キャロとアベルの登山の思い出(キャロライナ・アベル視点)
私、キャロライナ・オルコットには気になる男性が二人いる。
一人はホルトちゃん。
もう一人はアベルちゃん。
……といっても気になるの意味合いが多少違うのだけれど。
暗殺一家に育ちそれなりに人の力量を見ることができる私は、ホルトちゃんの内側になにか恐ろしいものが潜んでいることに気づいていた。
けれどホルトちゃんはどこからどう見ても純粋無垢で、自分の内側にあるものには気づいていないようだ。そのアンバランスさは、観察の対象としてとても面白いものだった。見た目もとても好みだし。
私は清楚な見た目の男の子が好きなのだ。
……フランちゃんもホルトちゃんの異端さに気づいていて側にいるんじゃないかしら。
フランちゃんもホルトちゃんと同じくらいに異端だ。一見目立たないような風貌の彼だけれど、オルコットの目はごまかせない。
フランちゃんのハドルストーン家についてはヒーニアス王子を締め上げ……いえ、丁寧にお聞きしたのだけれど。勇者の家系だの、竜殺しだの、面白い情報が聞けたわね。異端の気配の正体はこれかと納得したものだ。
『光の乙女』といいマギーは異端ホイホイなのかもしれない。マギー自身は容姿と身分は優れているけれど、能力的には普通の子なのにね。
私も含め、マギーに集まる異端に共通しているのは彼女を愛していることだ。
これからもマギーの周囲には、そんな異端が増えるのかもしれない。マギーは魅力的だから。
ホルトちゃんの身の内にある恐ろしいものは、ゾーリン山に行った時にとうとう発露した。
マギーとホルトちゃんが落ちた崖の下から漂う気配。それは今まで感じたことのないくらいに恐ろしいもので。オルコットである私ですら心から震えた。
それがマギーに害を成すものであれば、私が命に代えても屠らないと。
そう思いながら脳内で戦闘のシミュレーションをし、戦々恐々としつつ彼らの帰りを待っていると、フランちゃんが二人を担いで戻ってきた。
戻ってきたフランちゃんの様子を観察したけれど、彼は『恐ろしいもの』ごとホルトちゃんを受け入れるつもりのようだ。
……彼が管理下に置くと決めたのなら、理由があってのことだろう。
ホルトちゃん自身は恐ろしいものの気配が以前よりも濃くなったものの、様子には変わりがないようだ。
マギーの安全のためにも、これからもホルトちゃんの観察を続けなくちゃいけないわね。
そうそう。もう一人の気になる人、アベルちゃんなのだけれど。
彼は便利な力を持っているけれど、とても普通の子だ。
そして可愛い。とっても可愛い。ふわふわした紫色の髪。髪の間から覗く髪と同じ色の瞳。すべすべとした白い肌に散るそばかす。小動物のような顔立ち。そのすべてがとても愛らしい。
アベルちゃんはいい子である。けれど己の利己心を捨ててまで誰かのために、という聖人タイプではない。当たり前の損得勘定があり、当たり前に思春期な、普通の子なのだ。
だけどその『普通』が私には輝いて見える。
……私たぶん、彼が好きなのよね。
これ以上ないくらいに普通な彼に、血で汚れて異常な私が恋をするなんて。きっと報われないとわかっている。だけどこの気持ちをどう押さえていいのか、私にはわからない。
「あの、キャロライナ様。口づけはダメだと思います!」
崖に生えていたリンゲル草を回収した私はアベルちゃんにご褒美をねだった。そう、ご褒美の口づけを。
暗殺の訓練で人には言えないことを教え込まれている私は『口づけくらい、いいじゃない。減るわけじゃないし』という気持ちだったのだけれど。アベルちゃんはどうやら初めてのようで、激しく拒んだ。
――そんなの、奪うしかないじゃない。
逃がさないように抱きついて小さな唇をそっと奪う。すると彼の顔は真っ赤になった。
何度も何度も、愛らしい彼に口づけする。
可愛い、大好き。このまま食べてしまいたい。
一生血に塗れた手のことを隠し生きる覚悟があれば、アベルちゃんを手に入れてもいいのかしら。
好きな人の心は、壊したくないものね。
☆★☆
オルコット侯爵家のキャロライナ様は、とても可愛らしく素敵な人だ。
――そしてなぜか僕にちょっかいをかけてくる。
困るんだけどな、女の子に僕は免疫がない。キャロライナ様は無邪気な方だし、小動物を可愛がるような感覚でそんなことをしてくるのだろうけど。
……可愛いと、いつも連発されるし。確実に動物扱いだな。
それには正直男のプライドが傷つく。たしかに僕は男らしくない。背も小さいし、体もひょろひょろだ。インドアなので肌も真っ白だし。
だけど、その。できれば嘘でも『カッコいい』の方が嬉しいかなぁって。いや、図々しいですね。ごめんなさい。
今日はゾーリン山にマーガレット様のご用事で登山に行った。色々あったけれど、収穫があってよかったなぁ。マーガレット様とホルトさんが崖から転がり落ちた時には心臓が止まりそうになったけど。
フランさんが僕たちに声をかけた後に、二人を追いかけるように崖から飛び降りたのには驚いた。そして二人を軽々と抱えて『崖の方』から戻ってきたことにまた驚いた。
そんなフランさんを見て驚いているのは僕だけで、キャロライナ様は平然としていた。レイン様は『腹黒糸目! お姉様の抱え方が雑よ!』なんて斜め上の方向に怒っていたし……。
……疑問を感じる僕が間違っているんだろうか。
そして二人の無事を確認し、僕らはリンゲル草の採取を再開したのだけれど。
キャロライナ様は命綱もなしにほぼ垂直の崖を伝って、群生しているリンゲル草を採取し始めた。
レイン様はそれを見て『私もいつか……!』なんて言いながら目を輝かせていたし、フランさんは別に気にする様子もなくそれを止めなかった。
……やっぱり疑問を感じる僕が、間違っているんだろうか。
「ねぇ、アベルちゃん! 私頑張ったの~。ご褒美、ちょうだい? 口づけでいいわ」
山盛りのリンゲル草を確保したキャロライナ様はニコニコとしながら僕に言った。
「ご褒美なら主催のマーガレット様に……」
「アベルちゃんがいいの」
「あの、キャロライナ様。口づけはダメだと思います!」
キャロライナ様から発せられる謎の圧力。それが怖くて僕は、脱兎のごとく逃げた。
しかし彼女は易々と僕を捕らえ……唇を奪われた。
いや、いくら犬猫みたいな扱いだからってこれはあんまりだと思うんだ!
それに僕は初めてなのに。
キャロライナ様が相手として不満だとか、そんな恐れを多いことは思ってない。
だけど憧れるシチュエーションとか、あったのに!
何度も何度も口づけをされ、嬉しそうに微笑まれて。
……僕はどうしていいのかわからずに、顔を真っ赤にして固まることしかできなかった。
キャロライナとアベルの閑話でした。
子ウサギは猛禽類に狙われているようです。
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