Report82: カニバリスト
「やったよぉ、デュフ!」
「まだだ、油断するな!」
喜びの声を上げるカメコウ。それをメガミが制した。
ぐらりと上半身が揺れ、男は膝から地に崩れ落ちる……かと思いきや、寸での所で踏み止まった。ダン、という力強い音が室内に響き、リセッターズの面々に恐怖を与えた。
視界が次第に晴れ、そうして露わになったのは白衣を着た初老の男性。サムチャイ。白衣は煤で黒ずんでいるが、白髪、白髭、それらは紛う事なき医学部の教授であった。
「リセッターズか。ハハハハ……本当、面白い」
狂気じみた笑いを上げるサムチャイ。彼は余裕の表情で白衣のポケットからハンカチを取り出した。そして次にメガネを外すと、レンズを拭いた。
「フン、お見通し……という訳か」
ロジーが、教室の扉に身を隠しながら呟く。その顔は憂色を帯びている。
サムチャイはカメコウが放った弾丸を頭部に受けつつ、首を捻る事で致命傷を逃れていた。その様子を、ロジーは目で捉えていたからだ。
(手榴弾が防がれた時点で、腕が良いのは分かっていたが……手強そうだな)
サムチャイは知っていた。
セイジ・オオモリという日本人が来た時点では不確定であったが、リタと名乗る女が編入してきた時、魂胆を悟った。これは自分を探っているのだ、と。
そして同時に思ったのだ。……この女の肉を喰ってみたい、と。
「まさか自分達が返り討ちに遭うとは思うまい。そう思って、餌を撒きました」
メガネを掛け直すと、サムチャイは語り始めた。口角を吊り上げ、悠々と続ける。
メガネが月光を反射し、怪しく光っていた。そこに、授業中に見た柔和な面影はない。
「するとどうです。面白いぐらいに引っ掛かったのだから、笑うしかないでしょう! ハハ……ハハハハ!」
狂人の不気味な笑い声が周囲に反響する。だが、メガミは負けじと笑ってみせた。
「フフン、リセッターズも随分と人気になったものだな。私も有名人か!」
「おや……自分が狙われている事、分かっているんですかねぇ、メガミさん」
口ぶりや態度からして、既に自白したようなものではあるが、サムチャイは人身売買を行っていた。そして、カメコウが見つけたあの闇サイトも、普段利用している窓口の一つだった。
取引場所は、実際に校内で行っていた。ラッシュの推測通り、守衛は共犯だ。彼らに見張らせて、キャンパス内という安全地帯で取引をしていた。
尤も、守衛を雇用したのは学長だった。しかし、学長は自らの学園が闇取引に利用されている等、露知らない。偉大な人間であり、誇りをもって統治している男だ。それ故、サムチャイの悪行を許す筈がなかった。
だが、守衛は別だ。莫大な賄賂を渡す事で、彼らを懐柔するのは容易かった。
仮に、不審に思う人間が居たとしてもだ。一般道が走っていて、医学部教授が居る。夜中にトラックが来ようとも、怪しまれる事はないのだ。
それに、証拠は全て隠滅してきた。反駁する者、何かに気付いた者。それらは全て、肉塊にしてきた。
サムチャイは銃口をメガミへと向け、言葉を紡ぐ。
「いや、こう呼ぶべきですかな――リベルタス」
「ッ! 貴様!!」
頭に血が上ったメガミはグロック17を取り出す。
「メガミよ、落ち着け!」
「だ、駄目だよぉ!」
ロジーとカメコウの諌言も聞かず、メガミは発砲した。しかし、背中のラッシュが邪魔で思うように戦えない。老齢とは思えない動きで、サムチャイが銃弾をかわしていった。
「女性のお尻の肉が好物でしてね……煮込むと美味なんですよ」
「黙れ!!」
激しい感情をぶつけるメガミ。互いに銃弾で牽制しつつ、物陰に身を潜めた。
この状況では、リセッターズは撤退するべきだろう。何も、敵は目の前の一体だけではない。続々と増援が集結しつつあるのだ。
いつもの冷静なメガミであれば、考えが及んだであろう。しかし、リベルタス……昔の名を呼ばれた事で恐怖、焦慮が生まれつつあったと思われる。
何故自分の旧姓を知っているのか。こいつは何者か。仮面の男も知っていた。であれば、眼前の教授は仮面の男なのか。それら答えは出ないという事を、今のメガミは失念してしまっていた。
「戯言だ、耳を貸すな。撤退するぞ!」
ロジーが叫んだ。メガミがはたと気付き、後退する。カメコウが斥候を担い、階段へと急いだ。
メガミは舌打ちし、悔しそうにその顔を歪めた。




