Report11: ヤーバー
やがてホテルに帰館すると、エントランスで女社長が仁王立ちしていた。俺は小走りで駆け寄り、スムージーを渡す。
「遅かったわね。寄り道していたんじゃないでしょうね!?」
「ハハ……そんな、まさか」
図星だったが故、思わず、乾いた笑いが漏れた。彼女は大した礼も言わずにそれを分捕ると、ストローを刺して中身を吸い出した。
「ふぅ……アナタも早く仕事に移りなさい。客室を見たいんでしょ」
女社長は一息つくと、手で俺を遇った。こちらも長居するつもりは毛頭ない。
失礼します、と頭を下げて、俺も仕事に取り掛かることにした。
「どう、何か分かったか?」
「鍵を貰ったから、客室を一通り見て回ったんだが、分からねぇ……」
「まぁ……そう簡単に見つかる所には隠してないか」
二階に上がって、暫く廊下を進んだ先にゾフィが居た。缶コーヒーで一服している。
俺は合流すると、ゾフィと並んで、ホテルの壁にもたれかかった。
どうやら成果は得られなかったらしい。
「ああ。メガミの話じゃあ『ヤーバー』が密売されているらしいぜ」
「『ヤーバー』って?」
「元々は眠気覚ましに使われていたらしいんだが、いわゆるパーティードラッグの一種だ」
ヤーバーは二千年代当時、タイの富裕層の間で流行したらしく、かなりポピュラーなものだったらしい。
経口投与タイプや吸入タイプ、他にも注射器でも扱われる為、どういった形状をしているかは定かではないが、違法である事には違いない。聞いた話では覚醒剤を使用、所有した場合、この国でも処罰されるようだ。
俺達は暫く二手に分かれて探してみた。客室はスパが併設されているものもあるが、基本的にはベッド、テーブルだけ。あとは装飾品が少々、と瀟洒な造りになっていた。豪華絢爛なエントランスや外装の割に、内部は存外チープである。
外聞だけ気にして、立派に見せているのかもしれない。
「ケッ、全然見つからねぇ! 一旦メガミに電話して、指示を仰ぐ」
「了解」
そう言って、ゾフィは廊下に設置された自販機を蹴り飛ばした。蹴られた部分が凹んでいたが、見なかった事にした。
彼が悪態をつくのも分かる。無駄なものが無いのだ。即ち、隠せる所が少ない。
家具は全部調べたし、天井や壁を工作した形跡も無い。情報が正しかったとして、一体何処へ隠しているのか……。
「この人形は?」
「ん、そいつは『イリヤ人形』だ。バリ島の方じゃ、商売繁盛のお守りらしいぜ」
「へぇ」
偶々視界に入った置物を手に取ってみる。テーブルの上に設置されていたものだ。
他にはランプ、受話器、メモ帳ぐらいしかない。
「――隊長さんから連絡があった。ラッシュ、お前は一泊して捜査を続けろ、だとよ。既に予約はしておいたそうだ」
「え!? 俺一人だけ!?」
「喜べ、経費で落ちるそうだ……それじゃ、俺は、あのいけ好かねぇババァに挨拶して、先に帰らせてもらうぜ!」
「あ、おい!」
俺の呼びかけに対し、ゾフィは白い歯を覗かせてほくそ笑んだ。そして、スキップするように軽やかな足取りで、去って行ってしまうのだった。
取り残された俺は渋々フロントに戻り、部屋の鍵を貰う。確かに予約済みのようで、一晩、豪華な体験をするハメになったようだ。




