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従者は令嬢と孤児院へ行く2(フラン視点)

 アルバートはお嬢様の前で跪き騎士の礼を取った。


「マーガレット様、お久しぶりです」

「お久しぶりです。アルバート様もいらしていたのですね」


 お嬢様は『しまったなー』という顔をしている。予測ができない事態なのだから、仕方ないことだろうに。レイン様はお嬢様の腕にしっかりとしがみつき、威嚇するように彼を睨んでいた。レイン様はいつでもお嬢様の警護をする小型犬のようである。

 ……お嬢様と離れて嫁に行けるのか、今から心配だな。


「この孤児院にはホーン家が支援をしていますので。病が流行っていると聞き、視察に来た次第です。マーガレット様は?」

「病によく効く薬を入手したので、レインと子供たちの看病にと」


 そう言って微笑むお嬢様にアルバートは深い親愛を含む視線を向ける。……またお嬢様の人格への誤認が起きているような気がするな。

 公爵家のご令嬢なのに孤児のことまで気にかける天使……などとこの男は思っていそうだ。


「マーガレット様は本当にお優しいのですね」

「いえ、その。そんなわけでは。私、行きますね?」


 お嬢様はそう言うとぺこりと頭を下げて孤児院の中に入ろうとしたのだが。


「行き先は同じですので、ご迷惑でなければご一緒に」


 迷惑だ。


 私はその言葉をぐっと飲み込み、アルバートを睨みつける。仕えるべき王子の婚約者であるお嬢様に、まだ手を出すつもりなのか。私の視線に気づいたアルバートは、気まずそうに視線を逸らした。


 ――コイツと会うのは、氷竜の討伐をしたあの夜以来だ。


 あの夜の出来事をアルバートがどう捉えたかはわからない。……私には、どうでもいいことだが。


「そうですね、ここで別れて向かうのも不自然ですものね」


 お嬢様はくすくすと笑いながら了承の意を伝える。するとアルバートは、安堵の表情を精悍な顔に浮かべた。

 扉を開けると、出迎えてくれたのは五十代くらいの温厚そうな女性だった。この施設の院長らしい。

 院長に案内され、お嬢様とレイン様が先頭に立ち、ホルトと私、そしてアルバートがそれに付き従うように歩く。アルバートはお嬢様のエスコート役でも買って出るのかと思っていたので、私は少し意外に思った。


「……ハドルストーン」


 アルバートが小声で私を呼んだ。


「なんですか」


 私は彼にちらりと視線を向け、先を促す。同じ伯爵家とはいえあちらの方が家格は上だ。さすがに無視はできない。


「後で、話がある」

「――私は暇ではないので」


 どうせお嬢様関係のことだろう。そう思った私は顔を顰めて拒絶の言葉を返した。

 ホルトは私たちのやり取りを見てオロオロとした顔をしている。


「……頼む」


 しかしアルバートから漏れたのは、私への『懇願』だった。

 この男に、どういう心境の変化があったのやら。驚いて視線を向けると、彼は苦しそうな表情でこちらを見つめていた。


「――夕方頃でしたら時間を空けられます。場所は学園でいいですか」

「ああ、すまないな。学園の騎士団の詰め所までご足労願っても?」

「……敷地内ですし、それは構いませんけど」


 学園には警備の騎士たちのための詰め所……というより、寝泊りもできる豪奢な寮のようなものがある。私はお嬢様個人の護衛なので、当然その詰め所を訪れたことはない。

 しかし、妙にしおらしいな。騙し打ちでもする気だろうか……返り討ちに当然するが。そんなことを考えつつ疑うような視線を向けると、微苦笑を浮かべられた。


「相談があるだけだ」


 ……相談、ね。まぁいいだろう。

 アルバートとそんなやり取りをしているうちに、院長は一つの扉の前で立ち止まった。


「罹患している子供たちは、こちらの部屋に隔離しています。大人にうつっても重篤化はしない病気ですけど、その……」


 院長が言いづらそうに口ごもる。公爵家のご令嬢二人が気まぐれで訪れた挙句、病気がうつっただのと後から騒ぎ出す……そうなれば孤児院自体が潰されてしまう可能性もある。そんな心配をしているのかもしれない。


「院長先生、大丈夫です。ご迷惑はかけないので心配しないでください。ね、レイン」

「はい、大丈夫です! 私はとても丈夫ですし、そもそも病気にかかったことがありません!」


 お嬢様とレイン様はあっけらかんと言う。その様子に院長はほっとしたように『では……』と扉を開いた。

 整然と並べられたたくさんのベッド。そこに呻き声を上げるさまざまな年齢の子供たちが寝かされている。その痛ましい光景に私は眉を顰めた。


「症状は、高熱と皮膚の爛れでしたよね」


 お嬢様は言いながら手提げから大きな丸い缶と包帯を取り出した。


「……それは?」

「リンゲル草のエキスと蜜蝋を混ぜて作ったクリームよ。爛れに効くかな、と思って。私の肌で試して荒れなかったから、肌荒れはしないはずなんだけど」


 ……いつの間にそんなものを作っていたんだ。ゼリーといい蜜蝋クリームといい、お嬢様は寮の使用人用台所を我が物顔で使っているらしい。

 お嬢様は手前のベッドにいる少女に近づくと、その汗に塗れた額を冷やした布で拭いた。


「……お姉ちゃん、誰?」

「マーガレットよ。貴方の手当をしてもいい?」


 お嬢様の言葉にコクコクと少女は頷く。


「お名前は?」

「リーリエ……」


 少女と会話を交わしながら、お嬢様は嫌な顔一つせず体液で濡れている少女の皮膚の爛れにクリームを塗り、包帯を巻いていく。そしてゼリーと丸薬を匙に乗せ、少女の口に運ぶと『よく飲めたわね、偉いわ』と頭を撫でながら美しく微笑んでみせた。


「レイン、体力回復の魔法をお願いしてもいいかしら?」

「はい、お姉様!」


 お嬢様はテキパキと子供たちの治療をし、ぐずる子供がいればその腕に抱きしめ優しく宥める。その後をレイン様が追うようにして魔法で体力を回復させていく。その光景は……


 二人の内情を知らなければ、まるで天使か女神のように見えた。


「ああ、女神……!」


 ホルトが大きな瞳に涙を浮かべている。自身が助けられた時のことを思い出しているのかもしれない。

 ちらり、とアルバートの方に目を向けると、彼も感動で潤んだ瞳をごまかすように目のあたりを手で覆っていた。

 院長も胸の前で手を組み、お嬢様に見惚れている。


 ……こうして、世間のお嬢様への誤認が広がっていくのだな。

お嬢様は見た目は女神、中身は変態。

正確に本質をとらえているのはフランと魔王とヒーニアス王子くらいというあれこれ。


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