After Story: クロントイの内情2
暫く通路を進むと、景色が変わった。今まで俺達が通ってきた街並みよりも荒れ果てた場所だ。ゴミが散乱し、野犬の姿も見える。そこに、俺達が探していた人物は居た。
スリをした少年と……その家族だろうか。ぼろぼろの小屋の中に何人かが暮らしていた。
少年は俺達を見ると、一目で何となく察したのだろうか。他の住人達のような気さくな挨拶はせず、ただ表情を曇らせていた。
服は擦り切れて穴が開いている。だが、利発そうな顔をしている少年だった。
「盗ったモン、返してくれるか?」
「……もう無いよ。売っちゃった」
ゾフィが尋ねると、少年は俯いてそう答えた。そして地面に座り込んで、溜め息を吐く。
窃盗を行ったのは、この少年で間違いない。だが、人格的偏りや、自らの欲求を満たすために非行をしたようには見えなかった。
「悪いがぁ、子供とはいえ、盗んじまったら犯罪だ。警察んとこに連れていくが、文句はないな?」
ゾフィはしゃがんで、少年の目を見据えて語った。ゾフィは子供に対しては強く出れないようで、やや困惑している様子だ。少年はゾフィの問いに、無言で俯いたままである。
何か事情があるのか、そもそも大人と話すのに慣れていないのか。俺はそんな事を推察しながら、ぼろ小屋の中を覗いてみた。すると、少女が一人と、布団で横になっている女性がそこには居た。少年の妹と母だろうか。だが、母と思しき女性は顔色が悪く、呼吸も荒い。風邪……いや、病気で寝たきりになっているのだと、俺は悟った。
俺がその事をゾフィに告げると、ゾフィは向き直って少年に再び質問した。
「母ちゃん、どうした?」
「……病気なんだ」
「病院は?」
「お金が無いよ。……全然足りないんだ」
少年は首を横に振って答えた。言葉を吐き出すと、もういいだろ、早く連れていけよ、と意を決したように立ち上がった。
本来であれば小学校に通っているくらいの年齢だろう。未就学、家族三人、親は病気。
生きるために、家族を救うために、罪を犯したという事、か……。
日本と違って海外、特に貧しい国では、生きるために犯罪に手を染める子供達は多い。
ここタイでも、そうしたケースは少なくない上、その内の殆どのパーセンテージを窃盗が占める。
非行少年はどこの国でも裁かれる運命だ。生き抜く為、仕方なく悪事を行う。だとしたらその“悪”とは何なのか。国は、人は何を以って、善悪をより分けるのか。
この子の行いは社会的に、秩序的に見て悪い事だと言える。しかし、俺達の胸中はスッキリとしなかった。
ケースバイケースであるべきだ。人情は推し量られるべきである。
ゾフィは暫し黙考していた。だが何かを閃いたようで、俺に耳打ちする。俺も成程、それは名案だ、と頷いた。
「兄ちゃん、俺達は君を警察に突き出すよう、仕事を貰ったんだ。で、仕事を完了すれば金が貰える――」
少年は変わらず下を向いたままだったが、ゾフィの話を聞いていた。そうと分かると、ゾフィは話を続ける。少年がこちらを一瞥したので、俺はゾフィの横でニコリと笑ってみせた。敵意が無い事を示す。さっき習った、万国共通の上手いやり方だ。
「――大人しく着いて来てくれれば、その報酬の半分をやろう。どうだ、悪くねぇ話だろ?」
少年はそう聞くと、不思議そうな顔をしていた。何を言ってるんだ、信じていいのだろうか、と考えているようだった。
「ちなみに、俺達が貰うのはニ十万バーツだ」
「ニ十万……ってことは十万バーツ!?」
少年は目を丸くして驚いていた。ゾフィがニヤリと笑う。
提示された条件を飲むべきか迷っているようだった。だが、未成年とはいえ、いずれ自分が罰せられる事を理解しているのだろう。ゴクリと唾を飲むと、少年は俺達に同行すると約束した。
少年は暫く家族とは会えないかもしれない。家族の面倒は誰が見るのか。そういった懸念があるようだが、俺は少年を諭した。
《リセッターズ》は、金を貰えれば何だってやる組織なのだ。子供の未来だって、時には守る。そして、己の線引きによって、善悪を区別する組織だ。少年の家族の面倒を少しの間見る事くらい、お安い御用である。
そうして少年を連れて、俺達はスラム街を去ったのだった。
後日、給料明細を確認する。この件で振り込まれていたのは、ニ千バーツであった。
足りない額をどう工面したのかは、言うまでもない。




