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従者は令嬢と孤児院へ行く1(フラン視点)

 自室の窓を開け、商人から借りた伝書鷹を空に飛ばす。

 馬車だと片道一カ月の道のりも、彼らにかかれば一週間ほどの距離だ。

 鷹を飛ばしたのは従姉のエラリィのところへだ。鷹の足に付けた手紙には『私が帰省する二カ月と少しの間、王都へ来てお嬢様の護衛をして欲しい』と書いている。

 彼女は普通のご令嬢として生きることを望んでいるから……。断られる可能性の方が高いだろうな。

 そんなことを考えながら窓を締め、お嬢様の部屋へと向かう。

 お嬢様の寝起きはいつまで経ってもよくならない。こちらの身にもなって欲しいのだが……そう思いながらお嬢様の部屋の扉を開けると。


 ――魔王が、お嬢様の頬を愛おしそうに撫でていた。


 私は咄嗟に懐のナイフを魔王に放つ。しかしそれはヤツの前でピタリと動きを止めると、力なく地面に落ちた。


「朝からご挨拶だね、ハドルストーン」


 魔王は心外だな、という口調で言うと軽く肩を竦めた。相変わらず胃もたれがしそうな美形っぷりだ。朝から見るには重すぎる。


「……貴様、なにをしてるんだ」

「マーガレットの顔を見たかっただけだよ。愛らしいね、天使みたいだ」


 そう言いながらヤツは頬を赤く染め、くすぐるようにお嬢様の頬を撫でた。彼女は少し不快そうに眉を顰めるが起きる様子はまったくない。


「お嬢様を傷つけたら……」

「マーガレットを傷つけるわけがないだろう。それとね、この姿を彼女の前に晒す気もないよ。マーガレットは私のような見目は嫌いみたいだからね」


 たしかに魔王のこの華美な見た目を、お嬢様は好まないだろう。好かれているらしい身で言うのは空しいが、お嬢様の趣味は変わっている。


「『ホルト』の方が側にいるのに都合がいい。マーガレットに可愛がってもらえるしね」


 魔王はくすくすと笑いながら、ホルトの姿に身を変じた。

 ただしその瞳は、血のような赤のままだ。


「じゃあね、ハドルストーン」


 ヤツはそう言うと、紅い瞳を閉じる。そして次に目を開いた時には……そこにはホルトのいつもの緑色の瞳があった。


「おはようございます、フランさん。お嬢様がまだ起きなくて……」


 ホルトはそう言うといつもの人のよさそうな顔でこてりと首を傾げた。

『ホルト』と『魔王』は完全に別人格のようだが正直やりづらいことこの上ない。


「そういう時は少し強めに叩くといいんですよ。お勧めは額のあたりです」

「しゅ、淑女にそんなことはできませんよ!」


 彼は慌てたように言うとぶんぶんと頭を振る。私は仕方なく、お嬢様の頭に数回手刀を落とした。

 すると彼女は、ばね仕掛けの人形のように起き上がった。


「いったぁあ!?」

「お嬢様、爽やかな朝ですよ。起きてください」

「爽やかじゃない! 頭が割れそうよ!?」


 お嬢様は紅い髪を振り乱しながら、涙目で額を押さえる。……少し強く叩きすぎたか、と思ったが私は素知らぬふりをした。


「私とホルトは朝食の準備をして参りますので。その間に着替えを済ませてくださいね」


 寝台の上で蹲っているお嬢様を放置して、心配そうな顔のホルトを引っ張って部屋を出る。それと入れ替わりでお嬢様の着替えをさせるために、メイドが部屋へと入ってきた。


 ――魔王がいるとは思えない、いつも通りの朝だな。

 考えてみれば私は『魔王復活』という歴史的大イベントに立ち会ったのではないか。その魔王がお嬢様に色ボケをかましているとは思わなかったが。

 このまま魔王が無害なままなら、三人目の男性使用人が増えたと思えばそのうち慣れるだろうか……。



 ☆★☆



「ねぇフラン。万能薬が手元にあることだし、これで次の功績を立てたいなって思ってるのだけど」


 朝食を持って部屋に戻り、お嬢様の前に並べる。

 今日の朝食は生ハムと根菜のサラダと、ハードタイプのパンを香ばしく焼いたもの。それと南瓜の冷製スープだ。

 私はお嬢様に視線をやる。

 ……そういえばアベル様が王都の孤児院で病が流行っていると言っていたな。これなら近いし丁度いいだろう。子供が罹ると大変な病気だが、お嬢様くらいの年齢ならうつっても大事には至らない病気だそうだし。


