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勇者は魔王と相対する(フラン視点)

 ホルトが崖のあたりにあるなにかを取ろうとしている。危なっかしいなとそれを眺めているとお嬢様が興味津々といった様子でそちらに近づき……

 ホルトに、ぎゅっと抱きついた。


 ――お嬢様はバカなのか? そんなことをしたら……!


 案の定慌てたホルトの体が傾ぐ。


「お嬢様!」


 急いで走り、手を伸ばす。彼女もこちらへと手を伸ばそうとしたけれど……指先も触れずに、崖の下へと落ちて行った。

 ホルトが自分が下になるようにお嬢様を抱き込むのが見える。崖はそれほどの高さもなく木々がたくさん生えているので、それがクッションになってくれるだろう。私はそのことに安堵を覚える。

 そしてめずらしく焦った表情をしているキャロライナ様、なにが起きたか理解できずにぽかんとしているレイン様とアベル様に軽く事情を話して、お嬢様たちが落下した地点に私は向かおうとした。


「フランちゃん、剣を持っていった方がいいわ。獣の気配がする。ここは私が守るから大丈夫よ」


 キャロライナ様が真剣な表情でそう告げた。たしかに山中には野生生物の気配が多くする。私は自分の荷物入れから細剣を取り出すと、キャロライナ様に一礼してからお嬢様たちのところへと向かった。

 ――キャロライナ様は、一体何者なんだと内心思いながら。

 崖を一気に飛び降り、周囲の気配を探る。お嬢様たちが落ちた地点からは少しずれたところに着地したようで、私は軽く舌打ちをした。


 その時、濃厚な血の匂いが鼻をついた。


 続けて仄暗く恐ろしいなにかに探られているような、そんな気配を感じる。私はそれを注意深く避けながら、気配を殺し血の匂いのする方へと走った。

 そこで私が見たものは――


 地面に転がる大量の獣の残骸と、その凄惨な光景の中で、お嬢様を大事そうに抱きかかえた二十代くらいに見える一人の男だった。

 ホルトは、どこにいる? あの獣の死体の中に……ホルトも『いる』のだろうか。その想像は私の心を、身近な人間を失う恐怖で震わせた。

 ともかく私は男を観察する。


 腰まである長い銀糸の髪。陶器のように滑らかで美しい褐色の肌。

 その顔は恐ろしいくらいに整っており、絶世という言葉も霞んでしまいそうだ。

 銀の睫毛に縁取られた瞳の色は、血のような濁った赤。

 男は黒の外套を身に着けており、その裾は炎のように揺らめいている。

 男から漂う気配は、強大すぎる力を感じさせるものだ。その気配に私の足は、自然と一歩下がっていた。竜と対峙しても圧倒されることなどは今まで一度もなかったのに。


 その浮世離れした美貌の男は、お嬢様に愛おしそうに頬ずりをした。


 それを目にした瞬間。私は走り、男の背後に回り込んだ。そして細剣を抜き放ち素早く首に突きつける。


「――彼女に、なにをしている」


 激しい怒りに心が焼かれそうになる。お嬢様に触れていいのは――だけだ。


「私は、彼女を助けただけだよ。『フランさん』」


 男は、笑いを含むからかうような口調で言った。

 ……私の名を知っているだと?


「お前は、何者だ」


 私は誰何する。この男の正体を血が知っている……薄々そう思いながら。

 男は刃に首筋が裂かれることにはまったく構わず、こちらを振り返った。

 銀糸の髪が広がり、燐光を放つ。凄惨なくらいに美しい男だ。見ているだけでぐらりと、脳がかき混ぜられそうになる。


「百五十年ぶりだね、ハドルストーン」


 男の唇が嬉しそうに笑みの形を作る。

 ああ、この男はやはり――


「……魔王か」


 首を刈るように私は細剣を横に薙いだ。しかし魔王は優美な動きでそれを躱し、二の太刀も軽々と躱す。もっと深く踏み込めば当てられる。そうは思うものの魔王が抱えたままのお嬢様に刃が当たるのが恐ろしい。

 あの白い肌が裂けることを想像するだけで、剣を持つ手が震えそうになる。


「ハドルストーン。私は君と敵対する気はない……今のところはね」


 ヤツの言葉に私は眉を顰めた。敵対する気が、ない?


