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従者は令嬢と孤児院へ行く3(フラン視点)

「では、支援金の一時増額をするので。治療でだいぶ費用がかかっただろうしそこに充ててくれ」


 お嬢様とレイン様が院長が淹れてくれた紅茶を啜っている間、アルバートは院長と支援金に関する話をしていた。貴族の孤児院への支援は周囲へのポーズの場合が多く、こうやって視察をした上で増額の話にまで及ぶ貴族は稀だ。

 アルバートはお嬢様に傾倒するバカではあるが、悪人ではないのかもしれない。お嬢様の後ろで私とホルトにも出された紅茶を飲みながら、そんなことを考える。


「では、私たちはそろそろお暇しましょうか」


 お嬢様は優美な仕草で立ち上がると、ふわりと笑う。彼女が微笑むだけでその場の空気が一気に華やいだ。……中身は変態だが。


「マーガレット様、レイン様。このたびは本当にありがとうございます。子供たちの熱もみるみる引いて驚きましたわ」


 院長がお嬢様の手を握りながら感謝を伝えると、お嬢様は『当然のことをしたまでです』と言ってまた笑った。レイン様もそれに倣う。外面とは、実に素晴らしいものだ。


「子供たちが回復したら快気祝いを持ってきますね。皆甘いものは好きかしら?」

「まぁまぁそんなお気遣いを……! ええ、大好きですよ!」


 院長のお嬢様を見る目は周囲の『お嬢様信者』と同じものだ。拡声器のように周囲にお嬢様の功績を広めてくれるだろう。


 ……お嬢様の虚像が一人歩きを始めそうだな。


「ではマーガレット様、またお会いしましょう」

「アルバート様、また」


 アルバートの方の話も終わったらしく、入り口まで一緒に歩くとお嬢様に別れの挨拶をした。


「今日はあの犬っころしつこくなかったわね」

「レイン様! だめです!」


 レイン様はそんなアルバートを見ながらぽつりと呟く。それをホルトが焦った顔で諫めた。レイン様のお口の悪さはどうにかならないものか。まぁたしかに、今日のアルバートはあっさりとしていたが。


「ではハドルストーン、後ほど」


 そしてそう言い残してアルバートは去って行く。私はそんな彼の姿を見送った。

 ……なんの話があるんだろうな。


「後ほどってなに? アルバート様と二人で会うの!? わ、私もフランと二人きりで会いたい!」


 エインワース公爵家の馬車に乗り込むとお嬢様は阿呆のようなことを言う。


「いつも二人でいるでしょうに」

「違うの! 外で待ち合わせをして、デートとかしたいの!」


 お嬢様は激しく駄々をこねる。……めんどくさいな、とても。

 私は懐からお嬢様いわくの『スタンプカード』を取り出して彼女に渡した。


「これは……?」

「『公式グッズ』を百点廃棄すればデートとやらをしてあげます」

「はぁああああああ!?」


 お嬢様のウォークインクローゼットの中やご実家には、とんでもない数の私の私物が保管されている。その廃棄の機会を、私は狙っていたのだ。


「フラン……貴方は鬼なの? 嫌よ、フランの公式グッズがないと私生きていけないの」


 お嬢様は涙目になり、まさに絶望という表情でカードを見つめた。

 ……そんなに絶望した表情にならなくても。考えるのも恐ろしいことだが、私の私物は毎日綺麗に消えている。つまりはお嬢様が私物を盗み始めてからの約四年間……その日数だけ私物はお嬢様のところに溜まっているはずなのだ。それをたった百点廃棄するだけでなぜそのような顔になる。これでも私は譲歩をしているつもりだ。


「グッズを破棄したら毎晩一緒に寝てくれるとか、もっと大きな特典がないと無理よ……」


 この人は本当にバカなのだろうか。婚約者がいる未婚の子女と共寝する男がどこにいる。


「ちょっと腹黒糸目、お姉様が可哀想でしょう! 一緒に寝てあげなさいよ! 貴方がお姉様に不埒なことをしないように、私も一緒に寝てあげるから!」


 レイン様、それは貴女がお嬢様と毎晩添い寝したいだけでしょうに。勝手にそれはやってくれ。


「腹黒糸目はずるいのよ。男で好みの顔ってだけでお姉様に好かれるんだから。私だって地味顔の男に生まれてお姉様に好かれたかったわ。……今からでも遅くないかな。性転換の秘薬とか……」


 彼女はぶつぶつとそんなことを言い始める。レイン様、貴女が性転換したとしても、とてもお綺麗な顔の男性になるだけだと思いますが。


「レイン。私、今の貴女が大好きよ?」


 お嬢様は困ったように言うと、レイン様をそっと抱きしめた。


「お姉様……」


 レイン様はお嬢様の胸に顔を埋め、何度も頬をすり寄せ幸福そうなため息をついた。

 ……公爵様。レイン様の嫁ぎ先の選定は相当難しいかもしれません。



 ☆★☆



「ではホルト、私はアルバートのところへ行ってきますが。その、お嬢様をよろしくお願いしますね」


 ぐずるお嬢様を部屋に押し込め、寮の建物の前で私はホルトに……というよりも魔王に言った。遺憾ながらこれ以上の身辺警護はいない。


「大丈夫、彼女は守るよ」


 ホルトの瞳が紅くなり、その表情が飄々としたものへと変わる。


「ふふ。ハドルストーンがいないうちにたくさん甘えてしまおうかな」

「……お嬢様に妙なことはするなよ」


 懐から短剣を取り出し、素早くその首元へと突きつける。それを魔王はめんどくさそうに手で払った。


「大丈夫だよ、私はマーガレットの忠実な僕だからね。ちゃーんといい子にしてる。勇者にまた討伐はされたくないしね」


 魔王は楽しそうに笑う。ホルトの顔なのに、ホルトではない存在。それは奇妙なひずみと不快感を感じさせる。


「……お前は、何者なんだ」

「バカだね。おいそれとハドルストーンに情報を与えるわけがないでしょう。いいじゃないか、安心安全なマーガレットの僕。それが今の私だ」


 そう言いながら手を振り去って行くヤツに一抹の不安を感じながらも、私はアルバートの元へと向かった。

レインちゃんの性転換大作戦!にはならないはずです。


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