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令嬢はまたお手軽な冒険に出る6

 鉄扉を開き遺跡に足を踏み入れると。そこにはまるで永遠に続くかのような長く白い廊下、そしてその奥まで連なる無数の扉があった。


「……どう見ても地図と、違うわね?」


 先ほどアベル様からもらった地図と見比べて、私は目を白黒とさせた。


「通路には目眩ましの術がかけられているんです」


 私が困った顔をしていると、アベル様が横から補足を入れてくれた。

 本来は地図通りの形をしていて、これは幻影ってこと……なのかな。

 その本来の形すらも建物の外観に収まるものではないらしいけれど。一体どうなっているのかしら。


「すごいな。こんなことは複数の術式を緻密に組み合わせないとできないぞ! サーリヤは四つの属性を操れると書物で読んで知ってはいたが……」


 ハミルトン様が感嘆の声を漏らした。

 常人が扱える魔法の属性はせいぜい一、二個。それを四つも扱えるなんて、サーリヤは本当に天才なのだ。サーリヤが使えるのは火・水・風……と闇だったはず。この目眩ましは精神に影響を及ぼすのが得意な、闇属性をメインにして練られた術式なのだろう。


「これは……どうやって探索するの?」

「えっとですね……」


 アベル様はつぶやくと地面に這いつくばり、ごそごそとなにかを探しだした。

 そんなアベル様の横にはキャロがしゃがみ込み、興味津々という様子で彼を眺めている。

 アベル様は格子状になっている床の少し溝の幅が広い部分に指を這わせると、小さな声で呪文らしきものの詠唱を始めた。

 すると廊下は一気に収縮するような動きを見せ、その景観を変えた。

 無限であるかのように長くリノリウムにも似た質感だった廊下は、長いけれどちゃんと終わりが見える無骨な石の廊下へと。その廊下には先ほどよりも常識的な間隔で木の扉がついている。


「仕掛けに魔力を流し込むと、一定時間目眩ましが解除されるんです。一部の来客のための仕掛けですね」


 アベル様はほっとした表情で私に微笑みかけた。


「すごいわね!」


 私はこの脅威の光景に思わず感嘆の声を漏らした。皆も驚きを表情に滲ませたり、キョロキョロと周囲を見回したり……それぞれの反応を示している。

『一部』の来客というのはサーリヤが渋々応対しなければならなかった客……王族や高位貴族のことだろう。他の来客はこの仕掛けで追い返していたのね。


 ――ああ、ファンタジーだわ!


 授業くらいでしか魔法を使わず(家電にも魔法は使われているけれど)、

 噂は聞いていてもモンスターやドラゴンに遭遇することもない。

 騎士は身近にいるけれど、戦うところを実際に見るわけでもなく……


 前世と比べて技術的に古い時代というだけで、ここはファンタジーな世界なんだという感覚が微妙に薄かったのだけれど。ここに来て、急激にファンタジーを体感しているような気がする!


「すごいわ、ファンタジーね!」

「……お嬢様が言うファンタジーがなにかはわかりませんが。鬱陶しいので落ち着いてください」


 嬉しくてぴょんぴょんと跳ねていると、フランに背後から軽く手刀を入れられてしまった。……痛い。ハミルトン様も嬉しそうに壁を撫でたりしてはしゃいでるのに、なんで私だけ!


「では、ひとまずホルトが目星を付けた場所に行きますか」


 フランが綺麗な形の手を顎に当て、なぜか少し不快そうな表情で言う。

 彼が持っている地図には二箇所。ホルトが当たりを付けた場所に印が入っていた。

 ……当たりを付けたといっても、勘、らしいのだけど。

 ホルトがなぜそこを選んだかは不思議だ。でも闇雲に探しても仕方がないし、フランが反対しないということはその選択で間違っていないのだろう。


「なぜ、その二箇所なんだ?」


 ハミルトン様がフランの地図を覗き込んで不思議そうな顔をする。

 ……まぁ、そう思うわよね。


「人造のものであれ、自然の中に存在するものであれ。魔力というものには一定の流れがあります」


 ホルトが質問を受けて口を開いた。その雰囲気は……いつもよりもなぜか、大人びて見える。


「地図を見たところ通路の各所を狭めて、意図的に二箇所の部屋に魔力を滞留させているように見えたんです。しかし確証までは持てないので、勘だと言いました」

「……なるほど。たしかにこの通路の造りだと、この二部屋は魔力溜まりになるな。その溜まった魔力を使ってなにかを隠蔽している可能性は高い……か」


 ホルトは意外に頭がいいなぁ。そういえば高水準の教育を受けていた形跡があるって、彼の学力を確認したうちの執事が言ってたっけ。

 ……それにしても私、お話しについて行けないのだけど。レインも横で退屈そうにあくびをしている。

 アベル様はふむふむと頷いていて、キャロはそんなアベル様の腕に自身の腕を絡めていた。

 私の愛しのフランはというと……


 ――ホルトを、射抜くような視線で見つめていた。


 フラン、最近ホルトをよく睨んでないかしら!? 一体どうしたのよ。

 クイクイ、と服の裾を引っ張ると微妙な表情のフランがこちらに目を向ける。

 細いお目々が今日もとっても素敵ですね! 大好きよ!

 大好きの気持ちを込めてにこりと微笑んで見せると、苦虫を噛み潰したような顔をされた。解せぬ。


「フラン」

「なんですか、お嬢様」


 声をかけるとフランはさらに嫌そうな顔をしてから、私の手を軽く払った。

 うう、美少女のお手々を振り払うなんて、相変わらず罰当たりな人!

 でもそこも好きです、結婚してください。私をマーガレット・ハドルストーンにして!


「様子が、少し変だから。大丈夫?」


 こてん、と首を傾げながら訊ねると、フランの眉間に深い皺が寄る。それを解そうと手を伸ばすと、フランはめずらしくそれを振り払わずに心底嫌そうな顔をするだけだった。私は内心の興奮を隠しながら、そっと震える指先で彼の眉間の皺を伸ばす。

 ……わぁ。フランのお肌ってすべすべだ。

 きめが細かくて綺麗だなっていつも思ってたのよね。もっと触れていたいけれど、フランの表情がどんどん険しくなってるからそろそろ止めておこうかな。皺が伸びるどころかさらに深くなりそうだ。うう、五年くらいこの指先を洗いたくないわ……


「私の様子がどうであろうと、お嬢様には関係ないことです」

「フランの人生に関わることで、私に関係ないことなんてなに一つないんですけど! あだっ!」


 そう言って頬を膨らませる私の額に、フランの軽い手刀が飛んでくる。

 フランは私の頭をポンポン叩きすぎだと思うんだけど!


「好きな人の様子がおかしいのを、心配しちゃダメなの?」

「……なにをバカなことを」


 じっと見つめながら言うと、吐き捨てるように言われて目を逸らされてしまった。

 ……だけどその表情は、少しだけ柔らかくなったような。そんな気がした。

サーリヤは研究成果を隠すために二箇所の『魔力溜まり部屋』を作っていました。

その使われていなかった一部屋に魔王さんはなにかを隠したらしいです。

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