「私の願いはマーガレットの幸せだけだ。だからマーガレットが不幸にならない限りは……大人しくしてあげる」


 そう言って魔王は愛おしそうにお嬢様の頬に口づけをした後に、地面にそっとその体を下ろした。


「それがもう一人の私。『ホルト』の願いでもあるからね」


 唐突に出たホルトの名前。それに私は虚を衝かれた。

 以前ホルトの中に感じた強大な魔力。その正体が……これか。

 美しい笑みを浮かべる男の姿が揺らぐ。そして私が瞬きをしたその間に、その姿はホルトのものとなっていた。

 倒れ込むホルトの体を、私は咄嗟に支える。彼は体中が血だらけで獣からお嬢様を守ろうとしたのだろうと、その痛々しい様子からは見て取れた。


「う……」


 小さな呻き声がして、ホルトがうっすらと目を開けた。

 警戒しつつ様子を見守っているとホルトは視線を彷徨わせ、私を認識してから微笑んだ。


「フランさん。マーガレット、様は……?」

「無事ですよ。ホルトが守ってくれたお陰で」

「……よかった……」


 ホルトは安堵の息を漏らした後に、疲労困憊といった様子でまた目を閉じて意識を失う。

 彼には『魔王』の姿になっていた時の記憶がないらしい。

 私は傷の具合を確認しようとホルトのシャツをそっと脱がせた。すると以前も見た胸にある大きな古傷。それが妙な脈動をした、そんな気がした。

 肩、腕、首。傷のありそうな箇所をすべて確認する。

 しかしシャツに穴は開いているし、血が出た形跡はあるのに。


 ――傷口は、どこにも見当たらなかった。


「魔王の力の影響か……」


 呟き、どうしたものかと思案する。

 ――ホルトの体には魔王が封じられていたのだろうか。そして彼の命の危機がきっかけで……封印が解けた?

 しかし魔王はハドルストーン家の先祖が『倒した』のでは。


 次々と疑問が湧くが今の私にはそれを解消する手段はない。

 ホルトの今後の扱いも、どうしたらいいものか。


 王国の公的機関にホルトを引き渡すという選択肢は最初からない。竜一匹にすら手間取る程度の軍事力なのだ。魔王を無駄に刺激し、しかしその責任は取れず。手柄欲しさとプライドの高さから自分たちでなんとかしようとした挙句に、最悪の状態になってから結局ハドルストーン家にお鉢が回ってくる。そんな面倒事になる未来しか見えない。


 私が秘密裏にヤツを殺そうにも、魔王に勝てるかどうかは五分五分というところだろう。

 それに正直なところ……『ホルト』を殺すことに、私は抵抗感を持っている。

 その迷いは剣を鈍らせてしまうだろう。


 ヤツは『今は』敵対する気はないと言っていた。信用できるかは怪しいところだが、現状は魔王を刺激しないようにしながらいざという時、確実に殺せるように対策を練るべきか。


 ――とはいえ対策、をしようにも。

 そもそも、魔王というのはどういう存在なのか……それは謎に包まれている。


 王国に二度の災いを齎した邪悪な存在。元は人間で、その力は異端。それ以上のことを書いてある書物を私は見たことがない。

 ハドルストーン家の書庫になら、魔王に関する記録があるかもしれない。

 ――一度ハドルストーン家に帰る必要があるな。


 ハドルストーン家の領地への往復には、約二カ月かかる。

 従姉のエラリィを呼び寄せお嬢様の護衛を頼んでから帰るか。従姉は竜殺しの力を持っていることを世間に隠したがっているから、全力で断られそうだが。

 けれどエラリィにならお嬢様を安心して任せられる。彼女は私よりも『強い』。

 エラリィに断られた場合は……お嬢様を領地に連れて行くしかないのだろうか。

 危なっかしくてなにをするかわからないお嬢様を、一人にはできない。

 ……が、そうなると面倒だな。


 呑気な寝顔を晒しているお嬢様に目を向ける。


『私の願いはマーガレットの幸せだけだ』


 先ほどの魔王の言葉が脳裏に蘇った。

 蕩けるように甘い声音とあの表情。あれは心底お嬢様に惚れ込んでいるように見えた。

 魔王の思考は不幸中の幸いと言えばいいのか、『器』であるホルトに影響されているのかもしれない。

 ……アルバートといいお嬢様は妙な男を惹きつける癖でもあるのか。


 遺憾ながら、現状ではお嬢様が魔王の唯一の手綱……らしい。

そんなこんなで、フランの実家探訪フラグが、立ちました。

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