令嬢はまたお手軽な冒険に出る11
「卵が、ひひひひひ、光って!?」
あまりにも強い光に驚き、私はみっともない声を上げてしまう。
「お嬢様!」
「ひゃ!?」
フランに、焦りを含んだ強い語口調で名前を呼ばれる。
そして腕を強い力で引き寄せられたと思ったら……地面に伏せるような体勢で、私はフランに抱き込まれていた。
視線を上げると私を押し倒すようにしながら、光り続ける卵に警戒の鋭い視線を向けるフランが視界に飛び込んだ。
……しゅごい、フランに押し倒されてる。
顔が近い。フランの胸板に、私めなんぞのお胸がぎゅっと当たってる。互いの鼓動や、吐息の音まで聞こえそう。神様ありがとう! この思い出を糧に一週間くらい浮かれながら過ごすわ!
「――光が、消えた」
フランは小さくつぶやくとあっさりと私の上から退いてしまう。それが寂しくてついっと服を引っ張ると眉間に深い皺を寄せたフランから、びしりと軽めのチョップが飛んできた。解せぬ!
「あれは……なんだ」
ハミルトン様の乾いた声が部屋に響いた。みんなの様子を窺うと、卵の方向を凝視している。私もそちらに目を向け――言葉を失った。
卵は、いつの間にか真っ二つに割れていた。
そして卵があった場所に『立って』いたのは――
背中から黒い竜のような翼が生えた、少年だった。
長い黒髪が整っている部類に入る顔の半分を隠し、額からは一本の赤い角が伸びている。両手は隙間なく黒い鱗に覆われ、その指先には鋭く大きな鉤爪。片目は、ワニのような縦瞳孔の金だ。
服装はぴったりとした布地の黒ずくめで、一見して『暗殺者』という風貌ね。
――片目カクレ、モブ。
そんな言葉がうっかり脳裏をよぎる。
彼の見た目はRPGの終盤のダンジョンで出てくる、グラフィックが少し派手なタイプの敵キャラのような印象だ。そこそこ強いのだ。しかし決してボスにはなれない。いや、もしかすると中ボスくらいの役割は割り振られているのかも?
そういう『ラスボスではないな』と判断されるけれど、ある程度は強力な渋めの敵キャラが、私は風情があって好きなのだ。
……こんなことを、考えている場合ではないわね。
『彼』は何者なんだろう。明らかに『人』でないことはわかるけれど……
「獣人? 否、あんな見た目の種族はいたか? では、魔族? いや、まさか……」
ハミルトン様は早口で考察を漏らしている。そうやって思考の整理をしているのか、ただ混乱しているだけなのか。私には彼の心中を推察することは難しい。
ちなみに『獣人』というのは体に獣の特徴を持った種族で、人間よりも圧倒的に数が少なくこの国では滅多に見ることがない。
『魔族』は『魔王が力を与えた眷属』のことで、魔王の滅びとともに消失したそうだ。その見た目はさまざまだったと言われている。
その親玉たる魔王に関しては、見た目に関する記述が一切残っていないと教師は言っていた。
――伝説の『勇者』以外の、対峙した人間はすべて死んでしまったから……らしい。
『彼』は静かな視線を私に向けると、こちらに向かって歩みを進めた。その表情は爬虫類のように無表情だ。
私は緊張しながら少年の次の挙動を待ち、フランは私の前に立ち塞がる。危ないことはしないで欲しいという意思を込めてぐいぐいとフランの服を引いたけれど、フランの目は『彼』を注視しており私に関心を向けるつもりはないらしい。
ふと、空気が動いた。
気づいた時にはキャロが少年の首筋あたりにナイフを叩き込んでいるところで、私は目を大きく見開いた。キャロ、なにをしているの!?
少年はナイフを片手で軽くいなすと、キャロの腕を掴んで遠くへ軽々と放った。キャロは舌打ちをしながら空中で回転し、地面にふわりと着地する。
……キャロ、貴女運動神経が良すぎね!? ちょっと羨ましいんだけど!
私はキャロの一連の動作を見て、呆然としてしまった。
アベル様とハミルトン様も、キャロを見つめたまま愕然とした表情になっている。
フランとホルトの表情は、なぜか変わらない。……いや、ホルトはなんだか楽しそうだ。なんだろう、ホルトに感じるこの違和感は。
レインはと言うと特撮を見る少年のような、憧れに煌めく瞳でキャロを見つめている。この子はいつでもぶれないわね。
「貴方は何者なのかしらぁ? マギーに危害を加えるつもりなら、刺し違えてでも貴方を止めたいのだけれど」
キャロはそう言うとナイフを胸の前で構え直す。そんなキャロを一瞥して――少年は形のいい唇を開いた。
「落ち着け。我は『主』に危害を加える気はない」
そして凪いだ海のように静かな声で、そう告げたのだった。
お久しぶりの更新になりました。
新たなモブの出現です。




