだったよ」


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 昼過ぎ、神社に珍しい客が来た。

 

 この社を整える事や、人を集める時に中心となって動いている茶屋の若旦那と、その茶屋で働く若い女中のミドリ。

 そして、港町を治める家の一人娘、瑠璃が二人に付いて来ていた。


 「……あの小娘、今度は何をするつもりだ?」


 正直、アオからしてみると瑠璃は、初対面が最悪な相手で、気に入らない娘だった。

 自らの本体と言える、御神体に急に触って来ようとしたり、やたらと宗近に近づいていたり、嫌そうに神社へやって来ては、茶屋の若旦那の働きをただ見るだけの小娘。

 だからつい、アオは瑠璃が来るとピリピリとしてしまうのだ。


 若旦那たちは、きちんと鳥居の前で一礼してから、参道を通り、社へ向かって挨拶をすると、境内の木々を見てまわる。

 そのうち、今朝、アオが様子を確認した桜の木を見つけると、そこで止まった。


 「あったあった。これだよな、桜の木」

 「もう蕾がだいぶ膨らんでいますね。近いうちに咲くのではないかしら?」

 「最近、暖カイ。店モ、火鉢シマッタヨ」

 「あら、そうなの?じゃあ炙り饅頭は、また一年お預けね」

 「俺はもう少し置いといてもらいたかったんですけどね……。ミチさんが、片付けてしまいましたよ」

 「大豆田さんは、もう少し丈夫になられる努力をされた方が良いと思いますよ?ね、ミドリさん」

 「ソウネ。若旦那、モット動クト、イイヨ」

 「……お二人とも、そういう事言います?というか、いつの間に大浦さんと仲良くなったんだい、ミドリちゃん?」

 「同じ年頃の女の子に出会えたから、私からお友達になりたいと申し出たのですよ。ね、ミドリさん」

 「悪イ事ナイト、思ッタダケヨ。ルリ、最近頑張ッテルカラ」

 「あら、ありがとう」


 三人の意外な変化には、アオも驚かされた。

 いつの間にやら、あの瑠璃という小娘は、小憎たらしい小娘から、年頃の娘として恥ずかしくない様になったようだ。


 若旦那たちは、神社に植っている桜の木を全て確認すると、参道辺りまで戻って来ると、何やら相談を始める。

 アオが少し近くで聞き耳を立てる。

 どうやら、また神社で何か催し物をするようだ。


 「しかし、去年はまるで気が付かなかったな。桜の木」

 「最初は他の木の枝が伸びていて、何が何やら、わかりませんでしたものね」

 「ヨク、綺麗ニナッタヨ。私モ、ビックリ」

 「何だかんだ、綺麗に保っておこうと、みんな頑張ってるからなぁ……」


 若旦那の言う通り、意外と港町の人間たちは、神社を綺麗に整え、保つ努力をしてくれている。

 一度荒れに荒れた神社を自分たちの手で整えたという事が、より一層、元の状態に戻してなるものかという気持ちにさせているようで、雨ノ宮神社は、あの荒れた姿に戻る様子はまるでなかった。


 「それで、桜餅は完成したのですか?」


 アオは"さくらもち"という初めて聞く単語が気になって、境内の石灯籠の側に隠れて、聞き耳を立てる。


 「えぇ、おかげさまで。花見の時には、ばっちり出せますよ」

 「オカゲデ、シバラク、甘イモノハ食ベナクテイイト思ウクライダヨ……」

 「そんなに……」


 なるほど、"さくらもち"とは、甘いもののようだ。宗近が帰ってきたら、持って来てもらおう。


 「でも、それなら丁度よかったわ。今回のお花見に、大浦家の客人もお招きしてよろしいかしら?」

 「大浦さんのお客様?どんな方です?」

 「父のお仕事仲間方で、ご子息もいらっしゃる予定なのです」

 「それって、つまり……」

 「えぇ、私の旦那様候補です」


 アオは驚いた。

 自分が名前を刻んでいないので、瑠璃に縁はないと思ったが、そんなことはお構いなしに、人は縁を結ぼうとするのだと。


 「大丈夫ですか?だって、あんなに嫌がっていたし……」

 「えぇ、あの時は本当にご迷惑をおかけしました。でも、私、わかったのです。何も知らないのに、嫌がるのは良くない事だって。だから、お相手の方をきちんと知るためにも、お話を聞く事にしました。そして、この町に興味がある方なら、こちらにお呼びして、本当にこの町を背負う大浦の男になれるかを、見極めたいのです」

