令嬢はまたお手軽な冒険に出る9
「フランちゃんお手柄ねぇ~!」
アベル様を引きずるようにして駆け寄ってきたキャロライナが、ニコニコとしながら開いた跳ね上げ扉の先を覗き込む。私も後ろから覗いてみると、そこには地下へと繋がる階段があった。それは深く、深く。終わりが見えない長さで続いている。階段には灯りが点っていないので、暗くて先が見えずに目が錯覚を起こしているだけかもしれないけれど。
――地下鉄大江戸線六本木駅の階段みたい。
そんなどうでもいい、前世の記憶が思い出されてしまう。仕事で六本木に打ち合わせに行った時に地獄を見たなぁ。
それにしても……
「……この建物の構造って、どうなってるのかしら」
「あまり深く考えない方がいいと思いますよ、マーガレット様。これはサーリヤという人の理から逸脱した者が造った建造物なのですから」
いつの間にか私の隣にいたホルトがそんなことを言って、愛らしい顔に笑みを浮かべた。……ホルトがなんだか、難しいことを。
「……人の理?」
「本で読んだことがあるだけですが。人の理から外れてしまう者たちが、この世界には時折現れるらしいです」
ホルトは、ちらりとフランに視線を向けた。フランはその視線を受けて、なぜか苦々しい顔をする。
フランが人の理から逸脱ということ? たしかにフランは、人の理とやらから逸脱するくらいに素敵だとは思うけれど。それ以外はちょっと馬鹿力であることが判明しただけの、ふつうの人だと思うんだけどな。ああ、それにしてもいつ見ても素敵……
「ホルトは、お勉強をちゃんとしてて偉いわね」
「そ、そんなことは!」
頭を撫でるとホルトは嬉しそうに目を細める。その緑の瞳に一瞬、血のような赤が混じった。
「ホルト」
「はい?」
「ちょっと、診せてね」
ホルトの柔らかな頬を両手で包んで、じっとその目を見つめる。……うーん、いつも通りの綺麗な緑ね。妙な出血でもしたのかと思ったんだけど。
「……マーガレット様、その。見つめられると恥ずかしいです」
ホルトは褐色の肌を赤らめながら、少し下を向いた。ふぐ! 知ってたけど、ホルトは可愛い極上モブ男子だなぁ! 頬から手を外して、よしよしと頭を撫でるとサラサラとした髪が気持ちいい。出血してないならいいのよ、うん。
「隠し階段なんてあったのか。この穴は……仕掛けを解除するために君が開けたのだな?」
ハミルトン様は現れた隠し階段の存在に感心した後に、空いた穴をしげしげと見てからフランに声をかけた。フランはその問いを受けてにこりと微笑む。
……ふぁ、その笑顔、しゅき。どうして私にはいつも能面のような顔か怒り顔しか見せてくれないの!?
「……まさか手で砕いたのか?」
「私はこう見えて、騎士なので」
「騎士と言えども無理が過ぎるだろう。怪我が無いか、見せたまえ」
ハミルトン様が甲斐甲斐しい。フランの手を色々な角度で眺めたり、『きちんと曲がるか?』などと声をかけつつ怪我の確認をしている。なんというか、ハミルトン様の属性は『おかん』という感じだ。言ったら怒られそうだけど。
フランは少し申し訳なさそうな顔をしつつも、ハミルトン様の親切にされるがままになっていた。
「お姉様があんな力で殴られていたなんて……あの腹黒糸目!」
レインは髪をかき分けながら私の頭の確認をする。へこんでいないといいんだけどなぁ。毎日みたいに頭に手刀を落とされているものね。いや、へこんでたら責任を取ってお嫁さんにしてもらえば問題がないのでは!?
「へこみは無いようですね。良かった! お姉さまの頭が硬くて!」
レインはそう言うと、明るい笑みを浮かべた。
なんだ、へこんでないのね。いや、良かったんだけど。
「さて、では下に降りますか。お嬢様のお望みのものが、こちらにあるかもしれませんしね」
フランの手に異常は無かったらしい。彼は階段に歩み寄るとその深淵を覗き込む。そしてザックを漁ると、カンテラを二つ取り出した。これは合言葉で灯りが点る魔道具だ。今回は建物の探索だから持ってきたのよね。今までは建物に煌々とした灯りが点っていたから必要なかったけれど、階段は灯りもなく真っ暗だ。
「私が先頭を。ホルト、しんがりを頼みます」
「わかりました、フランさん!」
にっこりと笑ってホルトはフランからカンテラを受け取った。
通路は二人がギリギリ並んで歩けるくらいの広さだ。先頭がフラン、じゃあ隣は私が……と一緒に歩こうとしたら、なぜかとても嫌そうな顔をされた。
「どうして、そんなに嫌がる顔をするの?」
「いえ。横を歩かれると、とても邪魔だと思いまして」
フラン、酷い。まぁいつものことなんだけど。こんなことでめげていたら、フランに片想いなんてできないのだ。
ここは譲らないわよ! という想いを込めてふんすと鼻息を荒くしながら見つめると、フランは諦めたようにため息を漏らした。
結局、先頭は私とフラン。その後ろはレインとハミルトン様。さらにその後ろをキャロとアベル様が歩き、しんがりはホルトという隊列になった。
この奥に、なにがあるのかしら。
ワクワクする……だけど、少し怖いような。そんな気持ちでフランの服の裾をついっと引く。
「なんです、お嬢様」
「ちょっと怖いから。小指だけでも握っててもいい?」
フランは私をしばらく見つめて、やれやれという表情になる。恐る恐る小指を握ってみても、フランはなにも言わなかった。
お久しぶりの更新となりました。
はみーちゃんはおかんなのです(´・ω・`)
2~3万文字くらいで終わる新作『転生王子はツンな悪役令嬢に婚約破棄を告げる』も更新開始しておりますので、お気が向きましたらお読み頂けるととても喜びます。




