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令嬢はまたお手軽な冒険に出る5

 馬車に揺られていると、先日行ったゾーリン山が見えてくる。

 婚約破棄への道のりの、最初の一助になってくれたこの山に感謝の気持ちが湧き、私は心の中で手を合わせた。そんなゾーリン山を通り過ぎてしばらく走った後に、馬車はその動きを停めた。


「着いたのかしら」


 私が小さくつぶやいたのと同時に、馬車の扉が開く。そしてホルトがにこりとしながら遺跡への到着を告げた。


「そうか、着いたか!」

「あっ、ハミルトン様! お待ちください!」


 わくわくとした様子を隠せずに一番に馬車から降りようとしたハミルトン様をホルトが呼び止めた。そんなホルトにハミルトン様は一瞬怪訝な顔をする。我が家では日常の光景となっているけれど、従僕から声をかけるのは通常なら無礼なことなのだ。

 ハミルトン様は怪訝な顔をすぐに引っ込めて、『なんだ?』と首を傾げながら返事をした。


「遺跡は形は保っているとはいえ、中はそれなりに荒らされていると聞きます。釘などを踏み抜いて破傷風になったら大変ですので、俺の予備ですけどよければこれを……」


 そう言ってホルトがザックから出したのは靴底に薄い鉄板が入った安全靴だ。それは見るからに新品で、おそらく誰かの装備が足りない時に渡そうと用意していたのだろう。ホルトは気が利く従者なのだ。


「いいのか? 革靴ではたしかに心もとないと思っていたのでな。感謝する」


 ハミルトン様は微笑むと礼を言ってから、素直にホルトから靴を受け取った。気位の高い人なら『従僕ごときが』なんて口にしそうなものだけれど。ふだんから裏表がない人だとは思っていたけれど、ハミルトン様には無駄な気位の高さもないらしい。育ちがいい、というのはこういう人のことを言うのかな。……あとは怒りっぽくさえなければなぁ。

 裏表ばかりで、一見柔和だけれど気位が高そうなヒーニアス王子にも見習って欲しい……というのは言い過ぎだろうか。私、婚約者(仮)だけどそんなに彼のことを知らないものね。

 ハミルトン様がホルトに手伝ってもらいながら靴を履き替えているのを横目に、私は馬車から降りる。そして目の前に聳える遺跡を眺めた。


 ――前世の病院みたいね。


 私が思ったことはまずそれだった。それは緑豊かな平原の中に、異質として佇んでいた。

 真っ白な、この国の技術水準ではありえない継ぎ目のない滑らかな壁に覆われた四角の建物。それは大きなホールケーキの箱を思わせるものだ。窓は一切存在せず、正面に冷たさを感じさせる鉄の扉だけが存在している。

 一見すると小さなお屋敷程度の大きさに見えるけれど……事前に読んだ書物には、この外観には収まりきれないたくさんの部屋が存在していると書かれていた。

 ……オーバーテクノロジーにもほどがある。


「すごいな……」


 いつの間にか隣に立っていたハミルトン様が、感嘆の声を漏らした。


「ええ、本当に。今の技術水準でもあり得ない建造物を三百年も昔に建ててしまうなんて。サーリヤはどれだけの天才だったんでしょうね」

「サーリヤが弟子を残さなかったのが、本当に悔やまれる。彼の研究成果は残ってはいたものの、読んだだけでは理解できないものがとても多いと聞くからな」


 そうね、弟子がいれば口伝で伝わるものも色々あったのだろう。けれど彼は孤独な天才だったのだ。だから今でも、サーリヤの技術を研究する機関というものが存在する。


「――私も、サーリヤの研究に携わることができるといいのだが」


 ハミルトン様はそう言いながら、知識欲に瞳を煌めかせた。


「ハミーちゃん様は宰相さんになるんじゃないんですか?」


 会話にひょこりと割って入ったレインが、ハミルトン様を見上げながら首を傾げた。ハミルトン様のヒューズ公爵家は代々宰相を務める家系である。そうでなくても公爵家の長男が研究者に……というのは難しそうな話だと私も思った。

