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お手軽な冒険の従者の幕間1(フラン視点)

 お嬢様たちを馬車に乗せ、私とホルトは御者台へと座った。

 今日の目的地は魔術師サーリヤの遺跡である。そして目的は、魔王の隠し財産とサーリヤの研究遺産をお嬢様の『功績』のために取得すること。


 ……サーリヤの研究遺産の件は、横にいる男と私しか知らないことなのだが。


 いつの間にやら『ホルト』から『魔王』の姿になって横でくつろいでいる男に、私はちらりと視線を投げた。御者台に座る絶世という言葉も生ぬるく感じる美男には、街道を通る男女からの熱い視線が投げられている。

 ――この美貌は、性別関係なく人を惹きつけるらしい。


「……どうしてその姿で堂々とくつろいでいるのですか」

「私もたまには風に当たりたいんだ。別にいいだろう?」


 魔王は妖艶に微笑みながら、絹糸のような質感の銀髪をゆるくかき上げた。その色香に当てられ、すれ違った馬車の御者が御者台から転がり落ちそうになるのを見て、私は頭を抱えた。こいつは道すがら、どれだけの犠牲を出すつもりなんだ。


「……サーリヤの遺跡には、危険はないのですね?」


 ホルトに戻る気がなさそうな魔王に、私は質問を投げることにする。

 お嬢様は粗忽な上に運動神経が壊滅的なのだ。遺跡自体が危険なものなら、車輪が壊れかけているなどなにかと理由をつけて引き返すことも考慮に入れねば。


「うん、危険はないよ。以前は隠し部屋に古代竜が配備されていたけど、それは私が倒してしまったしね。古い遺跡だから多少足元は危ないかもしれないけど、それくらいなら過保護なハドルストーンがいれば大丈夫でしょう?」


 そう言うと彼は暖かな日差しに目を細め、あくびを噛み殺すような仕草をした。その様子はまるで日向ぼっこをしている美しい猫のようだ。


「そういえば、貴方の名は? 魔王という名前ではないでしょう」


 いつまでも魔王というのも呼びにくい。私がそう訊ねると魔王は長い睫毛に縁取られた瞳を、きょとりと大きく開いた。血を凝固させたような真紅の瞳にじっと見つめられ、なんだか居心地の悪い気持ちになる。


「魔王と呼ばれる前は、『ディアス』と呼ばれていた」


 そう名乗ると、薄い唇の端を上げて彼は笑った。

 答えないだろうなと思っていた私は、その意外な返答に思わず目を瞠る。

『ディアス』……その名を私は心に刻む。ハドルストーン家に帰った時に、魔王のことを調べる際の手がかりになるだろう。


「どうせならハドルストーンより先にマーガレットに名前を教えたかったんだけどねぇ」

「ディアスはその姿をお嬢様に見せる気はないのでしょう? それでは一生、教える機会なんて訪れないじゃないですか」

「手厳しいね、ハドルストーン」


 こうやって会話を交わしていると不思議な気分になる。

 まるでコイツが……普通の人間であるかのような、そんな気持ちに。

 ……浮世離れした美貌と絶大な力とは裏腹に、ディアスが妙に人間くさいからだろう。

 ホルトと混じり合ったからこうなったのか、元からこういう存在なのか……。


「貴方がこうしている間……ホルトの人格はどうなっているのですか」


 ディアスの影響が強くなり……ホルトが消えてしまうようなことはないのだろうか。

 近頃、私はそれが不安だった。


「安心してよ、ハドルストーン。ホルトは、眠っているだけだから。私はホルトで、ホルトは私だ。交わって一つになることはあるかもしれないけれど、それはホルトや私が消えてなくなるということじゃない」


 ……ホルトの人格が一方的に消されることはなくとも、二つの人格が融合し一つになる可能性はあるわけか。

 私は眉を顰めた。それは果たして、何者が残るのだろうか。


「……さて、そろそろ私は寝ようかな」


 彼はそう言うと、美しい手で口元を押さえながら上品なあくびをした。


「ああ、そうですか。ゆっくり休んでください」


 ディアスの言葉に私は少しホッとした。

 通りすがりの者たちにじろじろ見られる道中は正直落ち着かない。ホルトになってくれるのならば、とても助かる。


「ねぇ。ハドルストーン」

「……寝るんじゃ、なかったんですか」

「あまりマーガレットに冷たくしていると……私が攫ってしまうかもしれないよ」


 言葉の真意を確かめようと私はディアスに目を向けた。すると鋭く濁った、赤い瞳と視線が絡み合った。


「私の願いはマーガレットの幸せだけだ。ハドルストーンが彼女を不幸にするようなら、その時は……容赦も遠慮もしないから」


 紅い唇が、にいっと笑みの形を刻む。

 そしてその姿はゆらりと陽炎のようにゆらめき、ホルトへと変わった。

久しぶりの連続更新でございます。

御者台ではそんなやり取りが行われていたとか、いないとか。

次回もフラン視点です。

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