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令嬢の遠足のような冒険の顛末

 私はどうやら夢を見ているらしい。


 だって前世の『私』を、今の私が俯瞰で見ているもの。

 上下スウェット姿で寝転がって時々ポテチを食べながら、携帯ゲーム機の画面に食い入るように見入っているその姿は、紛うことなき喪女である。

 会社ではもっとちゃんとした姿なのだと、自己弁護をしておきたい。微妙にモテたりもしてたんだから。微妙にだけど。

 興味が湧いて『私』の横に寝転がり、その画面を覗き込む。どうやら『私』は氷雨の攻略中らしい。


「ふぁ~。フランが一番素敵だけど、ホルトも捨てがたいなぁ。こんなモブフェイスの攻略キャラを用意してるなんて、どんだけマニアックなんだよ、このゲーム! 最高!」


 テンションが高い『私』の言葉を聞いて、眉を顰める。ホルトの名前がどうして出るんだろう。彼は攻略キャラでは……ないよね?

 だけど画面を見ると、たしかにホルトらしきキャラが映っている。

 記憶が、転生した時に欠損してしまったのだろうか。


『――レイン。君とは一緒にいられない。俺は……』


 現実のホルトよりも、影のある厳しいその表情。それはまるで別人のようだ。

 そんな面差しの彼が苦しげに口を開く。


 ダメだ。

 この先を読んではダメ。


 心が警鐘を鳴らす。どうしてだろう。心臓が、バクバクする。

 その先は――私の、このゲーム最大のトラウマが。



 素敵モブ男子が――になるなんて。



「お嬢様。そろそろ起きてください」


 フランの声がして、私は重い瞼を開けた。

 綺麗な黒髪、白い肌、つり上がった細い目。フランの素敵なお顔が飛び込んでくる。

 これも……夢なのかな。


「……フラン」


 ぼんやりとした心地で手を伸ばして白い頬に触れると、困ったような顔をされた。

 指先に伝わる感触が柔らかい。あれ? これは夢じゃないの?

 頭の下がなんだか温かい。そろそろと手をやって確認すると布地の感触がする。これってもしかしなくても、フランの膝枕!?


「待って。膝? ねぇ、フラン。膝!?」

「ああ、元気になったようですね。ほら、下りてください」


 膝枕を堪能する隙もなく、地面にごろりと転がされてしまった。うう……なんてことなの。

 そうだ。私どうしてこうなったのだろう。

 ホルトを支えようとして、崖から落ちて。その後の記憶が……


「ホルトは!?」


 がばりと起き上がって周囲を確認すると、ホルトは木陰で休憩をしているようだった。服装はなんだかボロボロで乾いた血が付着しているけれど、その様子は元気そうだ。


 ……一体どういう状況なの?


「ホルトはお嬢様の巻き添えで転げ落ちて、お嬢様が呑気に寝ている間に狼に襲われ大怪我をしていたので。手持ちのリンゲル草で治療をしたのですよ」


 私の疑問にさらりとフランが答える。

 そっか、リンゲル草って怪我にも効くんだ。さすが万能薬だなぁ。

 ――って、狼!?


「マーガレット様、起きたんですか?」


 ぱたぱたとホルトが駆け寄ってきた。その手には小さなリンゲル草の花束が握られている。

 ……可愛い。小動物系モブ男子が小さな花束を持っている様子は、神の与えたもうた天然のスチルである。

 ホルトに関する夢を見ていたような気がするんだけど。起きた瞬間それは、掴みどころがない霞のような記憶になり消えてしまった。

 それよりも、今は目の前の現実のホルトよ!


「ホルト、大丈夫? 私を狼から庇ってくれたの? 危険な目に遭わせてしまって本当にごめんなさい!」


 ホルトの手を握って緑の瞳をじっと見つめる。そして謝罪の言葉を口にすると、彼は照れたように笑った。


「いいえ、そんな。俺の命はマーガレット様のものです。だから貴女のために使って当然なので。気にしないで……」

「気にするわよ! 貴方の命は貴方のものよ、もっと大事にして!」


 自分を粗末にするようなことはしないで欲しい。ホルトは私に大げさに恩を感じすぎなのだ。

 近くで見ると、ホルトの惨状がよくわかった。服には何カ所も大きな穴が空き、血が驚くくらいにこびりついている。一歩間違えれば……命も危なかったはずだ。

 怪我には包帯が巻いてあるようだけれど、それには血が付着していない。リンゲル草には即効性があるのだろうか。それを見ながら不思議な気持ちになった。

 ともかく……ホルトには、私を逃がすために猛獣に身を差し出すようなことはもう二度として欲しくない。


「マーガレット様……」


 大声を出してしまったからだろう。ホルトが泣きそうな顔になる。ああ、助けてくれた彼に感情をぶつけてしまうなんて。私は彼の体を抱きしめ、その小さな背中を撫でた。


「ホルト。私がこの先どういう道を辿ろうと、貴方には一緒にいて欲しいの。だから命を粗末にしてはダメ。いい? ずっと私と一緒にいるのよ?」


 私が将来どうなろうとホルトには一緒にいて欲しい。大事な私の弟のような存在なのだから。


「……はい、マーガレット様。ずっとお側にいます」


 そう言ってホルトはおそるおそるといって手つきで、優しく私の背中を撫でてくれた。

 小さく、温かい手。この手を失わなくて……本当によかった。


「そもそもお嬢様が要らぬ手出しをしなければこうならなかったんですよ」


 フランが苛立ったように言いながら、私とホルトを引き剥がした。


「支えようと思ったのよ。危ないかなーと思って」

「その結果が二人で転落だなんて、本当に洒落になりませんよ。もっと高い崖だったら死んでましたよ」


 彼は怒りを含んだ口調で言うと、私とホルトそれぞれの頭に拳骨を落した。ついでのように拳骨を落されたホルトは涙目になっている。


「フランさん、なんで俺まで……」

「あんな危ない場所の場合は、私を呼んでください。リンゲル草の群生を見つけたのは、お手柄ですけど」


 フランは表情を和らげるとホルトの銀色の頭を優しく撫でる。いいな、私にもそれをして欲しい!


