Report48: 互いの為すべき事
『私だ、動ける者は居るか? 援護を頼みたい――』
メガミは車体の陰に隠れると、回線を繋げ、全員にメッセージを飛ばした。メガミには、動ける者がどれだけ残っているのか分からなかった。だが、リクセンも弱っていると見える。メガミの下にはカメコウから先程、タイ警察も直に現場に来るだろうという旨の連絡があった。
だとしたら、ここでヤツを逃がすわけには行かないだろう。
『――ヤツも相当弱っている。さっさとケリをつけて、帰って酒を飲みたいところだ』
『……もしもし、俺です。俺、ロジー、あとペイズリーが行けます』
『ラッシュか……分かった。今、例の一通の所だ。すぐに来てくれ』
リクセンは反撃して来なかった。その上、車を動かさない。否、車がもう動かないのだろう。あちらも窮地と思われた。制圧するのも時間の問題である。
しかし、リクセンを取り押さえるにしても、彼の所持している武器を取り上げる必要性があった。降参する意思が無い限り、戦いは長引くだろう。
いっそ、殺してしまう方が楽だろうが、《リセッターズ》は作戦の決行時に、殺しはしないと決めていた。
自らの都合の為に人を殺してしまっては、リクセンという凶悪犯と、同じ土俵に立つ事になってしまう。彼らの矜持からして、それは度し難いものなのだろう。
間もなくラッシュ達がその場に急行した。ラッシュとロジーが銃で牽制しつつ、その隙にペイズリーがリクセンを確保するという算段と思われた。ペイズリーは軍事会社出身はさる事ながら、近接格闘に秀でていた。それを活かした良策と言えよう。
リクセンもAK47で応戦する。ペイズリーがそこへ接近していく。相手の動きを封じてしまえば、あとは警察が到着するのを待つばかりだ。
「近づくなッ! やられるぞ!!」
「……チッ、ハエ共が。次から次へと……」
ペイズリーがリクセンまであと数歩という時、背後から声が響いた。ゾフィである。思わず、バックステップで後退するペイズリー。
「手合わせして分かった。そいつはタイの古武術だ。“クラビー・クラボーン”だったか? 初めて戦ったぜ」
時折呻きながらも、ゾフィがペイズリー達に進言した。彼は今、民家の屋根から戦場を見やっていた。出血したままで、肩を押さえている。
リクセンの動きはタイの武術、クラビー・クラボーンによるものだ。しなやかな体捌きであった。手足による攻撃もあるのだが、その本質はあらゆる武器を使用した汎用性の高さと、トリッキーな動きが挙げられるだろう。
「もういいだろう、何故そこまでする? もう何も残っていない。降参しろ、リクセン!」
メガミは声を低くして警告した。このまま逃げ延びたとしても、最早修復不可能な所まで事態は進んでいた。だからこそ、最後まで抵抗する理由が分からなかったのだろう。
タイ警察にも既に情報は提供済みだ。リクセン・エバーローズは政治界から追放され、財閥は解体される。本人だって、牢屋行きになる。家族も最悪の場合は……
「だからこそだ……だからこそ、私が死ぬわけには行かないのだ!!」
自らを鼓舞すると、突如、リクセンが姿を現した。そしてAK47を乱射し、ラッシュ達へと迫った。堪らず回避行動を取るラッシュ、ロジー、ペイズリー。特攻に気付いたメガミが車両の後ろから狙撃し、AK47を弾き飛ばす。
「あの娘が……!」
何かを言い淀んだリクセンは、AK47を拾おうとするが、そこをロジーが撃ち抜いた。リクセンの指に当たったようで、千切れた指が宙を舞う。そしてぼとり、と地面へ落ちた。年齢を感じさせる、太く皺のある指だった。
狙撃したロジーは、あの時の仕返しだと言わんばかりの表情だ。
「……あの娘が笑って暮らせる世の中にしたい! 将来の不安に押し潰されず、明るい未来を歩けるように! その為に、国を変える!
私自らが悪役になる事で、この国の治安を正す!」
「飛んだ親バカ野郎だな! 殺したって解決はしない。憎しみが連鎖するだけだ!」
いきり立つリクセンに、メガミが怒声を浴びせた。一連の事件は娘の為だ、とリクセンは主張するのだ。そんな我が儘が通用するほど、世界は主観で出来てはいない。
その頃、どこからか自動車のエンジン音が聞こえていた。メガミ達が振り返ってみると、猛スピードでこちらへと突っ込んでくる車が見え、皆が回避行動に移った。全員轢殺するかのような勢いで、軍の装甲車が突撃してきたのだ。
その車両に、リクセンは乗り込んでいく。
「いずれにせよ、私は死んでもいいのだ……私の行った事件の結果、人々は本質を考え直すようになる……ハハ、さらばだ」
「……サーマート!? クソ、逃がすな!!」
現れた車両はリクセンの仲間だった。正確には《ルンギンナーム》、サーマートである。頬に傷がある男、サーマートはワットプラケオでゾフィにボコボコにされていたが、死んではいなかったようだ。体のあちらこちらに包帯を巻いており痛々しい様相だが、車の運転程度は朝飯前といった感じであった。
細道をそのままバックで後進していく。「待て!」とメガミが叫んだが、その強行突破に誰も反応できなかった。
しかし、一方通行の入り口付近で待機していた《ブラックドッグ》の残存部隊が喰らい付いていく。彼らもまた車に乗り込み、二台はカーチェイスを開始した。




