Report24: 幕開け
「どうだ、ラッシュ」
「ああ、多分……三人以上」
夕方。俺とゾフィは、バンコクのスワンナプーム国際空港に先んじて到着していた。現在四階の出発ロビーに居る。
スワンナプーム空港は地上七階まである、巨大構造になっている。
四階が出発ロビーで、二階が到着ロビーだ。一階は主にバスや鉄道など、交通機関への乗り場となっている。
他、様々な施設があるのだが、割愛させてもらおう。
ゾフィはリュックを背負っているが、中にはM16が入っているらしい。
俺の装備はと言えば、自動拳銃のグロック17だけだ。外から見えないよう、今も腰に挿してある。
拳銃を使うのには慣れていないから、万が一の為だ。俺の主な役割は、周囲への警戒と補佐だからな。
『チッ、何で警察が居やがる?』
『言っただろう。今回はタイ警察と協力している』
ゾフィが愚痴を零した。
現場は空港利用者で溢れ返っていたが、中にはタイ警察も数名、巡回していた。
この一件は警察と協力体制にある、と作戦会議の時にメガミが言っていた。だとしたら、当然居るだろう。彼はワイヤレス式の通話機でメガミと会話しているのだが、警察の存在が鼻持ちならないのか、舌打ちをしていた。
俺はイヤホン越しに二人の通話内容を聞いている。
しかし、大勢の人に紛れて、妙な気配の人間が居る。
……そう、既に怪しい奴等がちらほら息を潜めているのだ。
スマホを操作しているように見せかけているが、指の動きと目の動きが一致していない者。
新聞を読んでいるようだが、出入り口をちらちら見ている者。
コーヒーを片手に時間を潰しているように見えるが、周囲を偵察している者。時折、誰かと通話しているようにも見える。
痴漢やスリ、犯罪の下見なんかでもそうだが、悪人は「意識なんて、していませんよ」というオーラを醸し出すものだ。
見ていないフリをして見ている。やっていないフリをしてやっている。それは案外バレるものだ。少なくとも、元同業者の俺にハッタリは通じない。
そんな奴等が、分かっているだけでも二人、いや三人は居るようだ。
『……もしもし、俺だ。今、四階の案内カウンターに居るんだが……何人か潜んでやがる。注意してくれ』
『了解』
把握した情報を元に、ゾフィがメガミに伝達する。
これが俺の気のせいで、あの怪しい奴等が善良な市民であってくれたら嬉しいのだが……。
『今、どこだ? そっちに合流するか?』
『いや、いい。一階、フードコート付近だ。エレーベーター前に不審な男を発見。迂回してからそっちへ行く。通話は切るな』
ふぅ、と溜め息をつくゾフィ。彼はやれやれ、といった様子で肩をすくめてみせた。
他の階にも不審者が居るとなると、偶然ではなさそうである。
手荷物検査はあるのだから、支社長家族がゲートを抜けてしまえば問題ないだろう。それに、ゲート内部にはタイ警察が配備されているらしい。もし騒動が起こるとすれば――
「パーティーが始まるとしたら、この四階だぜ。注意しとけ、ラッシュ」
ゾフィの言う通り、今俺たちが居るゲート前が最終的な戦場になるのだろう。
こんな人ごみの中、銃撃戦になるとは思えないが……。
ついこの間までウンコだ、ガネーシャだ、キ○タマだとふざけていた俺だが、こうも急に命の危険を感じる任務に就かされると、いまいち現実感というものが湧いてこない。
だが腰に装備した拳銃は本物で、今の俺はラッシュで、メガミに……そして誰かの役に立つ為に生まれ変わった。切り替えなければならない。
俺は徐々に、精神を研ぎ澄ませていった。
数分後、四階中央のエスカレーターから上がってくる、メガミとロジーの姿が見えた。女性と男の子も一緒だった。支社長の家族だろう。尚、追っ手は居ない模様。
しかし、こちらが支社長家族に気付くと同時に、数名の男達が反応を示した。先ほど新聞やスマホを眺めていた奴等だ。
『メガミ、悟られたようだ』
支社長の婦人を視認した途端、顔つきが変わり、目は殺気を宿しているようだった。そして、各々がゆっくりと動き出した。
「ゾフィ、あいつら、一斉に動き出したけど、偶然じゃないよな?」
「当たり前だ! あれは人殺しの目だぜ。行くぞ」
俺たちが居る案内カウンターからエスカレーターまで、然程離れてはいなかった。メガミとは回線を維持したまま、ゾフィに連れられ、足早に俺は歩き出す。




