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俺と雨と雨神様と  作者: レニィ
27/55

27.出雲

 出雲の民たちは、知っている。

 強い風が吹き、海が荒れ始めた。

 これは神々が、日の本の国にいる神々が、出雲大社(いずもおおやしろ)へと続く道の入り口である、西方の浜に集まり出しているのだと。

 

 出雲の民たちは、慣れていた。

 神々を出迎えるための神事の準備。

 そして、神々の会議の邪魔をしてはならないから、静かに謹んで暮らすのだと。

 普段は走り回って遊んでいる子どもですら、この時期には静かになる。


 出雲の民たちは、太古の昔からわかっていた。

 この季節は、出雲へ神々をお迎えするのだと。


 出雲の民たちは、神々をお迎えする季節の暦をこのようにいう。


 神在月(かみありづき)。と。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 御使い様とアオは、出雲の山を越えた時には、もう日が落ちている頃だった。


 暮六つ(18時)

 あと半時(1時間)で、神を迎える神事が始まる。

 それまでに、目的地の西方に浜へ辿り着くように、御使い様は急いでいた。


 「御使い様!こんなに急がれて大丈夫なのですか?」

 《問題ない!むしろ、もっと急がねば間に合わぬ!愛し子よ、振りほどかれぬように、しっかり掴まっているのじゃぞ!》

 

 御使い様はそう言うと、より一層激しく身をくねらせて先を急ぐ。

 アオは文字通り、振りほどかれぬ様に、御使い様の頭にある一番立派なヒレにしっかりと掴まって、ギュッと目をつぶっていた。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 浜ではもう、出迎えの準備が整っていた。

 注連縄(しめなわ)が張り巡らされた斎場に御神火(ごじんか)が焚かれ。神籬(ひもろぎ)が用意されている。

 

 日の本の国の八百万の神々は、すでに浜に着いているモノばかり。

 皆一様に、己が主人としている神の元へ固まって集まる。

 

 稲荷(いなり)神の近くには、その使いの神狐(しんこ)達がキャイキャイと鳴きながら集まっている。

 春日(かすが)の神の集まるところでは、鹿達が跳ねている。

 天神(てんじん)様のお側には、穏やかそうな顔をした牛達が寝そべっている。


 海の神霊である海神(わだつみ)は、周りを使いの海蛇や魚たちに囲まれながら、波打ち際近くに立ち、東の空を見上げ、待っていた。

 空に白銀の衣のようなものが、その身をくねらせ、やって来たのを見つけた海神は、満足気に顎にたくわえた髭を撫でる。


 「ようやく着いたか」


 白銀の身体は、真っ直ぐに海神の元へ飛んできて、その傍らへ出来る限りゆったりと舞い降りる。


 《海神様、貴方様の使いと、その愛し子が今、馳せ参じました》

 「リュウグウよ。そしてその愛し子よ。よく我の側へ来た。歓迎しよう」

 《ありがたき、幸せ》


 海神は、その使いの頭にある一番立派なヒレにしがみついている、幼児のような神を、手ずから降ろしてやる。

 その小さな神は、海神が自身に手を貸した事に驚いて、青いガラス玉のような瞳を丸くする。


 「海神様!?あの、ありがとうございます!わざわざ、わたしなどに手を貸してくださって」

 「よいよい。リュウグウの愛し子は、我らよりも小さいからな。このくらい、大した事ない。……それよりも、よくぞ、出雲まで来た。リュウグウの愛し子よ。何十年振りだろうか。息災であったか?」

 「はい。……人が再び、わたしの社を参拝する様になったことで、力が少し戻りました。まだ、万全ではありませぬが、今年は出雲へ御使い様のお力をお借りして、馳せ参じることが出来ました。海神様、御使い様、本当にありがとうございます」


