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令嬢はモブその2を獲得する2

 馬車の中で私は少年を自分の膝の上に横たえた。少しでも彼が楽な姿勢になればと思ったからだ。

 なんだかんだで車内は揺れるからそのまま寝かせたらあちこちに頭をぶつけてしまいそうだし……。

 彼は膝の上で荒い呼吸をしながら時折咳き込んでおり、容体がよくないのかと見ていて心配になってしまう。


「フラン。お水をちょうだい」


 私がそう言うとフランは水筒に入れたお水をこちらへと手渡してくれた。その水でハンカチを濡らし腫れて熱を持った彼の頬に優しく当てる。そして水筒のお水を、本当に少しずつ喉に詰まらないように気をつけながら口に含ませた。

 彼の喉が動き水を嚥下しているのが見て取れて私はほっとする。

 看病の仕方が合っているかなんてわからないけれど……少しでも彼が楽になるといい。


 屋敷に少年を連れ帰ると使用人たちが騒然とし、白髪を上品なオールバックにした老執事のハウエルがこちらへと歩み寄ってきた。


「お嬢様、その子は……」

「ハウエル、先生を呼んで! お願い!」


 私が必死に懇願するとハウエルは頷き、慌てた様子で侍医を呼びにいく。


「フラン、その子はどこに寝かせよう」

「お嬢様。空いている使用人用の部屋がございますので」


 そう言いながらフランは少年を抱えたまま部屋の方へと足を動かす。そして道すがらメイドに水桶や布、包帯などを持って来るようにと指示をしていた。

 ……フランが頼りになるから、本当に助かるわ。

 使用人部屋のベッドに彼を寝かせ、フランが体の傷を確認するため上着を脱がせていく。

 彼は私と同い年くらいなのだろうか。まだ幼さが残る顔が時折苦痛に歪み、小さな呻き声が上がった。


「……酷い」


 その薄い体についた沢山の傷や痣を見て私は眉を顰めた。あの男、フランにもっとこらしめてもらえばよかった。

 だけどのその新しい傷よりも目についたのは。

 ……胸を真一文字に裂く、肉が盛り上がって塞がった明らかに古いものだとわかる大きな傷。


「……こんな少年が負ったにしては『古すぎる』傷のような気が……」


 フランが小さくそう呟く。『古すぎる』? そんなに昔の傷なの……? 幼少期に負ったのかしら。

 彼の傷を確認しているとひょろりとした三十代くらいの侍医の先生が到着し、治療をするからと私は部屋の外へと追い出されてしまった。

 うう……脱がせてもっと確認するから仕方ないんだろうけど。心配だわ。

 部屋の外でうろうろとしていると執事のハウエルが椅子を持ってきてくれたので、私はちょこんとそれに腰をかけた。だけどなかなか治療は終わらない。

 二時間くらいが経過し私が待ち疲れて少しウトウトし始めた頃に、扉が開き先生が顔を出した。


「先生、彼は!?」


 私はぴょんと椅子から立ち上がると先生に駆け寄る。すると先生はその神経質そうな顔をにこり、と安心させるように笑ませた。……先生も結構いいモブ顔なのよね……妻子持ちだし私には本命がいるから、惹かれませんけど、ええ。


「命に別状はありませんよ、お嬢様。傷の治療も全ていたしました。ただ今晩は高熱が出ると思いますので、気をつけてあげてください」


 彼の言葉に私はコクコクと頷く。『拾ったら最後まで責任を持つ』とフランとも約束したし、彼の側にいて看病しよう。

 先生の背中を見送って部屋の中に入ると、部屋は少し鼻につく軟膏の香りで満たされていた。私も怪我をした時に先生に塗ってもらうことがあるものだ。

 フランはベッドの横の椅子に腰を掛け、彼の頭に乗せた水を含ませた布を取り換えているようだった。


「フラン」


 私が声をかけるとフランはこちらを向いて手招きした。ベッドを覗き込むと少年は体中に包帯を巻いた痛々しい姿だけれど、規則正しい呼吸をしながら眠っていて。その様子に私は安堵した。


「お嬢様、どうして彼を助けようと思ったのです?」


 フランがこちらを見つめながらそう訊ねてくる。その無表情からは、彼の意図は伝わらない。私は少し考え……口を開いた。


「……目の前で大変な目に遭っている人くらい助けたいという、傲慢な貴族の自己満足よ」


 私はそう言いながら眠っている少年の手を握る。

 そう、これは私の自己満足だ。

 この子一人を救ったからって世界の何が変わる訳じゃない。

 だけど……。


「たまたま私に助ける力があって、この子がそれで助かったなら。傲慢な貴族の自己満足もたまにはいいんじゃないかしらって思うの」

「……そうですか」


 フランは珍しく優しげに微笑んで私を見つめた。

 そして手を伸ばして……頭を一回、撫でてくれた。

 なで、て、くれた……だと。


「おお……おわぁ……!」


 私は真っ赤になって変な声を漏らしてしまう。もっと可愛い声が出せなかったの!?『おわぁ』ってなんなんだよ私……。

 でもフランが私ごときの頭を撫でてくれたのよ!? ふわって、ふわってフランの手が頭に乗ったの!

 どうしよう、私もう死んでも悔いはないわ。


「……今日が私の命日かしら」

「お嬢様、頭を撫でたくらいで物騒なことを言わないでください」


 フランの瞳がいつもの冷たさで私を射抜く。ああ……さっきまでは優しげな笑顔だったのに。でも冷たいその目も好きよ、ゾクゾクするわ。


「私、この子の看病をするから。起きるまで……ずっと見てる」

「……そう言うと思っていましたよ。食事はメイドに届けさせますので。私も時々様子を見に来ますから。旦那様にはハウエルさんがもう話をしているかと思いますが、私もご報告に行きますね」


 そう言ってフランが立ち上がったので、私は入れ替わるように彼が座っていた椅子に腰をかけた。

 ……推しが先ほどまで座っていた椅子に。おおお、フランの体温を感じますねぇ!!


「……変態。今何を考えているか言ってみなさい」

「……人の温もりって、いいわよね」


 椅子はその場で没収され、私には新しい椅子が用意されたのは言うまでもない。

次回はモブ2が目を覚まします(n*´ω`*n)

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