Report36: 崩壊
彼の大きな声が響いた。ゾフィはソファから飛び起きると、事務机の向こうへと飛び込んだ。ロジーは入り口付近に突っ立ってタバコを吸っていたのだが、大わらわでドアを開け放つと、閉めるのも忘れて飛び出していった。
何事かと思ったが、俺もソファを背にして、咄嗟に伏せた。
「デュ――」
頭に疑問符を浮かべたまま、静止していたカメコウの声は、耳を劈くような轟音で遮られる事となる。ピザが爆発したのだ。
ほんの僅かな時間だった。箱を開封した直後、爆発音が轟いたかと思うと、カメコウが窓ガラスを突き破って吹き飛んでいった。
存外肉厚でタフだったのか、爆風を浴びて体をのけ反らせると、直立したような格好になり、そのまま人身御供のワンシーンのように飛んでいった。天空へと捧げられていくその姿を、俺は薄目を開けて捉えていた。
爆風が吹き荒れ、木っ端微塵になった家具や備品が凶器となって降り注ぐ。俺はソファごと吹き飛ばされて、壁に叩き付けられた。
照明が壊れたのか、内部は薄暗い。ヤワラートの街の灯りが窓から差し込むばかりだ。しかし、俺は無事であった。
「オイ、無事か! 洒落になんねぇぞ……」
頭を押さえながら、よろよろとゾフィが立ち上がる。俺も何とか立ち上がる頃には、冷や汗をかいたロジーが事務所に戻ってきていた。
尚、今の爆発で玄関ドアは破損し、寝転がっている有様だ。
「カメコウは!?」
「下だ! 吹っ飛んだぞ!?」
ゾフィに問いかけられ、俺はあわあわと答えた。
砕け散ったガラスを踏みつけて、窓から下を見やった。キャーキャーと叫ぶ女性と、煙を上げる巨体が大の字になっていた。この距離からだと、それが丸焼きにされた家畜のようにも見える。笑ったらカメコウに悪いので、吹き出しそうになるのを俺は必死に抑える。
飲食店の屋根が緩衝材になったようで、落下によるダメージは殆ど無さそうである。見た感じ、息はありそうだ。
俺は溜め息を吐いて、事務所内部へと視線を戻した。
どうやらピザ屋に扮した何者かが、事務所に爆弾を届けてくれたようである。
周囲を見回してみるが、家電や家具が散らばり、酷い状況であった。不幸中の幸いか、煙は出ているが火事にはなっていない。
ふと、俺は床に見知らぬ手紙のような物が落ちているのに気が付く。爆弾と一緒に入っていたのだろうか。半分燃えカスとなったそれを拾い上げ、書かれている文字を音読した。
「『ワットプラケオで待つ』、だってさ」
「パーティの招待状って訳だ。ケッ、上等だ。特大のプレゼントをお見舞いしてやろうぜ」
ゾフィは窓際から戻ってくると、額に青筋を浮かべていた。ワットプラケオってのはタイの地名である。
「待て待て、確実に罠だ。行くべきではない……」
沸騰寸前のゾフィを、ロジーが制止した。ロジーは憔悴した様子で、タバコを一本取り出し、火をつける。
……このタイミングでの爆破テロ。となると、《ルンギンナーム》、いやサーマートの仕業に違いない。
奴の身辺を嗅ぎ回っているのはバレている。自らにとって都合の悪い人間は消してやろうという事なのだろう。しかし、ここまで早く行動に出てくるとは予期していなかった。
捕縛作戦が開始されたのだって、ついさっき、数時間前なのだから。
「クソ、俺はメガミに連絡入れる! ラッシュ、掃除を頼む」
ゾフィは電話しながら、事務所の外へと出て行ってしまった。俺は、そこらに散らばっているガラス片を一箇所に集めていく。




