Report57: 離反
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バンコクのショッピングモールで警邏を担当した翌日。俺がいつも通りヤワラートの事務所に出勤すると、異様な空気に包まれていた。
メガミは机に向かったまま動かない。だが視線だけは鋭く前を見据えていて、何か熟考しているのだと知れた。
ゾフィも珍しく軽口を叩く様子がなく、口を噤んでいる。
ロジーは……特に変わった様子は見受けられない。壁にもたれかかって、煙草を吹かしている。
カメコウの姿が無いようだが……。
挨拶を終え、恐る恐る事由を尋ねてみる。
「カメコウが……?」
驚きの答えが待っていた。今しがた聞いた言葉が、俺には信じられなかった。
助け舟を求めるようにゾフィを見てみる。
「俺もさっき聞いたばっかで、分からねぇんだがよ」
白ブチ眼鏡をかけたスキンヘッドの黒人、ゾフィは怪訝そうな表情で口を開いた。
「聞いておきてぇんだが、つまり、カメコウが裏切ったって言うのかよ?」
そして、そのまま続けた。彼も状況を把握しているわけではないようだ。
問いかけられたメガミは柳眉を逆立てている。
憤怒……いや、それ以外の感情も、そこには含まれているように感じる。
「……私そっくりのフィギュアを売り捌いていたらしい。そこまでは、まぁ看過出来るのだが……」
メガミはゆっくりと説明を始めた。
自分そっくりのフィギュアが何故か市場で販売されている事。それを昨日発見した事。皆、それを黙って聞いていく。
俺が初めて聞いたのは、その後の内容についてだった。曰く、フィギュアの製造元を潰そうと、昨夜メーカー工場に押し入ったらしい。そこはカメコウの自宅で、部屋の中には誰も居なかった、と。しかもそれだけではなく、謎の仮面の男と戦闘になったらしい。
「仮面の男だぁ……?」
「フン、即ちそいつと繋がっていると。そういう事か……」
ゾフィ、ロジーが口々に言い合う。俺を含め三人は眉を顰め、唸っていた。
それもその筈、メガミの話した内容は真実なのだろうが、釈然としないからだ。
フィギュア、消えたカメコウ、仮面の男……。これらは関係しているとしても、カメコウが裏切ったと判断するには尚早だと思った。
だがメガミは説明するのだ。ここ数日、カメコウが事務所に現れないのはその為だ、と。
メガミはクールな女性で、いつ何時でもポーカーフェイスだ。だが、今日の彼女は動揺しているのが見て取れた。
「仮面の男、ヤツはかなりの手練れだった……」
悔しそうに歯噛みするメガミ。らしくもなく苦悶する彼女を見て、身内に裏切られたと考えている彼女の心中を察した。それは苦しいに違いない。自分を模した美少女フィギュアが売られて憤っているとばかり思っていたが、そうではないのだろう。いや、それも多分にあるのだろうが、様々な感情が渦巻いているのだ。
「フン……まぁそれを調べる為に、俺が動いていたのだがな……」
ロジーがメガミの言葉を補足する。吸っていたアイスコアの火を灰皿で擦り潰すと、二本目を取り出した。
最近別の仕事をしていたようだが、カメコウの身辺を探っていたという事か。
「でもカメコウが裏切ったって、そんな……」
俺は言いかけて、口を閉じた。フィギュアを製造していたのは知っている。俺も共犯だ。
だが正直、裏切ったという見解には納得していない。
カメコウがリセッターズを勝手に抜けるとは思えない。
盾突く事も、反旗を翻す事もカメコウには出来ないのではないか。
何故ならアイツは臆病だ。話してみて分かった。そんな大層な事が出来る人間じゃあない。
「こんな時、カメコウが居てくれればすぐに調べられるんだがよ。参っちまうな、ハハッ」
ゾフィは眼鏡を指で押し上げて、いつものように笑ってみせた。
この男もきっと、カメコウが裏切ったとは思っていないのだろう。
直感だが、そう感じた。