 

 瑠璃の黒い瞳に潜む深い青が、キラリと浮いて光る。

 ミドリはそんな瑠璃の姿を、笑顔で見守る。

 一方で、若旦那はそんな事よりも、来るかもしれない客人の心配をする。


 「それって、国の要人に当たるような方達じゃ……あの、港町の人が集まる様な所に、そんな方をお呼びして大丈夫だろうか……?気分を害されたら……」

 「あら嫌だわ、大豆田さん。私だって、いつも皆さんの集まりに参加しているじゃないですか」

 「ルリ、最初ハ、ムクレテタ」

 「う……それは、そうだったけど!今は違うもの!今は、ここが町の玄関だってわかっているし、皆さんが集まるから、ここが綺麗なのだってわかっています。だからこそ、ここへお招きしたいのです。それに、これからずっと一緒になる町の人たちを嫌がっていたら、ここへ婿に来ることなんて出来ません。私はそう思います。だから、お招きしたいのです。この神社で行われる、お花見に」


 そこまで言われては、若旦那も断れない。

 

 「……わかりました。大豆田屋も最善を尽くします」

 「えぇ、よろしくお願いします」


 瑠璃はとてもいい笑顔で、若旦那に催し物を託した。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 春が近づいて居るとは言っても、夜はまだ少し冷える。

 本殿にも、冷たい風が入ってくる。

 

 前なら、日が落ちたらすぐに御神体である鏡の中に身を潜めていた。

 だが、最近のアオは月が神社の真上を通り過ぎるまでは、姿を現したまま、本殿から参道と鳥居のその先を見つめて待っている。

 

 必ず帰ると約束した男が、帰ってくるのを。


 ずっと。

 ずっと。


 『今度は、前よりもずっと早くに帰ってくる』と、宗近は冬の終わりにここを立つ前に言っていた。

 だから、あの日からアオは毎晩、姿を現したまま待つ。

 いつ宗近が帰ってきてもいいように。


 もちろんアオとて、そう簡単に帰ってこられない事くらいはわかっている。

 けれど、それでも、毎晩その帰りを待ち侘びるくらいには、宗近の事を想ってしまっているのだ。


 今夜、もし帰ってきたら、面白い話が出来る。幼児がアオを見つけたこと、瑠璃が成長したこと、それに"さくらもち"を持ってきて欲しいと言わなければならない。

 

 それ以外にもたくさん、宗近に話したい事はある。


 桜が今年は無事に咲きそうだという事。

 子どもたちがまた、薬草を採りに来始めた事。

 そういえば、一人、出雲で刻んだ名の縁談が決まりそうで、お礼に来たことも。


 「早く帰ってきて欲しい……」


 口から漏れてしまったその言葉が、口から漏れたからこそ、その願いが叶えられたのか、馬が立てる特有の軽快な音が近づいて来るのが聞こえてきた。


 アオはスッと立ち上がると、引き寄せられるかの様に、本殿を抜け、拝殿を出て、参道を通り抜けると、手水舎まで、早歩きで出ていく。


 そういえば、いい加減手水舎に桶を入れようという話が出ていることも、教えてやらなければ。


 アオは、馬を繋ぎ終わって振り向く男の黒い目をとらえる。

 月光に照らされた青い瞳は、夜空の様に輝き、陶磁器のような頬は薄紅に染まる。


 「お帰り。宗近」

 「ただいま。アオ様」


 桜の蕾は、二輪だけ、開いていた。

七つまでは神様のもの。

聞いたことがある方もいらっしゃるのでは

ないでしょうか?


どうもレニィです。


これは諸説がありすぎて、ぶっちゃけ普及したのは、

本当に近現代あたりの民俗風習らしいのですが、

こんだけ神様の話しているんだから、

ぶち込まないという選択肢はないよね???

と言うことで、ぶち込みました。


ほぼほぼ趣味レベルなので、きっちり知りたい方は、

文献を是非。

幼名や女装なんかもほぼ眉唾です。ごめんなさい。


明日はお土産の話するぞ!


そんな感じです。

どうぞよしなにー!!!

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