令嬢はまたお手軽な冒険に出る12
私は少年に、ゆっくりと近づこうとした。
この穏やかな様子を見るに、少年には害意はないはず。そう思ったのだ。
「お嬢様!」
フランが少し強めに私の手を握る。そして眉尻をわずかに下げながらこちらを見つめた。
う、嬉しい! フランが自発的に手を握ってくれてる!! ……これは、ものすごく心配してくれてるのだろうな。
フランは思わず口元を緩ませる私を見て剣呑な表情になった後に、大げさなくらいのため息をつく。そして私の手を引きながら、少年の方へ向かった。
キャロは少年を警戒するように睨みつけている。その様子はまるで歴戦の戦士のようだ。
……キャロは趣味で武術でも嗜んでるのかな。後で訊いてみよう。
「貴方、名前は?」
「シーアだ。我が主よ」
少しの怯えが含まれる声音で訊ねると、静かな声でそう返ってくる。彼の名前は『シーア』というらしい。そして『主』なんて言われてしまった。なぜだ。
「一体、何者なんですか」
今度はフランが訊ねると、彼は不快そうに鼻を鳴らした。
「主以外に、答える義務はない」
その返事は実につれない。フランはそれを聞いて、少し鼻白んだ。
「何者なのか、訊いてもいい?」
改めて私がそう訊くと、シーアはゆっくりと頷いた後に唇を開いた。
「サーリヤに造られ、『契約』を結んだ者に仕える存在だ」
サーリヤに『造られた』者?
要はホムンクルスってことかしら。サーリヤに造られたホムンクルスなんて……正に世紀の大発見じゃない!
それにしても……『契約』とやらはいつ結ばれたんだろう。私、そんなことをした覚えがないのだけど。
「私が、一人目の契約者なの?」
「いいや、サーリヤを含めて三人目になる。一人前の契約者は『マオウ』と名乗った」
「魔王!?」
シーアから出た意外な人物に、皆はざわついた。
ここには『魔王の隠し財産』を探すつもりで来たわけだけど、彼がそうなんだろうか。
……いや、『魔力溜まり』は二つあるんだっけ? そちらが魔王の財産?
フランは『魔王』という単語を聞いてもなぜか冷静で、ため息を吐きながらホルトにちらりと視線をやる。
ホルトはと言うと……その視線を受けて怯えたように身を竦ませた。それを見たフランは、なぜか大きく舌打ちする。ど、どうして舌打ちを……
「そんなことより! 貴方はサーリヤの研究成果なのだな!?」
猛ダッシュで駆け寄ったハミルトン様が、シーアの両肩をがっしりと掴む。さすがにシーアも驚いたようで、その爬虫類の瞳を大きく見開いた。
「サーリヤの研究成果が! この体に詰まっているのか!」
シーアの頭をわしりとハミルトン様が掴む。
ハミルトン様の知識欲って……思ったよりもアグレッシブなのね。
「やめぬか、このたわけが!」
シーアは焦った声を上げながら、ハミルトン様のお顔を爪でひっかく。しかし興奮状態のハミルトン様はその痛みも気にならないようだ。ダラダラと爪痕から血を垂らしながら、シーアの体をぺたぺたと触っている。
「すごいな、これが人工物だと!? 感触は生き物そのものじゃないか! しかも明確な意思もあるようだが……どうなっているんだ。このシーアという少年は奇跡だな。君、サーリヤが生きた時代の記憶はあるのか!? さぁ、教えたまえ!」
ハミルトン様は白い頬を紅潮させ、メガネのブリッジを何度も指で上げながらシーアに言葉を浴びせかける。その顔は見る見るうちに血に塗れ、鬼のように真っ赤に染まり……正直とても怖い。
みんなは唖然としながら、そんなハミルトン様を見守るしかなかった。
私は彼のことを『知識欲が強い知的な方』と認識していたけれど、どちらかというと『マッドサイエンティスト』属性なのかもしれない。
シーアは……救いを求めるように私を見つめた。
「ハミルトン様、シーアが困っているので」
私がぐいぐいと服を強めに引っ張ると、ハミルトン様はようやく我に返ったようだった。
「えーっと、その。だな……」
彼は気まずそうに目を逸らす。その間にも血は顔を滴り、高価な衣服を汚していく。
「……顔が痛いな」
興奮から醒めてようやく痛みを自覚したようで、ハミルトン様は眉間に深い皺を寄せた。
「……レイン、ハミルトン様を光魔法で治療してくれる?」
「お任せください! お姉様!」
レインがパタパタと駆け寄り、ハミルトン様を隅っこへと引っ張っていく。そして光魔法での治癒をはじめた。
「すごいな、これが光魔法か! 授業では何度か見たが実際に自分に使われるというのは……」
「ハミーちゃん様、黙って」
「……はい」
光魔法に感激してまたしゃべり出そうとするハミルトン様を、レインは一言で黙らせた。この二人、案外いいコンビなのかもしれない。
しかし、困ったな。
瞬きもせずに、こちらを金色の瞳で見つめているシーアを私は見つめ返す。
……これって明らかに、売っぱらってお金にしていいタイプのお宝じゃないよね……?
そんなわけで新しいモブは「シーア」君です(*˘︶˘*).。.:*♡
遺跡探索はもうちょっと続きます。




