令嬢はまたお手軽な冒険に出る1
久しぶりの更新でございます。
「そんなわけで、次は遺跡に魔王の隠し財宝を探しに行こうと思うのですが! 一緒に行く人!」
図書館でいつものメンツと待ち合わせ、ホルトから提供された情報を私は話した。そして魔王の隠し財宝があるという噂の遺跡への、同行者を募ってみたのだけれど……
「当然、行きますお姉様!」
「ぜ、ぜひ! ぜひ行かせてください!」
「美味しいものは、あるかしら~?」
皆は異口同音に返事をすると一斉に手を上げた。なんとも軽やかに全員参加だ。ノリがいいって素晴らしい!
……だけどキャロは完全にお弁当目当てね。次はなにを作ろうかなぁ。
『興味深いですね……』とアベル様は目を輝かせながら、小さくつぶやきを漏らす。私も魔王のお宝がどんなものかは非常に気になるところだ。
「お姉様、今日もお膝を貸してください」
レインはそう言いながら私にねだるような視線を向けた。レインは本当に膝枕が好きね。
ポンポン、と膝を叩くとレインは嬉しそうにそれに転がる。水色の綺麗な髪が、ふわりと膝の上に広がった。白い頬を撫でると、レインはゴロゴロと喉を鳴らしそうな、本当に気持ちよさげな顔をする。その愛らしさに思わず頬がゆるんだ。
「お姉様、また一緒にお出かけできるの……楽しみです」
桜色の綺麗な唇から零れるのは、私への好意に満ち溢れた言葉だ。そしてレインは頬を染めながら、ふにゃりと笑った。
ヒロインはやっぱり清楚可愛い。
こんな顔をされたら男なら普通即落ちでしょう! ……そのはず、なんだけどな!
私が把握している限り……現在のレインに、男性の影はない。
……夏が、近づいている。
ゲーム内だと攻略対象とのデートイベントが発生してもいい時期なのに。レインが攻略対象とそういう雰囲気になっているところは、一切見たことがないのよね。
クラスメイトであるハミルトン様とはよく話しているけれど、恋愛という距離感ではなくそこそこ仲のいい友人という雰囲気だ。
――乙女ゲームのヒロインなのに。恋愛イベントが欠片も起きていないなんて不思議ね。
この世界は、ゲームと同じではない。
だからレインが攻略対象とくっつくとも限らないんだけど。もしかすると私の知らないところで、素敵攻略対象外男子と愛を育んでいたりするのかもしれないわね。家格がある程度高くないと、お父様が結婚を許さないだろうけど……
……好きな人ができたら、お姉ちゃんに教えて欲しいな。内緒はちょっと寂しいの。
柔らかな白い頬をぷにぷにと指で突くと、レインはくすぐったそうに笑った。
「えへぇ。お姉様、大好き」
レインは私を見上げると、嬉しそうに笑う。その笑顔は、愛おしい人に向けるような蕩けるものだった。
……レイン。百合属性には、なってないわよね。ね!?
私はつい、いつもながらの心配をしてしまう。
大丈夫と思いたいのだけれど……最近少し自信がない。
「では皆様ご参加ということで、日程を決めましょうか。ここなら行けるという候補日を、皆様出してください」
フランが引率の教師のような口調で言いながら、綺麗な指で頬にかかった黒髪を耳にかけた。
引率の、教師のような? ……待って。
――フランが教師って最高じゃない?! 放課後の教室で、フラン先生といけない関係……
フラン先生に秘密の指導をされてみたい。うわ。妄想が捗るわ。
「お嬢様。だらしない顔をなぜしてるんです?」
「しゅ、しゅみません! フラン先生!」
「先生? またバカな妄想をしてたんですか」
私の返事を聞いてフランは怪訝そうな声で言うと、ぶ厚めの本で私の頭を軽く叩いた。本は頭とぶつかって、ぱこりと乾いた音を立てる。
手加減をしてくれているのかあまり痛くない。そして、このシチュエーションこそ! 教師と生徒っぽい!
「もっと、もっとくださいフラン先生!」
「本で叩かれて喜ぶんじゃない。この変態が!」
……今度は強めに、二度叩かれた。割と洒落にならない音がしたわよ。めちゃくちゃ頭が痛いんですけど!
暴力はいけないと思います、フラン先生。ネットに晒されて炎上しちゃいますよ!
「マーガレット様、大丈夫ですか?」
ホルトが困り顔で頭を撫でてくれる。その優しさに心が癒やされてへらりと笑みを浮かべると、ホルトもにこりと笑ってくれた。
ホルトには本当に癒やされるなぁ……
「ホルトは、本当にいい子ね」
「そ、そんな。マーガレット様……」
ぐりぐりと頭を撫でると、ホルトは照れ笑いをしながら顔を真っ赤にしてしまう。本当に可愛い。無垢な存在ってこういうことを言うんだろうか。
ホルトの頭を撫でたり、頬をつついたり、抱きしめたりしていると……
――バゴッ!
なぜか、また本が頭に降ってきた。
「フラン、痛い!」
「……日程を、決めますよ。お嬢様」
本を私の頭に落とした主である、フランがギロリとこちらを睨む。うう、そんなに怒らなくても……
その時、私はふと気づいた。
フランが今睨んでいるのは。私じゃなくて……ホルトの方?
フランの視線を追って、ちらりとホルトに目をやると。
――ホルトの瞳が血を凝固させたような赤に染まっていた。
しかしそれは瞬きをした一瞬の間に、元の綺麗な新緑の色に戻ってしまう。
「……え?」
私は何度も目を擦る。そして首を傾げながら、ホルトの顔をじっと見つめた。
「マーガレット様?」
ホルトはきょとりとした愛らしい表情で、私を見つめ返す。今私を見つめているのは、どこからどう見てもいつものホルトの瞳だ。さっきは、おそらく光の反射で色が変わって見えたのだろう。
「なんでもないわ、ホルト!」
ホルトに笑いかけ、またその頭をぐりぐりと撫でる。するとホルトは愛らしい子犬のように身を縮こまらせ、照れ笑いを浮かべた。
そんな私とホルトに……フランはなぜか少し複雑そうな視線を向けた。
片鱗を見たけれど、スルーしてしまったお嬢様。