お手軽な冒険の従者の幕間2(フラン視点)
――失うものがない者、失っても後悔しない者は勝手ばかりを言う。
ディアスやアルバートの顔を思い浮かべながら、私は御者台の上で小さくため息をついた。隣からホルトの心配そうな視線が刺さるが、あえて気づかないフリをする。
ディアスからホルトに変わってからの道中はなんとも平和なものだ。私たちを気に留めるような者は、誰もいない。
私は手綱を操りながら、思考に浸った。
……お嬢様を取り巻く環境は、彼女が考えているよりも何倍も面倒なものだ。
お嬢様は『功績』を立てれば婚約破棄ができ、そして私と婚姻できると考えているようだが……。
お嬢様の思惑通り『功績』がヒーニアス王子に認められ、王子が陛下に婚約破棄を打診したとしよう。……それがすんなりと受け入れられるか、というとそれは否だ。
皮肉なことだが『功績』を立てれば立てるほどに、お嬢様の偶像の独り歩きとも言えるカリスマ性と、その市場価値は上がっていく。そんなお嬢様との婚姻を陛下がみすみす手放すはずがない。
付加価値が付けば付くほど、お嬢様は王家から逃げられなくなってしまうのだ。
万が一、婚約破棄が成立したとしても。
王子の婚約者でなくなっても、お嬢様は『エインワース公爵家』の大事な一粒種である。レイン様は養子なので、この際は横に置いておく。
功績を山ほど立てた筆頭公爵家の見目麗しい令嬢。それをエインワース公爵が、中央でなんの力も持たないハドルストーン伯爵家に嫁入りさせるか?
……答えは、これも否だ。
今より箔が付いたお嬢様であれば、国内の有力貴族どころか、大国の王族との婚姻も考えられるだろう。野心家のエインワース公爵が、それを考えないはずがない。
例えばメディア帝国の第二王子はお嬢様の三つ年下で婚約者もいないと聞く。そんな王族たちは他国にゴロゴロと転がっている。あとは推して知るべしだ。
さらに万が一、であるが。
私が――お嬢様の要望に折れて彼女を連れて逃げたとしたら。
辺境の一伯爵家は、王国との全面戦争に晒されることになる。
幸いなことにハドルストーン伯爵家は竜殺しの副産物で資金が潤沢であり、王都からは攻め込みづらい山深き辺境に位置している。
そして我々一族は……一騎当千とも言える異能の血の力と、辺境を守る王国一の軍隊を持っている。私たちに力を貸せばハドルストーン伯爵家の力を取り入れられる……そんな打算が働けば、隣国も手を貸してくれるだろう。
王国の百年以上の安穏とした時を過ごしている軍隊には、負けようはずがない。
王国との戦争には、確実に勝てるのだ。
その確信は強くある。
しかし――それは私の大切な家族や同胞に、甚大すぎる迷惑をかけるということに他ならない。当然、命を失う者もいるだろう。
そして戦争に巻き込まれて最も苦しむのは、民草だ。
色恋一つを取って、民を危険に晒し国を荒土にできるほど。
……私は愚かな貴族にはなれない。
それにハドルストーン伯爵家の面々は内政にはまったく興味がなく、その適正もないのだ。
国での権勢なんていう手に余るものを……お嬢様を得るついでにと手に入れても、なにもよいことはない。
――世の中は甘いものではない。
婚約の件に関しては、どこをどうやっても八方塞がりだ。お嬢様自身にそれを説くのは残酷すぎると……つい、強くは言えずにいるが。
――私のことなど忘れてしまえばいい。それが一番丸く収まるのだ。
そうしてくれると、私も……諦めがつく。それを、あの人は。
「大丈夫ですか? フランさん」
ホルトが私の肩に手を置きながら心配そうな顔をする。
私は思わず眉間に深い皺を刻みながら、胡乱げな目でホルトを見てしまった。
……私が今、このような暗澹とした気分になっているのはお前の『相棒』の発言のせいなのだが。と言ってもホルトにはなんの罪もないわけで、なんともやり辛いところである。
「……お嬢様のことを考えていたら、頭痛が」
「恋煩いってヤツですね……あだぁっ!」
ろくでもないことを言おうとしたホルトの頭に私は手刀を叩き込んだ。もちろん、軽くだ。
「フランさん、痛いです!」
「どいつもこいつも、無責任なんですよ」
吐き捨てるように言う私を、ホルトが訳がわからないという表情で涙目になって見つめた。
『あまりマーガレットに冷たくしていると……私が攫ってしまうかもしれないよ』
ディアスの言葉が耳に蘇る。
背負うものがなく守るものがないお前だから、気軽に攫うなどと口にできるのだ。
私は、正しい選択をしている。それだけは間違いない。
それが……自分やお嬢様の気持ちに背くものだとしても。
フランさんの葛藤徒然その2。
バカ真面目だからこそ、どうにもできないこの状況なのです。




