令嬢はまたお手軽な冒険に出る7
めずらしくイチャイチャしております…?
遺跡の廊下を、フランと並んでしんがりで歩く。フランはなんだかんだでいつも私の隣にいてくれるのだ。
通路は二人並んで歩ける程度の幅で、フランと時折肩がぶつかってしまう。そのたびにフランの温かさが伝わってきて、だらしなくへらりと顔が緩んでしまった。フランはそんな私を見て微妙な顔をするけど、それでも嬉しくて仕方ない。
過去に色々な探索者が出入りしたからだろうか。遺跡の廊下は石畳がところどころ剥がれ、瓦礫が散らばっていた。
……気をつけて歩かないとな。ガラス片も落ちてるし。
そう思いながら大きな瓦礫をよろよろしながら大股で避けたところで、手をそっと繋がれる気配がした。
繋がれた手を見て視線を上に向ける。……私の隣には当然、フランしかいない。
フランは眉間に小さく皺を寄せてどこか不機嫌そうだ。それはいつものことだからいいの、気にしないわ。そうじゃなくて、この繋がれている手はなんなの!
動揺してよろけそうになると手を強めに引かれて、私はぽすりと小さな音を立てながらフランの胸に倒れ込んでしまった。
「……フ、フラン?」
……いい匂いが、する。フランの体温が気持ちいい。彼の胸から伝わる感触が意外に逞しくて、その頼りがいのある体にぎゅっと抱きつきたくなる。
ああ、こんなの。このまま蕩けそうに……というか意識が遠のきそうよ! やばい!
「危なっかしいんですよ、歩き方が」
繋いでいない方の手が肩に置かれて、体をそっと離された。離れていく体温が惜しくて、私は思わずすがるようにフランを見つめてしまう。
その視線を受けたフランは少し気まずそうな表情をした後に、視線を外してそっぽを向いた。
「ほら、行きますよ。お嬢様はただでも歩くのが遅いんですから。皆様に置いて行かれてしまいます」
フランは素っ気なく言うと、私の手を優しい力で引いた。
態度は粗雑なくらいなのに彼の気遣いが伝わってきて、なんだか泣きそうになる。
……ねぇ、フラン。少しだけ期待してしまうの。
フランがこんなに優しいのは……私のことを好きになる可能性が、少しでもあるからなんじゃないかって。
フランを困らせているのは、わかっているの。だけど……
貴方がこうして隣にいない人生なんて、私には考えられないから。
「フラン、大好き。……貴方がいないとダメなの」
フランに聞こえないように小さく、そっと囁く。聞こえてしまえば繋いだ手を離されるかもしれないと……そう思ったから。だけど空気に混ぜるように零した言葉はフランには聞こえてしまったようで、眉を少し顰められてしまった。
そんなフランと見つめ合いながら、手を振り払われてしまうかもしれないと私は身構えた。
……けれどフランは、手を繋いだままでいてくれて。
嬉しさと恥ずかしさで頬を熱くしながら、私は再びフランに手を引かれるままに歩いた。
フランが繋いだ手を時々優しい力で繋ぎ直す。そのたびに心臓が跳ねてしまい、どうしていいのかわからなくなる。ただでも覚束ない足元はさらに覚束なくなってしまって、ふらふらしてはフランに強めに手を引かれ。そんなことを私は繰り返した。
「ねぇ、フラン」
「なんです、お嬢様」
「功績を積んで、絶対に婚約破棄をするから。私との結婚を考えてね」
「……なにを、バカなことを」
私の言葉に表情を歪めるフランが、少し苦しそうに見えたのは……気のせいだろうか。
「フランは、私のことが嫌い?」
以前も訪ねたことを、緊張しながら訊いてみる。
前は『黙れ』と言われてしまったけれど心境の変化とか、ないのかな。
フランは私のことを横目でチラリと見て……押し黙ってしまった。
「フラン?」
首を傾げながら見つめると、フランの表情はさらに苦しげなものになる。
「お嬢様は……こんなこと、虚しくはないのですか」
彼の綺麗な唇から絞り出すように零れたのは、そんな言葉だった。
フランに気持ちを向けることが虚しい? そんなことあるはずがない。
前世ではどれだけ愛していても、出会うことすらできなかった。だけど今は夢にまで見た貴方と同じ場所に生きている。
だったら私にはフランとともに生きるために、全力を尽くすという選択肢しか存在しない。
報われても……たとえ報われなくても。それが虚しいだなんてことは、絶対にあり得ないのだ。
「大好きな貴方に気持ちを伝えることや、共に生きるために努力することを。幸せに感じても、虚しくなんて感じるはずがないわ!」
きっぱりと言って強い視線をフランに向ける。すると彼の白皙が少しだけ淡い朱に染まったような気がした。
「その……努力の方法が斜め上に行ってるかも? とか。ドン引きなとこばかり見られてるかも? とか。巨乳はお嫌いですかね? とか。こんな私じゃ、す、好きになってもらうのは難しいのかな……とか。色々考えて悲しくなることはある……けど」
ああ、ダメだ。色々思い返すと、泣きそうになる。
どうして公式グッズを収集していることを上手く隠せなかったんだろう、とか。フランの好みをもっとリサーチしてから迫るべきだったんじゃないか、とか。
前世の大人の女性としての経験が、今の人生でなに一つ生きていないじゃない!
鼻の奥がつんと痛くなり、瞳に涙が滲んでしまう。
するとフランの手がそっと伸びて……その指先が、涙を拭った。
「……本当に、貴女はバカな人だ」
言っている内容はひどいし、その表情も無表情だ。
だけどフランの声音が優しい響きだったから。
……私は思わずへらりと笑った。
そんなめずらしくイチャイチャしている二人なのでした。
次回はそんなイチャイチャを背後で繰り広げられて困惑するハミルトンさんと、
いつものことだと思っているレインちゃんの閑話。
初めてのレイン視点の予定です。