 頭を垂れるその頭を、何倍も大きい手で、海神は撫でてやる。

 使いの頭から降ろしてやろうと、触れた時から感じている存在感の変わり様については、これから先、大社へ向かう道中にでも聞けば良いだろう。


 「リュウグウの愛し子よ。本当に、急いで来たのだな。髪や着物が乱れておる。大社へ出発する神事の前に、整えておきなさい。チヌ姫はおるか?この愛し子に、鏡を貸してやれ」


 黒い着物の日本髪を結った女の姿をしたモノが、両手に鏡を抱えて、アオの側へやってくる。

 

 《どうぞそのまま、身支度を整えなさいませ》

 「はい」


 鏡を見ながら、身支度を整え直すアオの周りがざわめきだす。

 

 「アレが、リュウグウの愛し子か」

 「元は人だったという」

 「それも、贄として沈められた人間だったと言うぞ」

 「最近見なかったから、消えてしまったと思っておったのだが」

 「元が賤しい人間だから、しぶといのだろうよ」

 「あのようなモノの為に、鏡を持たなければならぬとは、チヌ姫様もお可哀想に……」


 何十年振りかの、アオに向けられる、陰にも隠れていない、陰口の数々。

 もう慣れたと思っていたが、久しぶりだからだろうか、その言葉たちに少しずつ、身体が強張って行く。

 

 その陰口を絶ったのは、白銀の尾で海面を叩いた、リュウグウと呼ばれる使いだった。

 巨体の尾が海面を叩いたことで、少しばかり荒波が立つ。


 《貴様ら、我が愛し子の事について、何ぞ否があるか》


 波が引くのと同時に、コソコソと聞こえていた言葉が引いていき、水を打ったように静かになる。

 

 それを待っていたかの様に、海神は側に控えるモノ達に、声をかける。


 「皆のモノ。神迎神事(かみむかえしんじ)が始まる。さぁ、龍蛇の後に続いて、大社へ向かおうぞ!」


 わぁっと、浜に集まる八百万の神々が湧き上がり、先導する龍蛇神(りゅうだしん)の後に続く。


 神々の行列が始まる。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 アオは、巨体の御使い様と共に後から付いて行こうと思っていたのだが、海神様が大きな手で、アオを側に寄せたので、御使い様とは離れて、神迎の道を行く事になった。


 神々が通る道には丁寧に(こも)が敷かれている。

 ありとあらゆる神々がその上を滑る様に通る。

 その脇を神事を行う宮司達や出雲の人々が同じように行列を成し、参拝に向かっている。

 だいたいの大人たちに、神々の姿は見えていない。見えていたとしても、見えないフリをしているのかもしれない。


 だが、小さな子どもには、見えているようで、時折、家の窓から行列を凝視している子どもを見かける。

 そんな子どもたちの姿に、クスリとアオは笑みを溢す。


 「楽しいか、リュウグウの愛し子よ」

 

 海神様は、立派な黒い顎髭を撫でながら、アオに話しかける。

 

 「はい。久しぶりですので、楽しみにしておりました」

 「それは何よりだ」


 行列はゆっくりと進むので、海神様が一歩進む間に、アオが少し歩けばいい。

 そんな時間が、目的地である出雲大社まで続く。


 「ところで、リュウグウの愛し子よ。そなた、以前と様子が違うな」

 「そうでございますか?」


 アオの姿は、ずっと昔、海に沈められた時から変わらないはずだが、もしかしたらここまでやって来る途中、御使い様の早さに耐えられなくて、何か無くしているかもしれない。


 アオは慌てて自分の身なりを今一度確認する。

 その様子に、海神様がおかしそうに笑う。


 「違う、違う。姿形の事ではない。そなた自身について、言ったのだ」

 「わたし自身、ですか?」

 「あぁ。そなた、名が付いたな?」

 

 その言葉に、そうだったと、アオは思い出した。


 ずっと昔に、初めて海神様に出会った頃から、アオに名は、神としての名は無かったのだ。


 リュウグウの愛し子。


 それがアオの通り名で、どんな神でも、皆そう呼ぶ。

 