「そうだ。あの岩壁にびっしり生えてたリンゲル草は!?」

「ああ、全部回収しました。キャロライナ様が」

「キャロが!?」

「ええ。岩壁をひょいひょいと伝って」


 ――キャロは本当に、何者なんだろう。


 キャロライナを見るとアベル様にぎゅうぎゅうと抱きつきながら何度もキスをしている。

 アベル様は猛獣に捕らわれた哀れな生贄のようなありさまというか……真っ赤になって声も出せないようだ。

 レインはそんな二人を観察するように眺め、時折ふんふんと頷いている。レイン、なにを学習しているの……。


「あっ、お姉様起きたんですね!」

「あら~おはよう、マギー」


 私が起きたことに気づいたレインがぱたぱたとこちらへ駆け寄ってきた。

 その後ろを満面の笑みのキャロライナと、そんな彼女に手を繋がれ真っ赤な顔でふらふらしているアベル様が歩いてくる。


「お姉様、お体は大丈夫ですか?」

「ええ、平気よ。ごめんなさい、心配をさせて」


 心配そうなレインの頬を撫で、額同士をこつりとくっつけると、レインは嬉しそうに微笑んだ。


「お姉様、見てください! キャロライナ様が回収したんですよ」


 レインは持っていたリンゲル草を保管するための籠をぱかりと開けた。そこにはぎっしりと大量のリンゲル草が詰まっていた。


「キャロ、本当にすごいわね!」

「ふふ。私、運動の類は割と得意なの~」


 キャロはそう言って可憐に微笑んだ。

 天然の岩肌でボルダリングができるのなら、『得意』の域は超えているような気がする。

 フランもよく止めなかったな……。それだけキャロが信頼されてるってことなのだろうか。


「この籠に収まっていない分もありますし、ひとまず量は十分かなと」


 アベル様はそう言いながらキャロの手を解こうしたのだけれど、しっかりと握られているらしくまったく解けずに悲しそうな顔をした。


「あまり収集しすぎて五十年後に生えなくても困るし、帰りましょうか」

「帰ってリンゲル草を火の魔法で乾燥させてから、すり潰して丸薬にする作業もありますしね」


 アベル様の言葉に私はハッとなる。そっか、長期保存をできる状態にしないといけないんだ。


「収集の役に立てなかったから、それは私がするわ」


 結局私は一本もリンゲル草を入手できなかったのだ。それどころか崖から落ちてホルトに迷惑をかけてしまった。

 すり潰して丸める作業なら、料理と大差ないから私でもそつなくできるはずだ。よし、頑張るぞ!


「そうですね。お嬢様は本当に役に立たなかった上に余計なことまで……」


 フランが棘を刺す口調で言う。うう、なんだかすごくご機嫌斜めだな。そりゃあたくさん迷惑をかけたけれど。


「フラン、ごめんね?」


 フランの服の裾をツンツンと引っ張って上目遣いで見上げる。どう? 美少女の上目遣い! さすがのフランもキュンとするでしょう!?


「……鬱陶しいです」


 しかしすげなく手を払われ、頭に一発手刀を叩きこまれてしまった。解せぬ。


 なにはともあれ、リンゲル草は大量に入手できた。

 これで相当数の人を救えるんじゃないかな。

 丸薬はヒーニアス王子に数個あげたら、あとは別の功績作りのために取っておこう。



 ☆★☆



「鑑定の結果が出たよ。これは本当にリンゲル草の丸薬なんだね」


 ヒーニアス王子に丸薬を渡しに行ってから数日が経ち。

 彼はにこにことしながら私のところにやってきた。


「これで婚約破棄……」

「それは、無理だね」


 ヒーニアス王子は相変わらずの絶世の美貌に美しい笑みを浮かべてばっさりと言った。

 ……予想はしてたからショックは少ないけど。

 彼は懐をごそごそとすると、小さなカードを取り出した。

 四角い枠がたくさん書いてある……前世で言うスタンプカードのようなものだ。そして枠の一つに万年筆でサインを入れてこちらに渡した。


「はい。百個サインが溜まったら父上に婚約破棄の交渉をしてあげるね」


 ……まんま、スタンプカードと同じシステムだった。

 しかし百個って……!


「百個って多すぎません!?」

「もちろん大きな功績の場合は一気に十個サインしてあげるから。頑張って功績を積んでね?」


 楽しそうに言うと、ヒーニアス王子はウインクをしてから颯爽と去って行く。そのウインクの流れ弾に当たった女子生徒数人がくらりと倒れ込むのが視界の隅に見えた。


 ……あの腹黒。今に見てなさいよ。

そんなこんなで遠足終了です。

次回は日常パートが挟まる予定です。

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