令嬢はまたお手軽な冒険に出る4
「あら~今日はハミーちゃんも来るの?」
待ち合わせにたっぷり十五分ほど遅れてきたキャロライナは、ハミルトン様の顔を見るなりそう言った。
……キャロはすぐに人をあだ名で呼びたがる。それが公爵家のご令息であってもだ。
最初は『ハミルトン様』とちゃんと普通に呼んでいたのに、学園生活で距離が縮まるに従って呼び名は『ハミーちゃん』へと移行していった。
「ハミーちゃんと呼ぶなといつも言ってるだろう、キャロライナ嬢!」
「あらあら。ハミーちゃんは相変わらず短気ねぇ。ハミルトン様って長くて呼びにくいじゃない? それにハミーって可愛いわよねぇ? レインちゃん」
キャロはこてんと首を傾げながら、同じく十五分の遅刻で現れたレインに同意を求めた。二人の遅刻の原因は寝坊である。貴女たち、社会の基本は十分前行動よ。
ちなみにアベル様は五分前に到着し、私が先に着いているのを見ると平謝りを始めたので地面から剥がすのが大変だった。アベル様はいつも恐縮しすぎなのだ。
「私もハミーちゃん様の方が可愛いと思います!」
レインは両の拳を握りしめ、鼻息荒くそう言った。キャロとレインはハミルトン様に本当に気安い。仲がいいのは、いいことだけれど。
「み、皆様! 相手は公爵家のご令息ですよぉ!」
「アベル様、落ち着いてください!」
アベル様は顔を真っ青にして今にも倒れそうな勢いだ。そして心配そうなホルトに背中を撫でられている。
……こういう時に割を食うのは、常識人なのだ。
ハミルトン様は私たちのそんな様子を眺め、こめかみに指を当てた後に大きなため息をついた。
「あ、愛称で呼びたいと言うなら。か、勝手にしたまえ!」
そして大声で言うと、ぷいっと勢いよく横を向いてしまった。お、怒ったのかな……
「ホ、ホルトはフランと一緒に御者台に乗ってくれる?」
話題を変えようと、私はホルトとフランに話かけた。
レンタルした馬車は六人乗りだけれど、荷物も含めると五人も乗れば中はパンパンになってしまう。御者台には並んで二人で座れるようになっているし、二人にはそちらに座ってもらおう。
「わかりました、マーガレット様!」
ホルトはにこりと愛らしく笑って了承してくれる。フランも無表情でその隣で小さくうなずいた。
「すまないな。急に私が行きたいと言ってしまったから、色々と手はずが変わってしまったのでは?」
するとハミルトン様は眉根を下げて申し訳ないという表情になった。この人は怒りっぽいけれど、根はいい人なんだよなぁ。クラスでも面倒見がいいし。ここが現代日本であればきっと『委員長』というあだ名がついていただろう。
「一人増えたくらいじゃそんなに変わりませんよ。それよりも行きましょう?」
私の言葉を合図に、皆は馬車に乗り込んだ。座席の後ろにある荷物入れに皆のナップザックを押し込み、それでも入らなかった荷物を一人分の座席に乗せる。なんだかんだと日帰りでも荷物は多くなってしまうものだ。ここまで人数が多いとなおさらね。
アベル様は馬車に乗るなりキャロに捕らえられ、キャロのお膝の上に強制的に寝かされていた。強制膝枕なんて初めて見たわ。
彼は子ウサギのように震えながら、救いを求めるようにこちらを涙目で見ているけれど。ごめんなさい、私には助けられない。なんだかキャロの圧が強いんだもの!
そんな二人の様子を見て、ハミルトン様は目を丸くした。
「キャロライナ嬢。それは?」
「ふふふ。ハミーちゃんいいでしょう? 私の可愛いアベルちゃんよ~」
ハミルトン様に訊ねられ、キャロライナは得意げに小さな胸を張った。
「いや、彼が隣のクラスのアベル君なのはわかっている」
「ひえ! ハミルトン様が僕なんかをご存知なのですか!?」
ハミルトン様の言葉にアベル様はびくりと身を竦ませる。
私も、その言葉が意外だと思った。アベル様は男爵家のご子息、ハミルトン様は公爵家のご子息と身分が違う。学園では基本的には近い身分の者同士で交流をするから、お二人は接点がなさそうなのに。
「教師から人間離れした記憶力の持ち主だと聞いていたので、興味があったからな。それよりも私が言いたいのはその体勢の……」
「あああ。みっともないところをお見せして申し訳ありません、ハミルトン様ぁ!」
アベル様は謝罪をすると慌てて起き上がろうとした……らしい。けれどその努力は実らなかった。がっちりとキャロに頭を押さえ込まれ、膝に固定されたまま体がビクともしないようなのだ。
「むぅ~!」
「ほら、アベルちゃん。暴れない、暴れない」
キャロライナは優しく囁きながらアベル様の頭を固定し続ける。やがてアベル様は諦めたようにぱたりと抵抗を止めて、遠い目をした。
キャロ、貴女どんな馬鹿力をしてるのよ……
「まぁ、事情はよくわかった」
ハミルトン様はアベル様を哀れみを含んだ目で見つめた後に、小さく咳払いをした。
「お二人はラブラブなんですよ、ハミーちゃん様」
レインは能天気な口調で言いながら、いつの間にやら手にしていた林檎をスカートで軽く拭いて豪快にかぶりついた。そしてもぐもぐと口を動かしながら、私の肩にもたれかかる。
そんなレインに胡乱げな視線を向けた後に、ハミルトン様はため息をついた。
「君たちといると、なんだか頭が痛くなるな。その、貴族の常識とはかけ離れすぎていて……」
「申し訳ありません」
私は苦笑いをしながらハミルトン様に謝罪をした。この馬車の中の状況は、ハミルトン様じゃなくても貴族なら眉を顰めるものだと思う。
「だけど、気楽で悪くない……」
小さく漏れた、彼のつぶやき。
私は思わず目を丸くして、ハミルトン様を見つめてしまう。
「……なんだ」
私の視線に気づいたハミルトン様はぶっきらぼうに言うけれど。
その白い頬は、真っ赤に染まっていた。
今まで出番が少なかったので、ハミーちゃんをゴリゴリ掘り下げなのです❤(ӦvӦ。)