「孤児院で病が流行っていると……」

「うっ。それって時期的にレインの光の乙女イベントじゃない。イベントの横取りはちょっとなぁ」


『光の乙女イベント』? お嬢様の言葉に私は首を傾げた。

 お嬢様は考え込みながらなにかをぶつぶつと呟き、頭を抱えた。


「そのイベ……いや、孤児院にはレインを連れて行って『光の乙女』としての功績を積ませた方がいいと思うのだけど、フランはどう思う?」

「レイン様の平素の様子を見ていると、『光の乙女』としての功績にはまったく興味がなさそうな気がしますが」


 レイン様はどう見ても、お嬢様にしか興味がない。

 エインワース公爵家のご令嬢とはいえレイン様は元々は平民である。『光の乙女』としての功績を積み重ね箔をつけた方が、この先困らないだろうというお嬢様の気遣いなのだろうが……。


「お二人で行けばいいじゃないですか。というかお嬢様が一緒じゃないとレイン様は行かないと思いますよ」

「むぅ……積まないより少しでも積んだ方がレインのためにはなりそうだけど。功績が折半になるとフラグの管理ってどうなるんだろ……?」


 私の提案にお嬢様はなぜか不服そうにしてしばらく悩んでいたが。

 結局はレイン様をお誘いして、数日後に孤児院へ行くことになったのである。


「お姉様は本当にお優しいですね! 私、感動しました! もちろん一緒に行きます!」


 レイン様はお嬢様からのお誘いに当然二つ返事だった。むしろ彼女はお嬢様からのお誘いならどこへでも行くのだろう。

 ホルトといいレイン様といい、お嬢様への盲信がすぎないか。……アルバートもそうか。ハミルトン様はお嬢様に対して盲信というよりも、思春期を拗らせている態度だが。そちらの方が健全さは感じられるな。ヒーニアス王子は、実にドライだ。ある意味安心できる。


 そして孤児院へ行くその日。

 事前に調べた孤児院の人数分の丸薬を小瓶に入れてお嬢様に持たせ、レイン様には図書館で探した体力回復の光魔法の呪文の写しを渡した。

 加えて外から菌を持ち込んでは本末転倒なので徹底的に体を洗っていただく。もちろん一緒に行く私とホルトもだ。


「ねぇフラン。私ゼリーを持って行こうと思うの」


 お嬢様がゼリーが入っているらしい籠を私に見せながら言う。……勝手に使用人用のキッチンを使ったな。


「ゼリーですか? 甘味の?」

「ええ。ほら、丸薬は割と大きめだし、少し苦みもあるから。ゼリーと一緒になら、子供が嫌がらずに飲めるかなって」


 お嬢様にしては悪くない考えだと思う。それを褒めるとお嬢様は『私のアイディアじゃないんだけどね。前世……いや、人伝手でね』と照れたように笑った。


 こうして準備を済ませた私たちは孤児院へと向かったのだった。

 そして孤児院の前で鉢合わせたのは――……

 騎士、アルバート・ホーンだった。


「あっ。このイベント、アルバート様のイベントも兼ねてたんだ」


 お嬢様がなにかを小さくを呟いていたが、その意味は私にはまったく理解できない。

 ただ、面倒だなと。お嬢様を見て瞳を輝かせ、私には仄暗い視線を投げる彼を見て思ったのだった。

今回はフラン視点での進行となります。

そしてとっても久しぶりのアルバートさんの登場なのです。

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