Report97: 光芒
『すみません、お部屋の清掃に入らせていただいてもよろしいでしょうか?』
……ホテルの清掃員か。ずっと引き篭もっているからな。
火災事件からどれだけの日数が経過しただろうか。恐らく数日ほど。一週間は経っていないって所か。
でも、一人にしてくれ。今はもう、誰とも話したくない。
『衛生上、数日に一度は掃除をさせていただいているんです』
再度、扉がノックされた。俺が「今度にしてくれ」と扉越しに告げると、従業員は無言で去っていったようだった。足跡が遠くなり、静寂が訪れる。
食事も殆ど取っていなかった。見れば四肢は枝のように細くなり、骨張っていた。鏡の前に立ってみると、血色の悪い男が写っている。髪はぐちゃぐちゃで、どろんとした眼差しでこちらを見ている。まるで魂を抜かれたかのようだ。
『すみません、お客様……』
まただ。ルームサービスか何かだろうか。もしくは苦情でも入ったか。
追い出されるのも悪くない。このまま何処かを彷徨って、朽ち果てようか。
ふらふらとした足取りで入り口へと向かった。
「あ、あの、これを渡すようにと言われまして」
「……ああ、はぁ」
ドアを開けると、若い女性の従業員が居た。彼女は俺の風貌に驚いた様子で、何やら言い淀むと手紙を渡してきた。
そして、気色の悪いものを見たかのように視線を逸らす。「失礼します」と言って扉を閉めていった。
三バーツ切手が貼られた、一般郵便だった。わざわざ客室まで届けてくれたようで、俺は封を破いて中身を確認する。
中にはフライトのチケットと、<Waiting for you in USA>と書かれた紙が入っていた。
何だこれ。
差出人は……封筒を見てみたが、書いていない。何かの間違いだろうか。
どういう事なのかは分からなかった。
いや、だが、俺に宛てた物だとしたら、一体誰が……。詐欺か悪戯か。敵の可能性もある。もしかしたら……。
何も残っていないタイに未練はない。
仲間も、居場所も……過去、日本と同じようにもう残っていない。その残滓を噛み締める事すら、今の俺には出来なかった。一切の逡巡はない。
俺はその後、チェックアウトを決める。アメリカへと飛び立つ事を決意した。
鬼が出るか蛇が出るか。はたまた、只のスカかもしれない。例えそうだったとしても、俺は一縷の望みに賭ける事にした。




