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令嬢はまたお手軽な冒険に出る2

途中から視点が切り替わります。

 遺跡に関する本を数冊図書館で借りて、私は寮の部屋でそれを読んでいた。

 探索に行く前に予備知識を得ておきたかったのだ。


 ――私たちが行く遺跡は大魔道士サーリヤの遺跡、と呼ばれているらしい。


 今から三百年前。

 大魔道士サーリヤという膨大な魔力を持つ希代の天才がいた。しかし彼はその力を誰かのために使う、というタイプではなく、自分の興味のある研究のみに費やしたらしい。

 しかし彼を、国が放っておくはずがない。サーリヤは国からのたびたびの仕官要請を疎んじて、堅牢な研究施設を作ってそこに引きこもり……

 その生涯が終わるまで、研究施設の扉が開くことはなかったという。


 ……ご飯の買い物とかあるだろうし、これは大げさに言ってるんだろうけど。

 こういう言い方をした方が伝説としてなんとなくかっこいいものね。

 歴史書の内容が筆者の感性により脚色されることは、よくあることだ。


 サーリヤの死後、研究施設の扉を開いた人々は驚いた。

 魔法で継ぎ目なく組み立てられた四角い箱のような外観の、その研究施設の中には。まるで巨大な迷路のように無数の部屋が存在したから。


 サーリヤの研究成果を独占しようと数々の人々が研究施設に立ち入り、そして荒らされ。研究施設は今では誰も訪れない廃墟となってしまった。

 サーリヤの莫大な魔力で作られたそれは、今でもその姿を保ったまま存在しているらしい。

 そこに……魔王の隠し財産があるという噂だ、とホルトは言うのだ。


 遺跡は先日行ったゾーリン山より、二キロ程度離れたところにある。誰も訪れず、莫大な魔力により形を保ったままの建造物……なにかを隠すには、たしかにとても都合がいい。


 私はぱたりと本を閉じ、ふっと一息ついた。


 ……中で迷わなきゃいいんだけどなぁ。

 踏破がされている遺跡だから地図も本に載っているし、大丈夫だとは思うのだけど。

 変な人が住み着いていたりも、少し心配だ。


「ね、フラン」


 私は遺跡に関する本の、地図のページを広げながらフランに声をかけた。

 するとフランは少し小首を傾げた後に、こちらへとやってる。


「なんです、お嬢様。しょうもない用事でしたら怒りますよ。具体的には頭に手刀を叩き込みます」

「真っ当な用事よ!」


 フランは概ねいつも失礼だ。そしてすぐに手が出る。……私が悪い部分も、たくさんありますけどね。

 呼び寄せて、口づけをしようとしたり、手を握ろうとしたり。思い返すと私に前科がたくさんあるのだ。


 ……まるでセクハラオヤジみたいね。少し反省しよう。


「この遺跡はもう踏破済みでしょう? 隠し財産があるとすれば、隠し通路とか。そういうのを見つけなきゃならないわけじゃない」

「そうですね、お嬢様」


 フランはそう言いながら、本に顔を近づける。さらりと綺麗な黒髪が揺れ、ふわりといい香りを残しながら、私の頬に一瞬だけ触れて離れていく。

 その接触だけで顔が熱くなり、心臓はバクバクと大きな音を立てた。フランの存在はどうして、こんなに私の心をかき立てるのだろう。

 私は曲りなりにも公爵家令嬢だ。この世界に生まれ、社交などでさまざまな男性にも出会った。


 ……だけどフラン相手にしか、こんな気持ちにはならないのだ。


「……お嬢様?」


 深海の色の瞳が、こちらを見つめる。彼は怪訝そうな表情で首を傾げた。


「……好き、フラン」

「それが用事でしたら、怒りますけど」


 思わず小さくつぶやきを漏らした私の頭を、フランは手刀で軽く叩いた。

 ……やっぱりフランは手がすぐ出る。加減はとってもされてますが。


「えっとね。遺跡を一日でくまなく見るわけにもいかないでしょう? 隠し通路とか、隠し扉とか。そういうのがありそうな部屋に当たりを付けられないかなーって」

「ふむ。なかなか難しいことをおっしゃいますね。私は冒険者の類ではないのですよ」


 そう言いながらもフランは地図をじっと眺める。なんだかんだで、フランは優しいのだ。


「俺にも、見せてもらっていいですか?」


 ホルトが、ひょこりと横から顔を出す。こういう話をしている時に、彼が自主的に会話に加わってくるのは珍しい。自分が言い出した話だし、責任を感じているのだろうか。


 ホルトはじっと地図を見て……


「ここが怪しいと思います。勘ですけど」


 と。

 とある二箇所を指し示した。



 ☆★☆



 お嬢様の部屋から退室し、使用人寮の私の部屋にホルトを連れて行く。ガチャガチャと音を立てながら、八つに増やした鍵を外し彼を部屋に入れると……

 ホルトの姿が、ぐにゃりと揺らいで魔王に変じた。銀糸の髪がキラキラと輝きながら靡き、濁った赤の瞳がじっと私を見つめる。魔王はその美貌に、おっとりとした笑みを浮かべた。


「私に質問があるから、ここに連れて来たんだよね?」

「……あの遺跡になにを隠したんですか? 二箇所、場所を示したのはなぜです」


 私の問いを聞いて魔王はその美しい手を、これまた美しい唇に当てながら、くすくすと笑った。


「なにを隠したかは、なーいしょ。楽しみは取っておきたいでしょう? とってもとっても、いいものだよ。二箇所場所を示したのは、一個は私のものじゃなくて、研究施設の持ち主のサーリヤの持ち物だから。以前、訪れた時に偶然見つけたんだ」

「大魔道士が……」


 そんなものが、あったとは。


「マーガレットは私の財宝を手に入れ、誰も見つけていないサーリヤの研究成果も手に入れるんだ。財産と功績が一気に手に入って素敵だね」


 魔王はそう言うと、心の底から嬉しそうに微笑んだ。


「貴様は本当に……お嬢様を害する気はないのか」

「疑り深いね、ハドルストーン。私はマーガレットを愛している。傷つけるわけがないだろう。そしてね、愛するマーガレットが君と婚姻したいのなら……いくらでもその手伝いをするよ」


 ……魔王に積極的に手伝われたら、あの『スタンプカード』が埋まることも現実的な話になってしまう。

 そんな状況への心構えなんて、私にはできていない。

 いや、万が一王子と婚約破棄ができたとしても、お嬢様は筆頭公爵家のご令嬢なのだ。

 今までと同じで、その気持ちに応えられないことには……変わりはない。


「いい加減覚悟を決めたらいいのにね、臆病者のハドルストーン」


 楽しそうに笑う魔王の顔面に向けてナイフを投擲するとそれはあっさり避けられて。私の部屋の壁へと勢いよく刺さった。

遺跡に眠るあれこれと、だんだん魔王の存在に慣れてきたフランさん。

※追記

第4回アイリスNEOファンタジー大賞で『悪役令嬢はモブ従者を振り向かせたい』が

銀賞を頂きました!皆様の日頃のご支援のおかげです、ありがとうございます。

一応、しょ、しょせきか予定となっております…!

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