Report30: 小さな英雄
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事務所へ帰還した《リセッターズ》は、全員口を開こうとしなかった。
普段はマイペースなカメコウも空気を読んだのか、黙り込んだままである。
航空機が落下していった様子から鑑みて、内部でハイジャック、もしくはテロが起きたのだろう。
それじゃあ、手荷物検査の意味がないではないか。
否……それは、責任の転嫁に思えた。ゲートまでとは言え、支社長の家族を護衛するよう依頼を受けていたのは、俺達なのだから。
あまりにも凄惨な事件が起きてしまった。
何故起きてしまったか。どうすれば良かったのか。責任の所在は……。
事務所に戻ってからも、俺はそれを考え続けていた。
「メガミさん、俺があの時やられていなければ、未来は変わっていたんでしょうか……」
仮に、スワンナプーム空港であの時、俺が気絶せずに周囲の監視を続けていれば……。もしかしたら他のテロリストを発見できていたかもしれない。
俺の問いを、メガミやゾフィ達はただ黙って聞いていた。沈黙する彼らを余所に、俺はそのまま続ける。
「俺は正義のヒーローでもなければ、警察でもない。ただの小悪党だ」
ずば抜けた特技もなければ、メガミやゾフィ達と伍する戦闘能力もない。
悪と対峙するのはいつだって、大いなる力を持つヒーロー達だ。
もしくは、代えの利く捨て駒、死んでもいい人間……そういった人間が前線に送られる。
俺はどちらなのか、と自問する。しかし、答える事を逡巡してしまう。
……ハッキリと分かっているのに。
もし仮にだ。俺が後者だと仮定したら、俺が捨て駒なのだとしたら。メガミが俺を《リセッターズ》に招き入れたのは、きっと……。
「あの日、お前が線路へ転落した日──」
暫し瞑目していたメガミだったが、考えを纏めたのか、ゆっくりと語り出した。
「──お前を助けるかどうかは、決めていなかった。ただ、所用があって日本に行くついでに、会いに行ったんだ」
メガミはそう述べた。どうやら俺は“ついで”、だったらしい。その事実に、俺はますます意気消沈してしまう。
メガミやゾフィが前に言っていた。「面白そうなヤツが居るから、ラッシュに会ってみた」と。所詮、その程度の認識なのだ。俺に何かを期待していた訳ではないのだろう。俺はどうせ、ただの小悪党だ。
「足の速いヤツなんて幾らでも居る。私が探していたのはヒーローだ。生粋の犯罪者でもなければ、ただの痴漢でもない」
そう告げるメガミの双眸は、いつの間にか俺を見据えているのだった。
この女は何が言いたいのか。それが分からない。だが、ゾフィの横顔がニヤリとするのだけは見えた。
「お前は……線路へ落下しそうな少女を庇い、自らが死ぬ事を選んだ。お前の中にある正義に、私は惹かれたんだ。……ラッシュ、お前は立派なヒーローだよ」
だから助けた、とメガミは力強く語った。焼けるような台詞と眼差しで俺を直視し、今しがたの言葉が決して贋作ではない事を証明しようとしていた。
俺は思わず感動してしまう。目頭が熱くなり、涙が零れそうになるのを必死に堪えた。
俺は捨て駒なんかじゃない、と言うのか。俺に頑張れと、奮い立たせてくれるのか。
「へへッ、まぁ、つっても、ダークヒーローだろうがな!」
ゾフィは立ち上がると、俺を肘で小突いた。きっと、彼も同意見なのだろう。どうやら俺だけが、勝手にそう思っていたようだ。
「未来を変えられるかは、分からない。変えられないかもしれない。だから、全力を尽くしてくれ。私からは以上だ」
メガミは会話を閉めた。今日は皆、よく休め、と言い残し退出する。その折に、俺の肩をポンと叩いていった。
淡白ではあるが、激励のつもりなのだろうか。それでも、どこか救われた気がした。
「気にするな。俺達は任務をちゃんと果たした。事故はその後起きたんだ。ラッシュ、お前が悪い訳じゃねぇ」
ゾフィもそう言って、俺を宥めた。
ここで立ち止まってはいけない。死んでしまった人の為にも、俺をヒーローだと言ってくれる仲間の為にも、《ルンギンナーム》の連中は絶対に許さない。
人生をリセットされ、俺は何の為に生きるのか、戦うのかを考えていた。メガミに尽くす。人々を救う。世の中を良くする。どれも何処か違うと考えていた。しかし今ならば、その答えは出る。
きっと、俺の中にも正義の心がある。例え小さな塊だったとしても、俺はその一欠けらに問いたい。……どうしたいんだ、と。
あの時、体が勝手に動いた。犯罪者の中に潜在する小さな善意だった。
誰もが子供の頃に夢見た、あのヒーローになれるのならば……、そんなチャチな願望ではない。誰かが救われるのならば、やればいい。助けたい、救いたいと思うのなら、やればいいんだ。
もし俺がダークヒーローであると言うのなら、ダークヒーローなりのやり方で借りを返させてもらうだけだ。




