Report74: 北風とともに
話を戻すと、そのインターネットのスレッドに匿名で大学の闇を暴露した者が居るわけだ。
ちなみに後日、該当する投稿は削除されている……らしい。
「医大って事はよぉ、もしかしてキャンパス内でバラしてんのか?」
「分からん。それも調査する。主な調査対象だが、最たる容疑者……こいつだ。サムチャイ教授」
メガミは予めプリントしておいた写真を俺らに配った。
渡されたものを見ると、黒い眼鏡をかけた白髪の男性が写っていた。
白衣を着ており……六十歳くらいだろうか。やや禿げかかっている。
パッと見た感じ、おいしいフライドチキンを売ってそうな好々爺にも見える。柔和な表情だが……果たして。
「フン、大学の運営維持にも相当な金が掛かる。困窮した結果……手を出してはいけない領域に突っ込んだ、か?」
ロジーが写真を眺め、目を細めた。思う所があるのだろうか。
うーん、単独の犯行って可能性もあるけど。大学まで繋がっているのかな?
「で……大学、もしくは教授がクロだって根拠は?」
焦れったいといった様子で、ゾフィが尋ねた。
質問に対し、メガミは首を横に振って答える。
依然、真相は闇の中って事か。メガミは何かしらを掴んでいるかもしれないけど。
まぁ、このおじさん、年季が入っているし、大学の校内では融通が利くのかもしれない。研究室を自由に使えるだろうし、夜遅くまで居ても怪しまれない。
逆に、新人教師には難しいんじゃないかな。だから調査ターゲットになっているのだろうか。
「フフン、分からないからこそ潜入調査するんだ。この中で一番大学生っぽいのは――」
メガミは口の端を吊り上げると不敵な笑みを浮かべた。
そして、何故か俺と目が合う。
「――そうだな、ラッシュ、お前がいい」
え、俺?
無理だろ、三十半ばのオッサンだぞ。
日本人は確かに若く見られるけど、流石にキツいだろ!
「いや、流石に、それは……」
「偽の学生証は作っておく。二週間後に開始だ。ラッシュには暫くの間、この大学の医学部に通ってもらう!」
「んな無茶な!」
「シラバスは入手してある。全て、頭に入れておけ。解散!」
俺の意見を無視して、トントン拍子で話が進んでいった。
日本人は若く見られる。そして……話を断るのが下手だ。我ながらそう思った。
シラバスっていうのは、その大学の講義内容や年間スケジュール、必要な教科書や要項なんかが緻密に書かれている冊子の事だ。大学の取扱説明書といってもいい。
いやしかし、大学に潜入調査って……。バレたら俺、どうなるの?
「頑張れよ、ラッシュ! さ~て、帰って晩酌の続きでもすっかな……」
「他人事だと思ってない?」
「ハハッ、他人事だろ?」
ゾフィがニカッと笑った。
クソ、これは貧乏くじだ。腹が立つけど、きっと給料は期待しても良いだろう。
メガミの号で解散となり、各自がバラけていく。俺は手提げ袋を持ちあげた。購入した冬服が入っているものだが、やけに重く感じられた。
帰宅後、滞在しているホテルのエアコンを調べてみる。すると、ゾフィ達に言われたように暖房機能が付いていなかった。
仕方なくガスストーブの電源を付け、温まるまで待機する。
行方不明者……。
昼間の会話が思い出される。中年の社員が言っていた言葉。『真面目な子だったんだけど、急に居なくなっちゃったんだよねぇ!』。
暫く使われていなかったガスストーブから、暗雲が立ち込める匂いがした。




