従者と騎士の約束事(フラン視点)
学生寮を後にし、騎士団の詰め所へと私は向かう。詰め所は学園の校舎と寮の中ほどの場所にある。学生寮に、使用人寮に、騎士団詰め所に、王子専用の邸……敷地内にいくつも大勢の人の住める施設があるのだ。学園の敷地は本当に広大だ。
騎士団詰め所に近づくと、『詰め所』とは名ばかりな豪奢な建物が見えた。その門前にいた若い騎士は私を見て警戒心を顕わにする。
「止まれ、どこの使用人だ」
険のある声で誰何され、私は眉を顰めた。使用人にも爵位持ちの家の者もたくさんいる。もっと教育を徹底した方がいいと思うのだが。
彼の顔をよく見ると、氷竜退治の時にちらりと見た若輩の騎士だ。夜の森は暗かったし、私の目立たない顔だ。覚えていなくてもおかしくはない。
学園でも王子の周辺は近衛騎士が守っているが、それ以外の見回りなどは他の団から派遣された騎士が持ち回りでやっている。なのでこの詰め所には色々な団の騎士たちが混在しているらしい。
騎士以外にも常駐の兵士がいるし、この学園の警備代はバカにならないのだろう。
「エインワース公爵家のマーガレット様に仕える、フラン・ハドルストーンだ。アルバート・ホーン様に呼ばれてこちらに来た」
「ハドルストーン……!」
私の姓を聞き男はハッとした顔になった。そして『確認をしてくる』と言い残すとそそくさと詰め所の奥へと消えて行った。
手持ち無沙汰で待っているとアルバートを伴い先ほどの騎士が戻ってくる。
「すまないな、どうぞ奥へ」
アルバートはそう言いながら詰め所の中へと誘う。それに私はついていった。
「客人への対応の指導を徹底した方がいいですよ。使用人にも爵位持ちの子息子女は多いのですから」
廊下を歩きながらアルバートに言うと、彼は苦い表情を返した。
「ミシェルか。彼は侯爵家の子息でプライドが高い。客人に失礼な態度もあるかもしれないな。後ほど指導しておく」
侯爵家の子息に伯爵家のアルバートが気軽に指導できるのは、彼の家が王都で権勢を誇る近衛騎士の家系、ホーン家だからだ。彼の縁戚には公爵家や侯爵家もあると聞く。爵位以上の権力を、ホーン家は持っている。田舎騎士であるハドルストーン伯爵家とは立場がまったく違うのだ。
「こちらへ」
彼は私を奥まった部屋へと通した。どうやらアルバートの執務室らしい。
アルバートのイメージと違わない、重い色の家具ばかりの部屋は堅苦しい印象を受けた。
私は勧められるままに椅子に座り向かいに座る彼の言葉を待ったが、彼はなんだか言いづらそうにしている。
「その、なんだ……」
「早く用件を。私にはお嬢様の警護がありますので」
お嬢様との仲を取り持て、なんて用件だったらすぐに帰ろう。そう思いながら私は彼を促した。するとアルバートは私を真っ直ぐな視線で見据えた。
「俺に、剣の指導をして欲しい」
アルバートの言葉に私は思わずぽかん、とする。
「ホーン家の男がなにを言っているんです。もう十分研鑽は積んでいるでしょう」
嫌味八割くらいの気持ちで言ってやると、アルバートは苦い顔をした。……恥を忍んで言ったのだろうに、少し言い過ぎたかもしれない。今までの確執がある分、私は彼に対して棘を持った言葉を選んでしまう。
「あの夜のお前を見て。俺は……自分の力のなさを恥じた。王都でぬくぬくと過ごし、井の中の蛙になっていたのだと」
そう言いながらアルバートは唇を噛みしめた。
「ハドルストーン、頼む。俺は本当の騎士になりたい」
彼の言葉を聞いて、私は困ってしまった。どうやら彼は真剣らしい。
「アルバート様、言いにくいのですが。ハドルストーン家の者たちが竜と一人で渡り合えるのは、その血ゆえです。貴方を鍛えてもハドルストーンと同じように、というのは難しいかと」
ハドルストーン家の持つ軍隊はこの国では飛びぬけて優秀である。けれど竜と一対一で渡り合えるのは、ハドルストーンの血を引く者たちだけだ。直系であればあるほど、その力は強い。
ハドルストーンの血を引かない者でも、訓練で十人で一体の竜を倒すところまでは持ってはいけたが……。
「そこまでの高望みはもちろんしていない。しかし自分の限界まで己を鍛えたいのだ。このままでは俺は……きっと誰も守れない」
アルバートは自らの手をじっと見つめ、苦悩する表情を浮かべた。
思い浮かべているのは、ヒーニアス王子なのか、お嬢様なのか。
「……私は手加減が苦手なので指導向きとは言い難いですよ」
「構わない!」
私が折れそうなのを感じたのか、彼はぱっと表情を明るくして叫んだ。……犬耳と尻尾の幻覚が見えそうな喜びようだな。
「条件が一つ。お嬢様にはもう手を出さないようにしてください。お嬢様が自らの意思で貴方を選ぶ分には私はなにも言いませんが。あれでも彼女はヒーニアス王子の婚約者なのですから、要らぬちょっかいを出されては困ります」
「……わかった。己を鍛え振り向いてもらう方向で努力をしよう」
アルバートは渋い顔だがその条件を了承する。……なんとも諦めが悪いが、自分から手を出さなくなるだけでもまぁいいだろう。
お嬢様が自由意志でアルバートを選ぶのであればそれは私には干渉のしようがないし、する必要もない。
王都で権勢を誇るホーン家のご令息と恋仲ということならば、ホーン家の縁戚などを使って外堀から攻め、エインワース公爵家と王家の盟約を破棄させられるかもしれないしな。
それができなかったとしても、コイツはあっさりとお嬢様を連れて逃げるのだろう。……私には関係ないことだが。
――そう、私には関係ない。
「……ハドルストーン。なんだか顔が怖いのだが」
「そんなことはありませんよ」
温厚に見えるように微笑んで見せると、なぜか青い顔をして苦笑いされた。
……失礼なヤツだ。
「では、週一程度でよければ今週からでも」
「ああ、よろしく頼む」
彼は真面目くさった表情で手を差し出してくる。なんとも堅苦しい男だ、と思いながら私はその手を握った。
そして寮の部屋へと戻ると。
お嬢様がなぜかホルトに膝枕をしていた。
「ホルトが急に気分が悪くなってしまって」
言いながらお嬢様は眠っているホルトの頭を撫でる。……絶対に魔王の演技だろう。
そうは思ったが、私は寸でで言葉を飲み込んだ。
そんなこんなでフランに弟子が増えました。




