未来世界のクローン戦士物語 ☆第十五話 バトる☆
☆その①☆
現場指揮官の言葉に、ハルカは実に同感をする。
それはともかく、醜悪な容姿の怪人は出現したきりで、ボンヤリと佇んだままだ。
「あの…動きませんけど…」
このまま無害な怪人。とか、期待したり。
『今はいわゆる待機状態だ。ほんの十秒もしないで動き出すぞ。とにかく倒そう。ハエ叩きだな。十分に気を付けてくれ!』
「は、はい…」
ただ立っているだけの怪人だけど、気持ち悪いしハルカにとっては正体不明なので、注意しつつジリジリと接近を開始。
七メートル、六メートル、五メートル…。
「…怪人、動きませんね…うぇ」
二メートルまで近づいたところで、ヘルメット越しの視力が捉えた怪人の体表が艶々で微妙にデコボコしていて、更に気持ち悪さと嫌悪感が増した。
赤い複眼が、出現時よりも光を強めているけれど、緊張しているハルカは気づいていない。。
「これが、怪人…」
恐怖感もあって、少年は一気に叩きのめす決意をした。
「た、叩きます…!」
初めての戦闘行為で緊張が高まって、とにかく頭にでもパンチを充てようと、力んだ硬い姿勢で拳を構える。
「よし、行きます! せ~のっ!」
固めた右の拳を振りかぶった瞬間、ハエ怪人の複眼がビカっと光り、甲高い声を上げつつ振り向いた。
–ッッギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
「うわぁっ!」
その大声と、発声と、口を開けた気持ち悪さで、思わずピビって拳が停まり、全身も硬直。
吠えたハエ怪人は咄嗟に踵を返すと、並び立つマンションに向かって飛行を始めた。
『まずいっ、ヤツはマンションの住人を襲うつもりだっ!』
「は、はいっ!」
ハルカは慌てて、ハエ怪人を追って走り出す。
ハエ怪人は、五階くらいの高さを低空飛行しながら、マンションの防犯スクリーンを目掛けて真っ直ぐに飛んでいた。
(あの窓の中の人たちを襲うのか!)
かつて本部で見た戦闘の映像が、頭を過る。
戦場で命を落とした隊員たちだけでなく、怪人に食べられている一般人の姿もあった。
「そんなっ、事ぉっ!」
少年が走りながら思いっきりジャンプをしたら、ハエ怪人の生足に手が届く。
グっと掴んで、自重で地面に引きずり下ろすつもりだ。
「うわっ、脚暖かくて気持ち悪いっ–こいつ、降りろっ!」
ハエ怪人の羽根は歪に左右非対称なのに、小柄な少年一人くらいでは飛行能力に影響はないっぽい。
「このっ–ええいっ!」
ぶら下がりながら、全身を使って蹴り上げてみたら、怪人の腹部へと靴先がめり込んだ。
–ッギシャアアアアアッ!
基本は外骨格の生物なのに、上腕などと同じく、お腹は生身らしい。
蹴った脚の感触はブニんと柔らかくて、しかもお腹の中でどこかの器官が損傷したらしく、ブチんと弾ける感触もあった。
「うげっ、気持ちわる–うわわっ!」
ハエ怪人は思わぬ激痛に怯んで、飛行能力が低下して、ハルカと一緒に地面へと墜落。
草の斜面を一緒に転がり、出現地点だった土の近くへと転げ落ちた。
「いてて…うわ!」
装甲少年が立ち上がるよりも早く、怒ったハエ怪人が襲い掛かってきた。
–ッッギシャアアアアアアッ!
☆その②☆
意外と早く走ってきたハエ怪人は、三本の腕で得物を掴み取ると、大口を開けて、不気味な顔をこれでもかと近づけてくる。
左右に開いた大口は、虫の口なのに内部には牙があり、濁った白い唾液が滴っている。
いかにも「食べるぞ」という意思が丸出しだ。
「ぐっ–こいつっ!」
怪人の接近顔が気持ち悪くて、胃の中から何かが逆流しそうで、咄嗟に足払いで転ばしにかかる。
左の軸脚を蹴り飛ばしたら、怪人は獲物を離さずそのまま転倒。
–ッギジャッ!
背中を撃った瞬間だけ掴まれた力が弱まったりして、ハルカは少しだけ焦燥から解放される。
と同時に、驚かされた怒りも湧いてきた。
仰向け怪人の胴体にまたがってマウントを取ると、とにかく殴ろうと無意識に動く。
「びっくりしたっ! このっ!」
こちらを掴んでいる腕を、少年戦士も掴みかえして、左腕を振りほどいて拳を引いて、被り物みたいな大きい頭を思いっきり叩く。
–べこんっ!
殴った瞬間に硬い頭の右側がへこみ、複眼との境目から、黄色い体液がブシュっと噴き出した。
「うわっ、気持ち悪いっ!」
–ッギシヤアアアアアアアアアアアアッ!
当たり前だけど激痛だったらしく、ハエ怪人は大きな絶叫を上げながら、悶絶して暴れまわる。
怪力でのたうつ怪人から振り落とされそうになりながら、右手で怪人の腕を掴んで離さず、更に両脚も怪人の腰を回して、ガッシリと掴んで離れない。
「お、大人しくしろっ!」
言いながら、心のどこかで「いやそりゃ無理だ」とか思いつつ、襲い来る怪人の爪を避けながら、腕が生えている胸部にパンチ。
ズンっと重たい衝撃と共に、怪人の外骨格がボギンと窪んで、黄色い体液と、意外とカラフルな内蔵器官が溢れ出て来た。
「おええ!」
もうナチュラルに気持ち悪くて、ヘルメットの中でリバースしそう。
こんな怪人を作る宇宙人たちの気持ちが、全く分からない。
–ッギシャアアァァォォオオオオオッ!
激痛にあえぐハエ怪人が、口から黄色い体液と一緒に、白い唾液も吐き出した。
その混合液が、少年の装甲部分に吐き付けられる。
「うわ汚いっ、本当にヤだ…え、そ、装甲が…!」
唾液を吐き付けられた右腕の装甲が、白い煙を上げて、溶かされ始めていた。




