未来世界のクローン戦士物語 ☆第十六話 ハエ叩け☆
☆その①☆
防御として、無意識でもアテにしているアーマー部分が、ハエの唾液で腐食し始めている。
少年は、予想外の出来事に焦り、掴んでいた腕をつい離してしまった。
ヘルメットのカメラでモニターしているハチさんから、同じタイミングで、注意を促される。
『ハエは食事をする時、唾液で餌を溶かして液状にして摂取するんだ! ハエ怪人の唾液は強力な酸性らしい。気をつけろ!』
「は、はいっ! あれっ!?」
白煙を上げる装甲に気を捕られて目を離してしまった一瞬の間に、怪人を見失ってしまう。
『上だ!』
言われて見上げたら、ハエ怪人は少年を敵だと認識したらしく、頭上から高速で突撃をかけてきた。
「うわっ!」
防御しようと咄嗟に身構えたら、左右三本の腕で、左腕と胸倉とヘルメットを掴まれる。
–ッギシャァァァァァアアアッ!
そのまま、地面スレスレで飛び回るハエ怪人。
飛行能力としては、自重がこのうえなく最適らしい。
小柄な少年一人を掴んで飛び上がろうとしたものの、負傷した身体には重すぎたらしく、一メートルと地面を離れられないでいた。
「なんだよっ–うわわっ!」
高度に上昇できないと解ったハエ怪人は、むしろ地面に得物を押し付けながら、所かまわず飛び回り、獲物を弱らせようと試みる。
「いたたたっ!」
右に左にと、ムチャクチャに引きずり回されるハルカ。
戦闘用ジャケットのおかげでダメージはほぼ無いものの、突然の急カーブの連続で引き回される遠心力や、草地の岩などに打ち付けられる衝撃で体制が乱されて、攻撃が出来ずにいる。
「こっ、こいつっ–わあっ!」
ハエ怪人が、飛びながら醜い顔を近づけてきて、唾液をボタボタと垂らしてくる。
粘性が高いハエの唾液が、ヘルメットや肩部アーマー、スーツにまで垂れかけられると、バトルジャケットが白い煙を上げて、劣化させられてゆく。
「ぼ、僕を溶かす気かっ!?」
ヘルメットのスリットに溜まる唾液で、頬部分に穴があけられ、外気が感じられる。
小さな穴だけど粘液は流れ込んできて、少年の右頬に一滴が垂れた。
溶解唾液が触れた途端、頬がジュウ…と熱くなり、激痛が走る。
「うぐうぅっ–い、痛いいっ!」
(このまま、溶かされる!)
「そっ、そんなことっ、されてたまるかっ!」
死の恐怖に対して怒りを覚えたハルカは、ヘルメットを掴む怪人の左腕の上腕を掴んで身体を安定させると、自由な両脚に力を込めて、怪人の腹部へと思いっきり乱雑な連続蹴りを浴びせた。
☆その②☆
「えやあああああっ!」
–っドズドドドドドドドっ!
負傷している腹部だけでなく、二本ある左足の一本の大腿部も、蹴り上げたらしい。
汚い悲鳴を上げるハエ怪人の左足が一本、腿の中間あたりから、あらぬ方向へとヘシ折れた。
激痛で、少年戦士から離れようと藻掻くハエ怪人を、離すまいと全力で食い下がった結果、怪人の左腕が肩からモゲる。
「うわわっ!」
左腕を失い、左足の一本を使用不能にされた怪人から、少年は捨てられるようにゴロゴロと放り出された。
自重のみとなってハエ怪人は、地上十メートルほどの低空を、激痛にあえぎながらムチャクチャに飛び回る。
ハエの羽音が、体格に合わせたかのように大きく低く鳴り響いて、ハルカや周囲の隊員たちを不快にさせた。
「あいつ、あんな高く–うわっ!」
少年の届かない高さから、ハエ怪人が唾液をボタボタと垂れさせてくる。
ダメージ箇所から滴る黄色い体液や、強酸性の腐食唾液が、辺りかまわずまき散らされて、少年も避けるしか出来ない。
出動要請しているという他の戦士も、まだ到着する気配はなかった。
「何か手は…そうだ!」
ハルカは、草むらに転がっていた手ごろな石を手に取ると、全力で投てきする。
「えいっ!」
–っビュン!
戦闘訓練によって、プロ野球のピッチャーレベルのコントロールが身に着いてはいるものの、上空をムチャクチャに飛び回るハエ怪人が相手では、当たらないどころか掠りもしない。
「くそっ!」
悔しがる戦士のヘルメットに、ハチさんからの通信が届く。
『こっちで支援する。いいか、武装隊員たちが怪人を引き付ける。キミは一撃必殺をイメージするんだ。拳でも蹴りでも何でもいい。脳波を拾ったジャケットが、怪人を破壊するエネルギーをチャージしてくれるから、すかさず撃ち込め! ОK?』
「は、はいっ! えっ、引き付けっ!?」
返事をしてから気づいて、映像で見た隊員たちの惨劇が、頭を過った。
現場指揮車であるトラックを見ると、警戒していた九人の武装隊員たちが、怪人に向けてアサルトライフルを一斉射。
携帯レールガンから発射された小型弾頭は、音速の数倍という超高速で、パシュパシュと静かな発射音と小さな光を残し、のたうち飛び回るハエ怪人に数発が命中をする。
外骨格に命中した弾はノーダメージなようだけど、止まない弾丸は、ハエ怪人の怒りに触れたらしい。
–ッギジャアアアアアアアアアアアッ!
怪異の化け物が、怒りの感情を叫び声でまき散らしながら、武装隊員たちに向かって突撃をしてきた。