 それが今では、"アオ"という名がある。

 神になってから、与えられた名だ。

 

 名があれば、それまで曖昧だった存在が、強固になる。

 海神様からすれば、様変わりしたにも等しいのだろう。


 「……申し訳ございません。勝手に名を得てしまいました」


 そうそう合間見える存在ではないが、アオの主人であり、神格を分け与えてくれたのは、海神様だ。

 そのお方の許可もなく、勝手に名を得てしまった事を、咎められるとアオは思った。


 だが、海神様はそんな事、まるで気にしていなかった。


 「よいよい。我が名を与えてしまえば、そなたの願いに反して、海に縛り付ける事となる。そんな事をしては、リュウグウが暴れ出してしまう。流石の我も、あやつを止めるのには苦労するのだ」


 海神様は、アオより、人間よりも大きいお方だが、御使い様はもっと大きい。

 一度暴れられては、確かに、海神様でも手を焼くのが、アオにも容易に想像できた。


 「リュウグウの愛し子よ。あやつを大人しくさせておけるのは、そなたぐらいなモノだ。頼りにしておるぞ」

 「……はい。出来うる限り、頑張ります」


 とは言え、本気で怒った御使い様を止めるのは、アオでも難しいのだ。

 一番いいのは、誰にも御使い様を本気で怒らせる様なことを、言わないようにさせる事だろう。

 特に、アオを悪しざまに言わなければ。


 「ところで、リュウグウの愛し子よ。そなた、与えられた名は何と言うのだ?そこまでは、さすがの我でもわからぬ。教えてはくれぬか?」


 アオはずっと上の方にある海神様の顔を見上げる。道を照らす提灯の灯りが、青い瞳を輝かせる。


 「アオ。……わたしの瞳が、何よりも美しいと思った人間が、アオと名を付けてくれました」

 「……そうか。……良い名だ」


 海神様は、そう言うと、また大きな手でアオの頭を優しく撫でた。


゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。


 神迎の道の終点は、大国主大神おおくにぬしのおおかみが御座す、出雲大社だ。

 神々は、大社へ着くと、まず東西にある”十九社(じゅうくしゃ)”の旅社に鎮まる。


 人の目には、ただ一つの長い社に見えても、神々にとって、そこは出雲で休む場所。

 中は十分に広い。


 アオは、海神様が休む場所へと割り振られ、それからさらに、御使い様の身体が収まる大きな部屋に通される。

 アオにしてみれば過分な部屋だが、海神様が、出雲にいる間は、御使い様と共に居なさいと仰るので、大人しく収まる。

 御使い様は部屋で二周半程して、ようやく収まった。


 そして、翌日。

 神々は、また移動する。

 出雲大社より、西方にある別の社、”上宮(かみのみや)”へと向かう。


 そして昨晩、出雲へ訪れた全ての神々が、”上宮”に集まった時、大国主大神の一声で、それは始まる。


 「では、今年も我らによる話し合いを始めよう」


 これより始まるは、神の会議。

 すなわち、神議り(かむはかり)である。

今回ルビ振りが多い!!


どうもレニィです。


ようやく、出雲へ到着いたしました。

なんでも、現地では今でも、


・到着した神様をお迎えする神事。(神迎祭)

・いらっしゃる神様のための神事。(神在祭)

・お帰りになる神様をお見送りする仕事。(神等去出祭)


と、たくさんの行事があるそうです。

なおかつ、出雲の方たちはこの時期は神様の邪魔をしないために

静かに過ごされるという……素晴らしい……


今回は、お迎えする神事を、調べてわかる範囲で

書いたのですが……

百鬼夜行感が拭えないのは何故だろう。


もっとこう、神隠し的なある程度の神々しさが

あるはずなんです!!!!

現地の方に怒られないといいな……

いいな……


そんな感じです。

どうぞよしなにー!!!

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