令嬢はまたお手軽な冒険に出る13
なぜだか私を『主』と認めたらしい彼の扱いは、どうすればいいのだろう。
そもそもの話、シーアはどうして私を主と認めたのかな。
大魔道士サーリヤの創造物に、目をかけてもらるような素養は私にはないと思うわ。
「シーアはどうして、私を主だと認めたの?」
「前の主が、主に契約の譲渡をしたからだ」
「――魔王が?」
百五十年前に滅びた魔王が私にシーアを譲渡? まったく意味がわからない。
私が眉間に皺を寄せていると、小さな足音を立ててホルトがやって来た。
「魔王には、未来を見通す力があったんじゃないですか?」
ホルトはそう言って少し首を傾げながら、無邪気な表情でシーアに視線を向けた。
シーアの金色の瞳とホルトの新緑の瞳の視線がぶつかり、絡み合う。
目線を先に目を逸らしたのは、シーアの方だった。
「……おそらく、そうだろう」
シーアは無表情のままでそう言った。なるほど、そういうものなのか。
私はシーアと向き合った。彼がどのような存在で、なにができるのかはわからないけれど。
それは――これから知ればいいか。
さて。シーアをどうするべきか、改めて考えよう。
シーアを王家に差し出せば多額の金銭で買ってもらえて、スタンプカードもきっと十個分くらいは埋まるのだろう。
だけど、シーアを王家に渡すのはよろしくない。
だってそんなの、ただの人身売買よ。まさに悪役令嬢の所業じゃない!
それに『王家』がシーアをどうするかわからないし。
引き渡して人体実験なんかでボロボロにされたら、悔やんでも悔やみきれない。
シーアが懐いて? くれているのだし……このまま手元に置くべきよね。
彼の意思が伴えば、だけれど。
「シーア、貴方はどうしたいの?」
「主の側に置き、主の心のままに我を使えばいい」
シーアはそう言うと、私の前に騎士のように膝を着く。そして私をじっと見つめた。
そうかぁ。私の心のままにか……そう言われてもな。
「シーアはなにができるの? それがわからなければ、使いようもないわ」
「人の街を滅ぼせと言われれば、大きな街でも一晩かからずにやれる。憎い相手がいるのなら、静かに消すこともできる。主よ、誰か消したい者はいるか?」
「そうねぇ。ヒー……」
ふだんの鬱憤に押されて、つい口から出そうになった五文字の名前をぐっと飲み込む。それは簡単な手段だけれどとてもよろしくないわ。
無血は大事よ! 平和が一番! それが最良の手段でも、殺人はやっちゃダメだ。現代人としての私の魂がそう叫んでいる!
それにしても人の街を滅ぼせたり、暗殺したりって……シーアって案外物騒ね。
「それくらい私にもぉ。ええ、できるわよ。マギーがやれって言えば、いつだってできるのに……」
キャロはシーアを見つめて呆然としたままのアベル様の手をにぎにぎしつつ、ブツブツとなにかをつぶやいている。キャロはどうしていじけてるのかしら……
「すごいなシーア君! どうやって街を滅ぼすんだ!? 詳しく聞かせたま……」
「ハミーちゃん様! ダメです! 傷は完全に塞がってないのに!」
こちらに勢いよく飛んで来ようとしたハミルトン様の首根っこをひっ捕まえて、レインが部屋の隅へと引きずって行く。いつもは暴れ馬のようなレインが、ハミルトン様に関しては御す方に回るようだ。
「そういうことを頼む予定は、今のところ無いかなぁ」
私はシーアに視線を戻すと、頬に手を当てながらそう答えた。
「……では我は、なにをすればよいのだ」
シーアはそう言うと、困ったように眉尻を下げる。
……シーアは、戦闘民族なんだなぁ。
サーリヤはなにを考えてこの子を作ったのだろう。
自分の研究や命を守るための手段……というのが一番しっくりはくるけれど。
でも私は物騒なことを頼むつもりが、本当に無いんだよなぁ。
それだと、シーアはお仕事が無くて落ち着かないのだろうか。
「じゃあ、私の従者になって?」
「お嬢様!」
私の言葉を聞いたフランは、あからさまに嫌そうな顔をする。いいじゃない、同僚が一人増えるくらい!
シーアの見た目は異端だけれど『蜥蜴の獣人』だってごまかせるわよね……たぶん。背中の羽根だけでも、どうにか引っ込まないかな。
「従者? それは、なにをする者だ」
シーアは目をぱちくりとさせた。
「そうね。いつも私と一緒に居て、笑っていてくれればいいわ。あ! お洗濯やお掃除なんかもしてもらうけど!」
「……笑う? 洗濯、掃除?」
無表情気味の彼の顔に、さざなみのように困惑が広がっていく。
どうしてそんなに驚いているのかしら。
シーアは眉間に深い皺を刻むと、『わからない』という感情を瞳に滲ませながら私を見つめた。
「マーガレット嬢、正気か!?」
今度は『正気』らしいハミルトン様が、こちらに駆けてくる。
「正気、と言うと?」
「彼はサーリヤの遺産だ。個人が手元に置くべき存在ではない。王家に任せるべきだ」
彼はオレンジ色の瞳を細めて、こちらを射抜く。
言いたいことはわかりますよ。
シーアは明らかに用途が物騒だ。下手をすれば『現代日本の兵器級』の存在なのかもしれない。そんなものを一介の公爵令嬢が王家に知らせずに手元に置くなんて、国家反逆罪に問われても仕方ないだろう。
……だけどなぁ。
ヒーニアス王子は腹黒だけれど賢い人で、そしてなにより理性的だ。
だけど陛下には傲慢で短絡的だという印象を……私は持っている。
私は謁見で何度かお会いした、いかにも王族ですという雰囲気の陛下を思い浮かべた。
シーアを……『国民のためになることに利用しよう』なんて人柄には見えないんだよな。
どちらかと言うと『せっかく手に入れた兵器を威光を保つのに利用したい』というタイプに見える。不敬なのはわかっているのだけれど。脳内でなにを考えるかは自由よね。
「他言無用をお約束してくれたから、貴方をここに連れて来たのよ。嘘をおっしゃったの?」
「いや、それとこれとは……」
「ヒューズ公爵家の嫡男として、誓いを立てましたよね?」
「しかし、彼を野放しにはだな!」
「サーリヤの研究はサーリヤのもので、王家の財産ではないでしょう!?」
「マーガレット嬢。それは無理筋だとわかって言ってるだろう!」
私とハミルトン様は至近距離で言い合い、そのまま睨み合った。
ああもう、こんなややこしいことになるなら連れて来なければよかったな!
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