令嬢は遠足のような冒険をする10
目を皿のようにして、泉の周辺を探索する。
アベル様のお話だと昔はリンゲル草は泉を囲むように群生していたそうなのだけれど、現在目視する限りではそのような様子はない。
地質自体が変わって生えなくなってるのかな……なんてマイナス思考を私は頭を振って振り払った。
泉の周辺には深い草が生えている。きっとそれに紛れてしまっているのだ。それかまだ花が咲いていなかったり、芽の状態だったりするだけなのかもしれない。
私は地面に這いつくばり、目を凝らして必死に探した。
そして探索開始から三十分後。
「これかしら~?」
キャロが嬉しそうに大きな声を上げた。
皆でそちらの方へ向かうとキャロは小さなレンゲソウのような花を手にしている。アベル様からもらった絵と一緒のものに私には見えるけど……
アベル様の判断を私は固唾を飲んで待った。
「これです、これですキャロライナ様!」
アベル様はキャロから受け取った花をしばらく眺めた後に、頬を紅潮させながら興奮気味に叫んだ。
「よかった、ちゃんと見つかって……」
アベル様はほっとしたように呟くと、保管するための籠の中にリンゲル草をそっと入れる。
籠の中に入れられたリンゲル草を取り囲み、私たちもほっと安堵の息を漏らした。
これが婚約破棄への一歩になるのだと思うと、心に歓喜が滲み出る。頑張って私も見つけなくちゃ!
「よかったですね、お姉様!」
「そうね、レイン!」
レインと手を取り合って私たちはぴょんぴょんと跳ねた。レインのスカートの膝あたりや手袋は泥んこになっていて、リンゲル草を一生懸命探してくれているのがわかって申し訳ない気持ちになる。
帰ったら膝枕で耳掃除でもしてあげよう。レインは昔から、それが好きだから。
「アベル様。どれくらいの数が必要になるのですか?」
フランが顎に手をやりながらアベル様に訊ねる。するとアベル様は少し考えた後に……
「正直なところ、あればあるだけ……という感じですね。万能薬とはいえ一回切りの量で終わってしまっては、意味があまりありませんから」
少し苦笑しながらそう言った。
それはそうなのだ。どこかで病気が流行ったとして一人だけ治せても意味がない。ある程度の人々を治せる量がないと。
「ふふ。私お手柄よね~。アベルちゃん、ご褒美は?」
キャロはアベル様に身をすり寄せると、おねだりをするように彼を見上げた。
「ご褒美!?」
キャロの言葉にアベル様は焦ったように後ずさる。
「ほっぺにちゅーさせて、ね?」
それを聞いたアベル様が逃亡するより早く、キャロは彼を捕らえて素早く頬に唇をつけた。アベル様の顔は一気に真っ赤になる。そしてそのまま後ろに転んでしまった。
「たくさん見つけたら、今度は唇ね~」
キャロは勝手に条件を付け加えていく。それを聞いてアベル様のお顔はさらに真っ赤になった。
本来なら今回の発起人である私がご褒美を出すのが筋のはずなのだけど。キャロが楽しそうだから、水を差すのは止めよう。
いいなぁ。私もフランにキスしてもらいたい!
「フラン、私も見つけたらほっぺにちゅー……」
「頬に焼き鏝なら当ててあげますけど」
私が言い終わる前に、フランは爽やかな笑顔でそう言った。
……フランの愛は、焼け付くほどに情熱的ということね。
いや、むしろ所有印? 奴隷には焼き鏝で印を入れる、なんて話も聞くし。
「それってフランの奴隷という証ってこと?! だったらいくらでも付けてもいいわ!」
私はフランの奴隷になりたい。ああ……這いつくばって毎日フランの靴を舐めながら過ごす生活を過ごしたい。靴の溝までちゃんと舐めるわ。きっと上手にできるはず。あわよくば生足も舐めたい。想像しただけで幸せすぎてゾクゾクする。
「お嬢様、妄想が気持ち悪いです」
「なんでバレたの!?」
「いえ、表情で」
フランはじっとりとした冷たい視線でこちらを一瞥した後に、大きなため息をついた。
「……バカなことを言ってないで。リンゲル草を探しますよ」
そう言って彼は探索へと戻ってしまう。
……奴隷には、してくれないのか。私もため息を一つついてから、探索に戻った。
するとホルトが崖ギリギリのところで手を伸ばしているのが目に入る。あそこに、リンゲル草があるんだろうか。私は興味を惹かれてそちらに向かった。
「ホルト、どうしたの?」
「あっ、マーガレット様。あれを見てください」
ホルトに言われ下を覗くと、岩肌に張り付くようにしてリンゲル草がみっしりと密集して生えているのが目に入った。これはすごいわ!
「ホルト、すごいじゃない!」
「でもなかなか手が届かなくて……」
ホルトがぐーっと思い切り手を伸ばす。そんな彼を支えようと、私はホルトの腰に自分の腕を巻きつけて思い切り抱きついた。
……しかし、それがいけなかったらしい。
「マ、マーガレット様!?」
「ひぇ!?」
動揺したホルトの体がぐらりと傾いだ。
私の体も釣られて傾ぎ、……そのまま、崖の方へ二人とも投げ出された。
「お嬢様!」
フランの焦ったような声がする。そちらに私は慌てて手を伸ばしたけれど。
指先にすら触れられずに、私とホルトの体は崖の下へと落ちていった。
お久しぶりの更新で恐縮です。
本日は2回更新予定です。次話はお昼頃に!