 レインの言葉を聞いてハミルトン様は少し苦しそうな顔をした。


「……ごめんなさい」


 彼の苦しそうな顔からなにかを察し、レインが眉を下げてすぐさま謝罪をする。空気を読めない妹にしてはめずらしいことだ。大人になったのね、レイン。

 するとハミルトン様は首を横に振った。


「いや、バカなことを言った私が悪い。レイン嬢が謝ることではない」


 そして綺麗な形の唇を少し歪めて、寂しげな笑みを浮かべた。

 ハミルトン様のことは、ゲーム中の『優秀な宰相の息子』というイメージで今まで見ていたけれど……。

 ……私にも夢があるように、ハミルトン様にも夢があるんだ。

 現実にいる人々というのは、当たり前だけれど色々な苦悩を抱えているものなのね。


「……困りましたね」


 しんみりと感慨に浸っているとフランの小さなつぶやきが聞こえた。

 大平原の真ん中に建物が立っているので、馬を繋ぎ留めるような場所がなくて彼は困っているようだった。

 馬たちは放していても戻ってくるように躾けてはあるだろうけど……万が一を考えると繋いでおきたいわね。うう、徒歩で帰るのは嫌だなぁ。馬車で片道一時間弱だし、帰れない距離ではないのだけれど。令嬢の足では辛い道のりすぎるわ。


「……留める場所が、あればいいのか?」


 ハミルトン様はフランの様子に気づいたようで、彼に近づいた。フランがうなずくのを見ると、ハミルトン様は地面に手を当てる。するとみるみるうちに地面が隆起し、土で出来た木の幹のようなものが形成された。


「丸一日ほどであれば形状を保てるはずだ。そこに繋ぐといい」


 手に付いた土を払いながらハミルトン様はあっさりと言う。

 ……詠唱もなしにこんな持続性の高い魔法を使うなんて。

 さすが秀才キャラだ。私もバカではないはずなのだけど、魔法に関してはかなり成績が悪い。元々この世界の人間じゃないからなのかな、なぜか制御が上手くいかないの。


「……お嬢様と違ってハミルトン様は優秀ですね」


 ……フラン、聞こえてますからね。


「えーっと、地図は一応頭にすべて入れておりますが。万が一はぐれたりがあるかもしれませんし、地図の写しをお渡ししますね」


 そう言ってアベル様が地図を配って回る。手書きで写しているものなのに、それは本に記載されていた地図と寸分違わなかった。

 アベル様は冒険者になっても、優秀なマッパーとして身を立てられるんじゃないだろうか。彼はすべてを忘れず、正確に出力ができるんだから。


「みんな、すごいなぁ」


 私は小さく息を吐く。

『光の乙女』であるレイン。飛び抜けて学業優秀なハミルトン様。前回の山登りで脅威の運動神経があることが判明したキャロライナ。唯一無二の記憶力を持つアベル様。

 ふだんは意識していないけれど、フランも公爵家令嬢の身を任せられるくらいに『できる』人間だ。


「……平凡なのは、私とホルトくらいかしら」


 私の言葉を聞いたホルトが、愛らしい表情で首を傾げる。

 私はぐりぐりとその銀色の頭を撫で回した。ああー癒やされる!

 うう、ホルトももしかして隠れた特技なんてものがあるのかな。そうなると平凡なのは私だけじゃない!

 平凡であることは別にかまわないの。だけど……。


「……皆に置いて行かれるのは、少し寂しいわね」

「マーガレット様? よくわかりませんけど、俺はマーガレット様を置いて行きませんよ?」

「ホルトぉ!」


 思わずホルトにぎゅっと抱きつく私に、フランがなにか言いたげな視線を投げたけれど。目を合わせると、その視線はすぐに逸らされてしまった。

隣にいるその子は一番非凡かもしれないというアレコレ。

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