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王子は考える(ヒーニアス視点)

 僕の婚約者のマーガレットは面白い。

 初対面は正直なところ『このわけのわからないことを言う女が婚約者になるのか』という印象だった。面白い、といえば面白いのだけれど。どちらかというとサーカスで獣を見ているような心持ちだよね。あの中身は女性として魅力的だ……と言うには少し無理があった。

 いや、見た目はとても素敵なんだよ。今まで見てきたすべての女性の中で、一番僕の好みに当てはまる。

 ……そういう意味では、彼女が婚約者でよかったかな。


 マーガレットの趣味は変わっていて『竜殺し』のフラン・ハドルストーンに夢中だ。

 フランの容姿はそれなりに整ってはいるのだけれど……なんとも地味だ。群衆に紛れられたら僕には見つけられる自信がない。

 いくらなんでも目立たなすぎだと思うし、彼が意図的に気配を消しているという可能性もあるけれど。


 フランのハドルストーン伯爵家は、竜殺し、救国の勇者、異端の血の一族、護国騎士……『真実』を知る者たちからはさまざまな呼び名で呼ばれている。

 ハドルストーンの一族の力はまるで人外のもので、抱えている軍勢も並外れた実力だ。王都を守る騎士たちにも、我々は当然厳しい訓練を課している。けれど竜や辺境を侵犯する斥候兵との小競り合いが日常である、実戦で鍛えられたハドルストーン家の軍勢とは比べるべくもない。


 ――ハドルストーン家に反旗を翻されると国は転覆しかねない。

 ――けれど有事のために手元には置いておきたい。


 そんな身勝手な都合でハドルストーン家は辺境に隠されたまま、中央的な権力からは隔絶された。そして本当ならば勇者扱いされるはずの竜殺しの功績が中央で喧伝されることもない。結果『真実』を知らないものたちはハドルストーン家はただの田舎貴族だと思っており、竜殺しというあだ名も田舎者を揶揄するためのものだと思っているのだ。

 魔王襲来以降は大きな戦がなく軍部が力を持つ時代ではないことも幸いし、中央はハドルストーン家を権力から自然に遠ざけることができた。

 彼らは野心家ではないらしく竜殺しの副産物で資産が潤沢なこともあってか、疑問を抱かずに今の立場を享受している。それは中央にとっては幸いなことだ。


 九歳の頃。僕がフラン・ハドルストーンと出会い、抱いた印象は……


 びっくりするくらいに、地味な男だ。


 ――それだった。

 彼と出会うまで、僕はハドルストーン伯爵家の存在すら知らなかった。意図的に彼らの力や功績を隠せば、彼らは辺境の一伯爵家でしかない。だから僕が知らなくて当然だったのだけれど。


「竜殺し、君は強いのか?」


 父上から彼らの『真実』を聞いた僕は、好奇心に負けてフランに訊ねた。

 この地味で特徴がない少年が、勇者の血筋? しかも僕の未来の婚約者の警護をするらしい。その実力を確かめたくなって当然だろう。

 だから僕はオルコット侯爵……幼馴染のキャロライナの父を呼び寄せた。しかし彼はフランと向かい合った瞬間、彼の前に跪いた。


「……王子、私など彼の相手にはなりません」


 王家に仕える暗殺一家のその家長が、当時十二歳の子供に膝をついたのだ。それは衝撃の光景だった。

 僕は次に近衛騎士団の団長を、その次に二十人の騎士たちをけしかけた。

 しかし結果はどれも惨敗。フランは息も切らさず、それらを打ち据えた。


「満足ですか? 王子」


 ……そして見ていると寒気のする深海の色の瞳でそう言ったのだ。

 敗れた彼らは口止めするまでもなく、自らのプライドのためにそれを外には漏らさなかった。


 そんなフラン・ハドルストーンに僕の婚約者は恋をした。

 ……そしてフランも満更ではないように見える。


 僕は正直、内心は冷や冷やだ。フランがマーガレットを本気で奪おうと決意すれば、あのハドルストーン家との内乱になるのだから。

 そのあたり父上は現実が見えていない。百年以上もの平穏を貪った王家は牙を抜かれている。戦争などは絵空事なのだ。

 幸いなことにフランは人外とも言える力を持っているのにも関わらず、常識的すぎるくらいの人間だ。恋や愛がきっかけで戦の引き金を引き、自家に泥を被せるような人間ではない。


 ――だけど念には念をと思い、僕は適度にガス抜きをさせることにした。


 功績を立てれば父上に婚約破棄の打診をする、という餌をマーガレットの前にぶら下げたのだ。フランもきっと、それを補佐するだろう。

 婚約破棄に至る功績を手に入れることが無理であったとしても。自らの『行動』の結果ならば、彼らの納得には繋がるはずだ。

 その場合、僕は既定路線通りマーガレットと婚姻する。


 マーガレットが功績を携えてやってきたら。僕は、ちゃんと父上に婚約破棄を打診をするつもりだ。……父上がどう出るかは知らないけれどね。


 フラン・ハドルストーンのマーガレットへの執着がこれ以上増すようならば。マーガレットが功績を持ってこようと、持ってこまいと、父上にはとっとと婚約破棄をすることをお勧めしたい。

 目先の欲を取り王国が滅亡しました、なんてことを僕は避けたいのだ。一応僕はこの国を愛しているからね。しかし僕が今、実権を握っているわけではない。

 暗愚な王である父上、王都の出来事が世のすべてだと思っているエインワース公爵。

 お二人は意図せずに滅亡への道を選びそうな気が僕はしているよ。


 ……万が一に備えて、亡命の準備でも進めておこうかな。



 ☆★☆



「ヒーニアス王子! 待ちなさい!」


 マーガレットは廊下を歩く僕に、偉そうに声をかけてきた。なんなんだろうね、この子は。僕は一応王子なのだけれど、それに対する配慮というものは彼女にはない。

 まぁ、なにをしても断罪されるわけじゃないから、気が大きくなるのもわからなくもないけど。

 マーガレットはなんだかご機嫌がいいようで、楽しそうな顔で腕を組んで仁王立ちしている。


「どうしたの? マーガレット」

「ふふん! 功績よ、これを食らいなさい!」


 そう言ってマーガレットが投げつけてきたのは小瓶だった。顔に受けるのは嫌だったのでそれを手で受け止め、中身を確認すると小瓶には数粒の丸薬らしきものが入っていた。


「これは?」

「ゾーリン山で採取したリンゲル草で作った丸薬よ! 誰かに鑑定してもらって。そしてヒーニアス王子が納得するものだったら功績と認めてちょうだい」

「リンゲル草……?」


 聞き慣れない名前だなと思いながらも薬師や鑑定士のところに行って見てもらうと。それは希少な植物から作ることができる不治の病まで治せる丸薬……つまりは万能薬だった。


 ……とんでもないものを持ってきたねマーガレット。これ一粒で豪邸が建つんじゃないかな。


 マーガレットにこのまま功績探しをさせたら、どんどん面白いことになりそうな気がする。

 うん、百個くらい探してきてもらおうかな。そうすれば日々は退屈しない。


 ――君は次に、なにをしてくれるんだろうね。

ヒーニアス王子も色々と考えているのです。

彼が意外に馬鹿王子ではないというあれこれ。

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