未来世界のクローン戦士物語 ☆第十一話 訓練と日常☆
☆その①☆
宮坂氏が綺麗な構えを見せて、正拳突きを撃つ。
ド…と重たく風を切る、目に見えない程の、超速な拳。
「えっと…」
悠も見様見真似で腰を落として、右の拳を突き出してみる。
ヒュ…と軽い風切り音をたてて、打撃としても軽いなと、自分でもわかった。
「まずは姿勢ですね」
全身を矯正されながら、悠がこの地域に住まわされている事情も、初めて聞かされる。
「この地域では現在、三人のクローン戦士が配置されております。けれど近接戦闘タイプは、女性が一人しかおりません。男性が必ずしも優位というわけではありませんが、近接戦闘をこなせるのが女性一人という状況は、決して好ましいとは言えません」
その意見には、素直に納得。
「まあ、そうですよね。最初は、僕の通学の都合とかと思ってましたけど……考えてみれば、そんな個人的な理由なワケ、無いですもんね」
構えが出来て、再び右の正拳突きを繰り出す。
「ハっ!」
ゴ…と、さっきよりは重たい、いい感じの音が出た。
宮坂氏から、左右の突きを同じ精度で出せるのが理想と指示され、左右で交互に拳を撃ち出す。
「ハっ…ハっ…」
ゴ…ゴ…ゴ…ド…と、少しずつだけど拳の撃ち出しが正確に、強さを増してゆく。
正拳突きの訓練をしながら、気になる事を尋ねた。
「ぼ、僕はまだ、他の戦士とは、あった事、無いですけど…はぁ…たとえばその、作戦とかで、会えたり出来るって、事で、しょうか…?」
その質問には、ちょっと楽しそうに答える宮坂氏。
「そうでしょう。ですがまあ、戦場でそうならない事が一番では ありますけれど」
「?…ああ、そうですね」
合流してから戦場に向かうのならともかく、戦場で追加要員が来るという事は、つまりピンチだという事だ。
という「戦士あるある」だと、悠は遅れて理解した。
一通りのメニューを終えると、今日の訓練は終了。
お互いの礼をして、あとは自由だ。
「ありがとうございました」
「はい。それではまた、二日後に」
師匠でもある宮坂氏が退室をしてから、悠は簡単なエアシャワーで汗を除去して、ド演歌柄な私服に着替える。
マンションから出てくると、随分と陽が落ちていた。
訓練自体が放課後からなので、まあ時間的には、部活の延長のような感じだろう。
「……美優たち、もう帰ってるよね」
まだ赤い、西の低い空を眺めつつ、そんな事をフと考える。
ジンワリと、でもハッキリと、胸の奥が痛んだ。
「…帰ろうかな」
訓練のビルと自宅のマンションは背中合わせなので、歩道を渡ったコンビニに寄って、夕食を買って自室に戻る。
国の政策というか、世界の政策によってクローンとして作られた以上、最低限+αな生活は保障されているので、食事などはちょっと贅沢が出来た。
「一度は食べてみたかった、高級海苔弁だ♪」
始の頃からの夢で、ワクワクしながら食べたら、あんまり美味しくは感じない。
「…………」
悠は、ベッドの壁側に背中を着けて、丸まって眠った。
☆その②☆
毎日の登校時。
悠は、クラスメイトの女子たちから、意外とたくさん声をかけられる。
「お早う、水鏡くん☆」
「悠く~ん、おっはよ♪」
「お、おはよ…」
始の頃から女子慣れしていない悠は、恥ずかしく戸惑いながらも、男子心としてはとても嬉しい。
そして、フと思う。
(何だか、女子が声をかけてくれるな。)
炊事とか洗濯とかは、思っていた以上に大変だけど、女子から声をかけられるだけで、今の生活も悪くないとか思える、根が能天気な少年だ。
何より。
「始の頃には、無かった事だもんね」
足取りも軽く、学校に向かって歩いていると、美優と始が歩いていた。
「………」
追い付かないように、少し後ろを歩きながら、どうしても美優をチラチラと見てしまう。
いつも始を気にしてくれて、登下校も一緒で、お弁当も用意してくれる美優。
始も美優の事を気にかけていて、放課後など美優と友達のオシャベリが終わるのを、時には友達とシャベリながら、時には読書をしながら、さり気なく待っていたり。
(そっか……つまり僕は、ああだったんだ)
第三者の立ち位置になって初めて、自分も意外と美優を大切にしていたんだと、ちょっと誇らしく感じた。
と思いながら。
そんな美優が、僕から離れてしまった。
と感じて、悠は慌てて否定する。
(いやいや、そういう事実はないんだってば!)
始と美優は一緒にいる。
そしてクローンの自分は…。
(あれ…これって…)
生まれて初めての、失恋な感覚であった。
休み時間になって、悠は屋上で空を眺める。
転入してから数日も過ぎると、普通にクラスメイトの一員である。
始だった頃との違いはほぼなく、気の合う男子たちは普通に話しかけてくれる。
女子たちも声をかけてくれる事が、始の頃との一番の違いだったり。
今は、一人で空を眺める悠。
(美優と家族を失ったような感覚は、まだ寂しいし、胸が苦しい…)
でも。
(クローンである僕自身を否定しているような こんな気持ちも、どうなのかな…)
とにかく、自己肯定が欲しかった。
「今は…このまま頑張るしかないんだ」
そんな独り言が零れた時に、始と美優が近くに来ていた。
「どしたの? 水鏡くん」
「あ、うん…なんでも」
始は、悠の事を心配しているのが、顔に出ている。
そんな自分を見ているのも、ちょっとイヤだ。
(僕–始は何も悪くないんだけどね…まだダメだな、僕は)
「あはは…ちょっとトイレ」
屋上から去り行く悠を、始も美優も見送っている。
悠は、ちょっと気が重かった。
そんな感じで、二週間ほどが過ぎた土曜日。
悠は、放課後の公園でコンビニ弁当を食べていると、ポケットの懐中時計が振動をする。
「ん…誰だろ?」
立体映像を出力すると、ハチさんからのコールだった。
『悠、出番だ! 現在位置から動くな。すぐに迎えの車が行く!』
「!」
怪人が出現したのだ。




