27.出雲
出雲の民たちは、知っている。
強い風が吹き、海が荒れ始めた。
これは神々が、日の本の国にいる神々が、出雲大社へと続く道の入り口である、西方の浜に集まり出しているのだと。
出雲の民たちは、慣れていた。
神々を出迎えるための神事の準備。
そして、神々の会議の邪魔をしてはならないから、静かに謹んで暮らすのだと。
普段は走り回って遊んでいる子どもですら、この時期には静かになる。
出雲の民たちは、太古の昔からわかっていた。
この季節は、出雲へ神々をお迎えするのだと。
出雲の民たちは、神々をお迎えする季節の暦をこのようにいう。
神在月。と。
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御使い様とアオは、出雲の山を越えた時には、もう日が落ちている頃だった。
暮六つ。
あと半時で、神を迎える神事が始まる。
それまでに、目的地の西方に浜へ辿り着くように、御使い様は急いでいた。
「御使い様!こんなに急がれて大丈夫なのですか?」
《問題ない!むしろ、もっと急がねば間に合わぬ!愛し子よ、振りほどかれぬように、しっかり掴まっているのじゃぞ!》
御使い様はそう言うと、より一層激しく身をくねらせて先を急ぐ。
アオは文字通り、振りほどかれぬ様に、御使い様の頭にある一番立派なヒレにしっかりと掴まって、ギュッと目をつぶっていた。
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浜ではもう、出迎えの準備が整っていた。
注連縄が張り巡らされた斎場に御神火が焚かれ。神籬が用意されている。
日の本の国の八百万の神々は、すでに浜に着いているモノばかり。
皆一様に、己が主人としている神の元へ固まって集まる。
稲荷神の近くには、その使いの神狐達がキャイキャイと鳴きながら集まっている。
春日の神の集まるところでは、鹿達が跳ねている。
天神様のお側には、穏やかそうな顔をした牛達が寝そべっている。
海の神霊である海神は、周りを使いの海蛇や魚たちに囲まれながら、波打ち際近くに立ち、東の空を見上げ、待っていた。
空に白銀の衣のようなものが、その身をくねらせ、やって来たのを見つけた海神は、満足気に顎にたくわえた髭を撫でる。
「ようやく着いたか」
白銀の身体は、真っ直ぐに海神の元へ飛んできて、その傍らへ出来る限りゆったりと舞い降りる。
《海神様、貴方様の使いと、その愛し子が今、馳せ参じました》
「リュウグウよ。そしてその愛し子よ。よく我の側へ来た。歓迎しよう」
《ありがたき、幸せ》
海神は、その使いの頭にある一番立派なヒレにしがみついている、幼児のような神を、手ずから降ろしてやる。
その小さな神は、海神が自身に手を貸した事に驚いて、青いガラス玉のような瞳を丸くする。
「海神様!?あの、ありがとうございます!わざわざ、わたしなどに手を貸してくださって」
「よいよい。リュウグウの愛し子は、我らよりも小さいからな。このくらい、大した事ない。……それよりも、よくぞ、出雲まで来た。リュウグウの愛し子よ。何十年振りだろうか。息災であったか?」
「はい。……人が再び、わたしの社を参拝する様になったことで、力が少し戻りました。まだ、万全ではありませぬが、今年は出雲へ御使い様のお力をお借りして、馳せ参じることが出来ました。海神様、御使い様、本当にありがとうございます」
頭を垂れるその頭を、何倍も大きい手で、海神は撫でてやる。
使いの頭から降ろしてやろうと、触れた時から感じている存在感の変わり様については、これから先、大社へ向かう道中にでも聞けば良いだろう。
「リュウグウの愛し子よ。本当に、急いで来たのだな。髪や着物が乱れておる。大社へ出発する神事の前に、整えておきなさい。チヌ姫はおるか?この愛し子に、鏡を貸してやれ」
黒い着物の日本髪を結った女の姿をしたモノが、両手に鏡を抱えて、アオの側へやってくる。
《どうぞそのまま、身支度を整えなさいませ》
「はい」
鏡を見ながら、身支度を整え直すアオの周りがざわめきだす。
「アレが、リュウグウの愛し子か」
「元は人だったという」
「それも、贄として沈められた人間だったと言うぞ」
「最近見なかったから、消えてしまったと思っておったのだが」
「元が賤しい人間だから、しぶといのだろうよ」
「あのようなモノの為に、鏡を持たなければならぬとは、チヌ姫様もお可哀想に……」
何十年振りかの、アオに向けられる、陰にも隠れていない、陰口の数々。
もう慣れたと思っていたが、久しぶりだからだろうか、その言葉たちに少しずつ、身体が強張って行く。
その陰口を絶ったのは、白銀の尾で海面を叩いた、リュウグウと呼ばれる使いだった。
巨体の尾が海面を叩いたことで、少しばかり荒波が立つ。
《貴様ら、我が愛し子の事について、何ぞ否があるか》
波が引くのと同時に、コソコソと聞こえていた言葉が引いていき、水を打ったように静かになる。
それを待っていたかの様に、海神は側に控えるモノ達に、声をかける。
「皆のモノ。神迎神事が始まる。さぁ、龍蛇の後に続いて、大社へ向かおうぞ!」
わぁっと、浜に集まる八百万の神々が湧き上がり、先導する龍蛇神の後に続く。
神々の行列が始まる。
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アオは、巨体の御使い様と共に後から付いて行こうと思っていたのだが、海神様が大きな手で、アオを側に寄せたので、御使い様とは離れて、神迎の道を行く事になった。
