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未来世界のクローン戦士物語 ☆第九話 全身を曲げながら☆


 ☆その①☆


 悠のトレーナーである宮坂氏も、全身を柔らかく逸らしながら、話を続けた。

「体力そのものは、クローン作製の時点で十分に強化されております。ですが、その身体を完全に使いこなすには、やはり十分な鍛錬が必要でございます」

 言っている意味は、よく解る。

「はい。僕も今朝、制服に着替えたら袖とかを少し破いちゃいましたので…」

 朝の事だ。

 学ランの下のシャツを、いつもの感覚で当たり前に着替えたら、肘を引っかけた際に引っ張って袖や脇の下がビリリっと裂けた。

 自分の肉体が強化されていると、ハチさんから聞いてはいたけど、それを実感した瞬間でもあった。

 そんな失敗話は、クローンあるあるらしい。

 悠のドジ体験に、宮坂氏は優しく微笑んで、告げる。

「私も、よくレオタードを破いてしまったものですわ」


 悠は、目覚めて始と美優を見たその後、怪人や、怪人との戦闘の映像を見せられている。

「ま、あれだろ。ドキュメンタリー風に作った昔の特撮番組! みたいな感じだろ?」

 刀を振るう若い女性戦士や、遠距離狙撃で攻撃をする男性戦士など、日本を護っているクローン戦士たちの戦い。

 こういう戦士たちが、世界各国で怪人対策に当たって当たっているらしい。

 怪人は殆どが醜悪で、更に映像によっては、隊員が現場に到着して記録が始まった時点で、既に数名の一般人犠牲者が出ていたりもする。

「…………」

 少年は、やるせない気持ちだ。

「…こんな理不尽、ムカつくだろう?」

 言い方は明るいものの、ハチさんの吐息からは強い怒りを感じ取れた。

 室内にいる隊員さんたちと、悠の怒りが、静かに混ざって浸透してゆく感じがあった。


 悠が放課後の一対一トレーニングを続けて、数日がすぎた。

 宮坂氏に対する緊張感も薄れ、距離も近づいた気がする。

 訓練の大半は基礎トレーニングで、戦闘訓練は全体の四割から三割くらいだった。

 もっと本格的に組み手とかするのかと思っていたから、ちょっと意外だ。

 今日も、ランニングや腕立てなどをこなすと、ヨガで全身を柔らかくほぐす訓練。

「うむむ…」

「そうです。そのまま足を首の後ろに」

 座った姿勢で、左右の脚を首の後ろに回す。

 全身で苦労しながら足首を首に引っかける悠に対して、宮坂氏は手を使わずに脚だけで姿勢をとって、バランスも崩さない。

 これが、身体を使いこなすという事なのだろう。

 ただ、悠は思春期の少年である。

 向き合ったその姿勢だと、宮坂氏のハイレグの股間が正面を向いて、視線のやり場に困ってしまう。

 更に、両足を首の後ろで固定する姿勢だと、全体のシルエットが開いた女性器を連想させられて、戸惑う。

「苦しいですか?」

 顔が赤く、視線を泳がせる少年に、自覚のないらしい年上女性が訊ねた。

「い、いえ…キツいはキツいですけど…ぼ、僕も早く、宮坂さんみたいに、身体を使いこなせると、格好良いなぁって…うぐぐ」

「このくらいなら、すぐですわ」

 そう答えながら、宮坂氏はまた優しく微笑む。


 ☆その②☆


 苦しいヨガ訓練をしながら、悠は気になっていた事を訊ねてみる事にした。

 クローンの先輩に聞いてみたい事だったけど、さすがに初日からいきなりは訊けなかった事だ。

 まずは、そつのない質問から。

「そういえばですが。くく…ハチさんが、怪人と戦うのに必要な因子…とか言ってました、けど…いてて…何のことか、ご存じですか…ぐぐ…」

 息が苦しくて股関節が痛い少年の問いに、同じ姿勢で平然としている宮坂氏は、落ち着いて優雅に返答。

「お聞きになっておりませんか…。まぁ、あの方なら そういう失態も致しましょう」

 ハチさんは、意外とドシっ子オジサンなキャラらしい。

「我々クローンのオリジナル体の身体には、特殊な因子が強く受け継がれております。それは『ノンモの因子』と呼称される、極めて珍しい因子なのです」


 ノンモとは、アフリカ中央地域、マリの、ドゴン族にだけ口伝で伝わる神話に登場する、宇宙からの使者の名前である。

 数多有る世界の神話の中で唯一、人類創造の神様ではなく、ハッキリと「遺伝子操作によって地球人類を作り出し文明の基礎を教えて去っていった」とされる「魚のような顔をした宇宙人」であると、その描写は妙に具体的だ。


「神話によると、ノンモは、オオイヌ座の主星シリウスCからやって来たと伝えられております。そのノンモが施した生体改造の際、地球上には存在しなかった因子が使われ、現代人類には殆ど検出されないその因子を強く受け継いでいるのが、我々のオリジナル体…という事のようです」

 勿論それは、この日本を含めた全世界で、何年も前から人知れずクローン戦士が怪人と戦い、人々の平和を護っているという話でもある。

 姿勢を変える宮坂氏の真似をして、今度は全身を逸らし、つま先をアゴの下で重ねる…ように頑張る悠である。

 宮坂氏は、特に苦も無く話を続ける。

「ただ、ノンモの遺伝子が検出される個体数は、極めて少人数という話です」

 宮坂氏のオリジナル体も始も、ノンモの遺伝子が検出された。という事なのだろう。

 少年は堅い身体を柔軟に慣れさせながら、少しずつ、本当に聞きたい質問へと近づいてゆく。

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