過去
今から3年前、俺がまだ普通の人間だと思っていた頃。
そのときは中学生としてそれなりに楽しい日々を過ごしていると思っていた。
友達も多くはないがある程度はいたし、少ない分一緒にいる時間が長かったためそれぞれが親友のようだった。
けどある日、全てが変わった。
それは制服が冬服から夏服に変わり、天気予報が梅雨入りを予想していた頃。
俺はいつもの奴らといつもの様に過ごしていた。
「あのゲームなかなか面白そうだよなー」
「けど高いんだよなー8000円くらいだっけ?」
「この後店寄ってみるか」
話をしながら歩いていると、曲がり角で優が誰かとぶつかった。
「うおっ……」
優は少し驚いただけだったが、ぶつかってきた相手は派手に倒れて持っていたプリントの束を廊下に撒き散らせた。
「あっ、ごっごっごめんなさいっ!!」
「いや、いいよ」
優はそう言ってプリントを拾おうとした。
すると一緒にいた親友の1人、有馬が止めた。
「加山の手伝いなんかしなくていいよ」
だが優はプリントを集めて加山に渡した。
「あっあっありがとうっ!!」
そう言うと加山はそそくさと逃げる様に行ってしまった。
「おい、なんで手伝ったんだよ。あんな奴ほっとけばいいのによ」
もう1人の親友、藤本が強い口調で言う。
加山とは同じクラスになったことはないが、どんな奴かは聞いたことがある。
落ち着きのない様子と吃音で皆からバカにされていると。
だが成績は学年でも上位の方で授業や学校行事は積極的に行うため、それを鬱陶しいと思っている連中が彼のことを虐めているということも。
「そんなの、俺の勝手だろ」
居心地の悪くなった優は2人を置いて帰った。
翌日
給食の時間が終わって、図書室に行こうとした時、何人か優に近づいてきた。
「おい松浦、ちょっと来いよ」
それは加山を虐めているグループの中心人物である、星野海星だった。
優は嫌な予感がしたが、ついて行った。
「お前、加山に手ェ貸したってマジ?」
彼らが屯している屋上の扉前の踊り場に着くと、星野に聞かれた。
「貸したって言ってもただプリントを拾っただけだよ」
優は正直とても怖かったが、冷静を装い話した。
突然腹に強い衝撃がくる。
星野が腹パンしてきたらしい。
「う゛っっ……!!」
優はお腹を抱えてうずくまる。
星野は頭を踏みつける。
「お前さ、チョーシ乗んなよ?」
星野は中学生らしからぬドスの効いた声で言う。
その周りでグループの奴らが笑って優を見ていた。
痛みでうまく喋れない。
星野は続けて話す。
「俺さ、お前嫌いなんだよね、てかみんな嫌ってるよ、知ってた?」
そして足を退かすと優の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「明日からお前虐めるわ」
その顔は、歪んでいた。
なぜだかあっという間の出来事のように感じた。
だがこの出来事で、優の学校生活は最悪なものになった。
次の日から優は虐められ始めた。
だが、優は違和感を感じていた。
いくら加山を手伝ったからといっても、1回プリントを拾っただけでここまで虐められるのだろうか。
まるで星野達は本当は俺のことを虐めたかったかのではないかと思った。
ふと、星野に言われたことを思い出す。
(お前みんなから嫌われてるよ)
あの言葉は、本当に、そのまんまの意味なのだろうか。
(もし、そうだとしたら……)
そして、あの日がきた。
優は放課後、有馬と藤本をこっそり呼び出した。
(アイツらは違う、アイツらは……)
校庭を見ながら、誰も居ない教室で待っていると、扉が開く音が聞こえた。
優は振り向いた。
「ごめん、いきなり……」
そこには有馬と藤本
それと星野達がいた。
「なんで……」
信じたく無かった。
どちらか1人ではなく、2人ともだなんて。
星野達はニヤニヤしながら見ている。
2人が優に近づいてきた。
「俺さ、松浦のこと鬱陶しいと思ってたんだよね」
有馬が答える。
「俺も、なんでついてくんだろってずっと思ってた」
藤本が続けて言う。
優はしばらくの間黙っていたが、やがて重い口を開いて声を絞り出した。
「なんで、俺のことが嫌いなんだ……」
「理由なんてないよ」
優は理解してしまった。
なぜ2人が俺を裏切ったのか。
その答えは単純。
嫌われていたから。
これまで楽しいと思っていた毎日は、偽りの日々だったんだ。
皆、俺のことが嫌いで虐めたくて仕方なかったんだ。
けど虐める理由がないから、代わりに加山が虐められた。
だから俺が虐められても、誰も助けてくれなかったんだ。
むしろ、やっと虐める理由ができて喜んでいたのだろう。
たとえ、親友だと思っていた人でさえも。
「そうか……」
この学校に、俺の味方はいない。
なら……
もう………………いいか…………
「死ねよ、お前ら」
「あ゛?」
裏で笑っていた星野の笑顔が消え、優に襲いかかる。
「テメーが死ねよ、ゴミ野郎」
そして優を殴ろうとした。
みんな嫌いだ
俺を虐めてきた星野も
金魚の糞のように付き従う奴らも
何もせず見ている奴らも
そして、親友だと勘違いしていた有馬と藤本も
全員、殺してやる。
すると星野の手が止まり、苦しみ出したかと思うと血を吐いて倒れた。
星野の仲間達が駆け寄る。
するとそいつらも同じように血を吐いて倒れた。
目の前で人が死んだのに、優は取り乱すことなく見ていた。
やがて視線を移す。
そこには、怯えた表情の有馬と藤本がいた。
優がゆっくり近づくと、2人は苦しみ出す。
「ご…………めん………」
有馬がそう呟くと、2人はやがてうずくまり動かなくなった。
優は立ち尽くす。
なんで、謝るんだ
優の中は色んな感情でぐちゃぐちゃになっていた。
怒り、憎しみ、悲しみ。
負の感情の中に、さっきの言葉が入ってくる。
もう、何が何だか分からなくなっていた。
気がつくと周りをガスマスクをつけ武装した人達に囲まれていて、発砲音が聞こえたと思うと意識が無くなった。
目が覚めると、今いる部屋にいた。
そしてスピーカー越しに全てを聞かされた。
俺の体から負の感情に応じて毒が排出されること。
それのせいで職員・生徒合わせて38人が犠牲になったこと。
これから俺は、ここで研究されながら一生を過ごすということ。
それからは同じことの繰り返し。
朝昼夜に血液を採取し、時々眠らされて検査される。
外の情報は全て遮断されテレビやゲーム、携帯などは与えられず暇な時は渡されたトランプなどを使って1人遊びをしていた。
前とは全く違う、何もかもが制限された生活。
けど苦痛は感じなかった。
むしろこれでいいと思っていたある日。
スピーカーの男からある提案をされた。
『君が自由になる方法が一つだけある』
『それは、記憶と感情を消すことだ』
そして今日まで俺は決断を迫られていた。
記憶と感情を消して松浦優じゃない新しい人間として広い世界を生きるか
それとも松浦優として一生をこの小さな世界で研究されながら過ごすか
正直俺はどうでもよかった。
そう思っていた。
彼女に出会うまでは。