閑話2・マーガレットさんのとある日
ぷらいべったーにアップしていた短編です。
夏の暑い日の話。
本編とは無関係なので読み飛ばしても大丈夫です(ノ´∀`*)
ノックの音がしたと思ったやいなや、メイドがするりと私の部屋に身を滑り込ませた。
「お嬢様、よきものが手に入りました」
メイドはキラキラとその顔を輝かせる。彼女がこういう顔をするのは、高品質の『公式グッズ』が手に入った時だ。私の期待も否が応にでも膨らんでしまう。
「見せて、早く」
思わず身を乗り出す私に、メイドは少し勿体ぶるような動作でいくつかのグッズを籠から取り出した。
「こちらが使用済みのバスタオル、こちらが使用済みのカトラリー、そして……これは水着でございますね」
「水着! フランの?」
水着といってもブーメランパンツのようなものではなく、膝くらいまでのハーフパンツのようなものである。しっとりとして見えるそれに、私の目は奪われた。
「ええ、今日は暑うございましたからね。フランも暑さに耐えかねて、ホルトと使用人寮の裏庭で水浴びをしていたのですよ。その後、油断しているところを拝借しました」
「でも。そんな……よくないわ。だってそれって下着と変わらな……」
「お嬢様。こちらはあくまで水着でございます。下着ではございませんのよ!」
メイドはそう言うとにっこりと眩しい笑みを浮かべた。
そっか、水着だもんね。下着じゃないから人間としてまだアウトじゃないわよね。
私は恐る恐る手を伸ばすと、その布地に触れた。布地は思ったとおりしっとりと水気で湿っている。
フランの体を包んでいた尊い水着……! 触れているだけで鼻血が吹き出しそう。
「……ああ、フランが着ていたものなのね」
私は感動に震える声で呟いた。
「ちなみに記録映像もございます、お嬢様」
「き、記録映像まで!」
映像記録用の魔道具は近頃王都のみで発売が開始されたものだ。かなりの値段がしたはずだけれど、彼女はそれを購入しても今後の取り引きで元が取れると判断したのだろう。その通りよ、フランのお宝映像なんていくらでも買い取るもの。
メイドはそっと前世でいう映写機のフィルムのようなものを取り出した。ああ、これにフランの水着姿が記録されているのね……!
でも、これって……
「……大丈夫かな、人間としてセーフかな」
「アウトでございますよ、お嬢様」
ここに居てはならないその人の声に、私とメイドはびくりと体を震わせた。
「逃げて!」
「ハッ!」
私が声を上げるとメイドは公式グッズを抱えて窓を突き破り、そのまま躊躇なく飛び降りる。……ちなみにここは四階だ。彼女が私の部屋の窓から飛び降りて逃げるのは、通算十二回目。実に手慣れたものである。
「……お嬢様」
わしり、と頭が掴まれ、万力のような力で締め付けられた。痛い、頭蓋骨が割れちゃう!
こわごわと見たフランの顔は、般若のような怒りに満ちたお顔だ。正直、めちゃくちゃ怖い。
「水着が消えたので来てみれば、案の定というか……」
「え、えへぇ」
「お嬢様。前から言おうと思っていたのですが、これは犯罪なのでは?」
「……筆頭公爵家の令嬢を、法で裁けるのかしら」
私の言葉にフランは細い目をカッと開いた。いや、でも実際裁けないからこそ、私いろいろな死に様をゲームでするハメになったのだし!
「フ、フラン。水浴びをしてたんですって?」
私は話題を逸らそうとして……そんなに逸らすことができなかった。だって、フランの水浴びなんて気になってしまう、どうしても!
「お嬢様には関係のないことかと思いますが」
……うう、にべもない。ホルトはフランと一緒に水浴びしたのよね。ずるいなぁ。
「……ホルトはずるいなぁ。私もフランと、水浴びしたいなぁ……」
私の呟きを聞いて、フランの顔がより一層怖くなる。
「ヒーニアス王子とのお約束を取り付けておきますので。婚約者同士で存分に楽しまれては?」
「やだぁ! なんで王子と! フランとがいい! あのね、水着もちゃんと持ってるのよ?」
「いつの間に、水着など……」
「フランにいつか見せようと思って買って……あだっ!」
なぜか脳天にチョップを落とされた。解せないわ!
「すっごい可愛いから! ちょっと見てみてよ!」
私はウォークインクローゼットに走ると、中で水着に着替えて戻ってくる。身に着けているのは前世のデザインに近い、白のビキニの水着だ。別の国でこういうデザインが流行っていると聞いて、デザインに懐かしさを感じて取り寄せてもらったんだよね。
結構似合ってると思うんだ、うん。前世の私は貧乳だったけれど、マーガレットは巨乳でスタイルもいいし。
私の水着姿を目にしたフランは、呆気に取られた顔をした。
「……お嬢様、それは水着ではなく下着の間違いでは」
「ううん。水着よ? 国外のとある国ではこういうものが流行ってるって聞いて、取り寄せたの。似合う?」
私がどんな格好をしていても、フランは反応しない。それはわかっているけれど、一応聞いてみる。可愛いって言ってくれないかなぁ……
「着替えろ、今すぐに」
フランは眉間に皺を寄せ不快そうに顔を歪めた。
……そんな反応かなって薄々思ってはいたけれど。実際されるとそれなりに傷つくなぁ。
「フランは、こういうの嫌い?」
じっと上目遣いで見上げるとフランの頬に朱が差した気がした。しかし表情は不快そうなままだ。……これは、どういう気持ちからくるお顔なんだろう。
「下品です」
フランは目の辺りを片手で覆うと盛大なため息をついた。
下品……。好き嫌いや、似合う似合わない以前のその言葉に少し愕然としてしまう。
……まぁ、この国の価値観的には露出は多すぎるんでしょうけど。そっか、下品か。
「……着替えてくる……」
しょんぼりしながらウォークインクローゼットに戻る私の背中に、フランの大きなため息が被せられた。
***
「……なんだ、あれは……」
お嬢様がウォークインクローゼットに消えた瞬間。私はへなへなと床に座り込んだ。
白い、下着よりも面積が少ない布地。その頼りないものに包まれたお嬢様の柔らかな肢体。それが頭の中をぐるぐるとする。
……あれが、水着だと? あんな卑猥なものが。
「可愛らしいじゃないか。君の気を引きたいのだろう」
気がつくと、隣には実に楽しそうな魔王が立っている。私はそれをギロリと睨めつけた。
「我らの主人は、年齢の割には体の発育がすごいね」
「黙れ」
「私もああいうものを着て誘惑されたいね。奪って、逃げて。幸せに暮らしました、となるように頑張るのに」
「黙れ、と言っているだろう」
私は魔王の足元を狙ってナイフを投げつける。ヤツはそれを軽々と躱し、その絶世を凌駕する美貌で楽しそうに笑った。
……奪って、逃げて。それができるのならこんな苦労はしていないのだ。
そんな夏の日の閑話でした。
暑さが残っている今のうちに急いでアップした次第…!




