未来世界のクローン戦士物語 ☆第十四話 現場に怪人☆
☆その①☆
隊員たちは、指揮車であるトラックを中心として、出現予測地点を包囲する形で素早く展開をする。
戦闘装甲服に身を包んだ少年がコンテナから降りると、周囲は街はずれの広い河原だった。
「ここは…いわゆる県境の川?」
整備された河川と、野球ができる程に広い地面。グラウンドと住宅街を仕切るように、幅広なサイクリングコースやランニングコースも整備されている。
コースを背にして土が剥き出しのグラウンドの向こうには、幅三十メートル程の川があり、その向こうには隣接する県の住宅街が見えた。
振り返ったサイクリングコースを超えた先も住宅街で、地上二十階建てのマンションなどの高層建築物が立ち並んでいる。
まだ昼過ぎと言える時間なのに、全ての建築物の全ての窓は防犯スクリーンが閉じられていて、こちら側が見えないようにされていた。
なんとなくヘルメットの特殊ゴーグル機能を使って注視したら、防犯スクリーンの向こうに、熱感応で人の形が見える。
「誰もいないわけじゃないんだ…」
静かで人影もないマンション群は、なんだかゴーストタウンにいる気分である。
ハルカのつぶやきは、ヘルメットのマイクを通じて、指揮車のハチさんにも届いていた。
『この周囲百メートルは、緊急の非難指示が出されているのさ。キミが着替えていた間にも、警察が設置した検問も通過しているからな。ちなみに今回 住民たちに告知した嘘の緊急事態は、二百十年くらい前の不発弾が見つかった。という体だ』
つまり、怪人の存在もクローン戦士の存在も、一応は一般人には秘密。という事になっているらしい。
「なるほど…」
納得しながら建築物を眺めると、マンションもアパートも一戸建ても、自動の安全保護システムが作動していて、全ての窓を覆う防犯スクリーンは爆発にも耐えられる黒色変化をさせていた。
避難指示が解除されるまで、住民の力では決して開けられないスクリーンは、つまり怪人との戦闘の苛烈さを示しているようにも、ハルカには感じられる。
スラスラと静かに空気を切り裂く飛行音に、見上げると、二機のヘリコプターが現場の上空を旋回していた。
マスコミの取材ヘリではなく、国防軍などで使用されている、本格的な戦闘ヘリ。
『丁度、近くの演習場から整備設備に向かうヘリが三機いたのでな。便乗して別に二機、この上空で警戒しているワケだ』
人類に仇名す知的生命体の存在を、なるべく秘しておきたいというのは、世界中の指導者に共通している事でもあるのだろう。
『索敵班からも、周囲十二キロの範囲にわたって目撃者も無し、と報告を受けているから、思いっきり戦えるぞ。とはいえ、周囲への破壊はなるべく最小限に抑えて欲しい。OK?』
「は、はい。努力します!」
大きく息を吸うと、装甲少年は怪人の出現ポイントであるグラウンドへと、歩み出た。
☆その②☆
グラウンドの土が軽い風に舞うばかりで、現場は異様なほどに静かだ。
(怪人って、どうやって出てくるのかな…?)
訊き忘れたな。と思ったけど、どのみちすぐにわかる事だ。
ハルカが立っている場所は、出現予測地点から十メートルほど離れた土の上。
静かな風の音が聞こえる中で、心臓がドキドキと高鳴ってくる。
『あ、それとだ。この地域のクローン戦士にも、万が一の為にこちらへ向かって貰ってはいる。だが、万が一にならないよう、十分に気合を入れてくれよ!』
「は、はい…っ!」
(万が一…それってつまり…戦いで死ぬって事…だよね)
晴れた空を見上げると、青白い月がウッスラと浮かんでいる。
あの清純そうな月の裏側から、人間を殺す怪人がやってくるのだ。
(まさしくルナティック)
なんて考える自分は、意外と落ち着いているのか、はたまた現実逃避なのか。
そんな事を思っていたら、ハチさんから通信が入った。
『怪人が出現するぞ! キミの左後方、約八メートル!』
「!」
言われた地点を正面と向いて、グっと身構える。
グラウンドの土から外れた草の斜面に、直径三メートル程の、赤い光のサークルが出現。
見たことも無い文字らしき紋章が取り囲む光のサークルの中心に、赤い光で人間っぽいシルエットが形成される。
数秒で、ス…と光が消失すると、草の上には身長二メートル強くらいの、一帯の怪人が立っていた。
「な、なんか 出てきた…!」
悠から見て、正面ではなく斜め前を向いたその姿は、まるで直立した人間サイズのハエ。
大きな頭は被り物みたいで、形はハエそのもの。
丸い頭の六割を占める巨大な複眼と、その周りや黒光りする外骨格に生えた、硬そうな短毛。
「な、なんだあれ…?」
衣服は着ておらず、悪趣味に黒光りするハエの着ぐるみみたいで、やっぱり短毛が気持ち悪い。
六本の手足と呼べる部位は歪で、右腕が二本で左腕が一本というバランス。
上腕は虫丸出しで、肘から先が人間っぽく、手首から先はまた長い虫脚そのもの。
脚は、右が一本で左が二本で、腿部分が虫っぽくて膝から脛までが人間っぽくて、足首から先がまた虫脚。
肌っぽい部分で斑に生えた短毛が、やっぱり気持ち悪い。
背中には左右で長さの違う羽根が生えていて、見えない速さでビビビと不快な音を立てて、羽ばたいていた。
「うえぇ…」
少年は、見た目だけで嫌悪感と嘔吐缶が湧いてくる。
「趣味悪い…」
『だろう。こんな怪人が人間を襲うんだから、ふざけんなって話だよな!』
ハルカも、とても実感できてしまった。