神々が通る道には丁寧に菰が敷かれている。
ありとあらゆる神々がその上を滑る様に通る。
その脇を神事を行う宮司達や出雲の人々が同じように行列を成し、参拝に向かっている。
だいたいの大人たちに、神々の姿は見えていない。見えていたとしても、見えないフリをしているのかもしれない。
だが、小さな子どもには、見えているようで、時折、家の窓から行列を凝視している子どもを見かける。
そんな子どもたちの姿に、クスリとアオは笑みを溢す。
「楽しいか、リュウグウの愛し子よ」
海神様は、立派な黒い顎髭を撫でながら、アオに話しかける。
「はい。久しぶりですので、楽しみにしておりました」
「それは何よりだ」
行列はゆっくりと進むので、海神様が一歩進む間に、アオが少し歩けばいい。
そんな時間が、目的地である出雲大社まで続く。
「ところで、リュウグウの愛し子よ。そなた、以前と様子が違うな」
「そうでございますか?」
アオの姿は、ずっと昔、海に沈められた時から変わらないはずだが、もしかしたらここまでやって来る途中、御使い様の早さに耐えられなくて、何か無くしているかもしれない。
アオは慌てて自分の身なりを今一度確認する。
その様子に、海神様がおかしそうに笑う。
「違う、違う。姿形の事ではない。そなた自身について、言ったのだ」
「わたし自身、ですか?」
「あぁ。そなた、名が付いたな?」
その言葉に、そうだったと、アオは思い出した。
ずっと昔に、初めて海神様に出会った頃から、アオに名は、神としての名は無かったのだ。
リュウグウの愛し子。
それがアオの通り名で、どんな神でも、皆そう呼ぶ。
それが今では、"アオ"という名がある。
神になってから、与えられた名だ。
名があれば、それまで曖昧だった存在が、強固になる。
海神様からすれば、様変わりしたにも等しいのだろう。
「……申し訳ございません。勝手に名を得てしまいました」
そうそう合間見える存在ではないが、アオの主人であり、神格を分け与えてくれたのは、海神様だ。
そのお方の許可もなく、勝手に名を得てしまった事を、咎められるとアオは思った。
だが、海神様はそんな事、まるで気にしていなかった。
「よいよい。我が名を与えてしまえば、そなたの願いに反して、海に縛り付ける事となる。そんな事をしては、リュウグウが暴れ出してしまう。流石の我も、あやつを止めるのには苦労するのだ」
海神様は、アオより、人間よりも大きいお方だが、御使い様はもっと大きい。
一度暴れられては、確かに、海神様でも手を焼くのが、アオにも容易に想像できた。
「リュウグウの愛し子よ。あやつを大人しくさせておけるのは、そなたぐらいなモノだ。頼りにしておるぞ」
「……はい。出来うる限り、頑張ります」
とは言え、本気で怒った御使い様を止めるのは、アオでも難しいのだ。
一番いいのは、誰にも御使い様を本気で怒らせる様なことを、言わないようにさせる事だろう。
特に、アオを悪しざまに言わなければ。
「ところで、リュウグウの愛し子よ。そなた、与えられた名は何と言うのだ?そこまでは、さすがの我でもわからぬ。教えてはくれぬか?」
アオはずっと上の方にある海神様の顔を見上げる。道を照らす提灯の灯りが、青い瞳を輝かせる。
「アオ。……わたしの瞳が、何よりも美しいと思った人間が、アオと名を付けてくれました」
「……そうか。……良い名だ」
海神様は、そう言うと、また大きな手でアオの頭を優しく撫でた。
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神迎の道の終点は、大国主大神が御座す、出雲大社だ。
神々は、大社へ着くと、まず東西にある”十九社”の旅社に鎮まる。
人の目には、ただ一つの長い社に見えても、神々にとって、そこは出雲で休む場所。
中は十分に広い。
アオは、海神様が休む場所へと割り振られ、それからさらに、御使い様の身体が収まる大きな部屋に通される。
アオにしてみれば過分な部屋だが、海神様が、出雲にいる間は、御使い様と共に居なさいと仰るので、大人しく収まる。
御使い様は部屋で二周半程して、ようやく収まった。
そして、翌日。
神々は、また移動する。
出雲大社より、西方にある別の社、”上宮”へと向かう。
そして昨晩、出雲へ訪れた全ての神々が、”上宮”に集まった時、大国主大神の一声で、それは始まる。
「では、今年も我らによる話し合いを始めよう」
これより始まるは、神の会議。
すなわち、神議りである。
今回ルビ振りが多い!!
どうもレニィです。
ようやく、出雲へ到着いたしました。
なんでも、現地では今でも、
・到着した神様をお迎えする神事。(神迎祭)
・いらっしゃる神様のための神事。(神在祭)
・お帰りになる神様をお見送りする仕事。(神等去出祭)
と、たくさんの行事があるそうです。
なおかつ、出雲の方たちはこの時期は神様の邪魔をしないために
静かに過ごされるという……素晴らしい……
今回は、お迎えする神事を、調べてわかる範囲で
書いたのですが……
百鬼夜行感が拭えないのは何故だろう。
もっとこう、神隠し的なある程度の神々しさが
あるはずなんです!!!!
現地の方に怒られないといいな……
いいな……
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




