令嬢は遠足のような冒険をする8
山道を歩くこと一時間半。
……私の足は、見事にガタガタだった。こればっかりは仕方ない。令嬢に転生し早十五年と少し。私の運動はたまにやるダンス、の一点のみである。つまりは運動に体が慣れていないのだ。前世の体育の時間の重要性をいまさらながらに感じてしまう。
目的地までは約二時間半。ということは、あと一時間も道程がある。
私に気を遣って皆は時々短い休憩を入れてくれるけれど。それでも私の足には疲労が溜まっていく。
この登山は私の用事であり、皆はわざわざ付き合ってくれているんだから。しっかり歩かないと……!
「ぶぇあ!」
しっかり歩かないとと思った瞬間、私は足をもつれさせて転んでしまった。下は落ち葉が降り積もった柔らかな地面だったので、倒れ込んでも痛くはないのだけれど……とても恥ずかしい。皆もびっくりした顔で私を見ている。
咄嗟のことで反応できなかったのか、それともわざと助けなかったのか。フランは地面に転がった私を面白がる表情で見つめていた。……この顔はわざと助けなかったんだろうなぁ。
「お嬢様……大丈夫ですか? 蛙が潰れたような声が聞こえましたが」
「……へ、平気よ。フラン!」
私は口に入った落ち葉をぺっと吐き出すと、軽やかに立ち上がろうとして……今度は尻もちをついた。
「お姉様! 大丈夫ですか!?」
レインが駆け寄り私の腕を取って引き起こしてくれる。情けないなぁ……義妹はこんなに元気なのに。
「私に寄り掛かって歩きますか? お姉様」
彼女はそう言うと、どこか嬉しそうに腕を差し出してくる。どうしてそんなに嬉しそうなのかな。レインは攻略対象にもまったく興味を示さないし、百合の花咲く道へと進んでしまったのだろうか。……いや、深く考えないでおこう。
「大丈夫よ、レイン。自分で歩けるから」
そう言ったものの私の足は小鹿のように震えていた。レインは青い瞳を心配そうに潤ませながらこちらを見つめている。
「……ペースが少し早かったですね。女性の足を考慮できず、申し訳ありません」
アベル様が眉を下げて言うけれど彼はなにも悪くない。皆は明らかに平気そうだし、これは自分の日頃の運動不足のせいである。
「マーガレット様。背負って歩きましょうか?」
ホルトが心配そうに声をかけてくる。フランに続いて素敵モブ男子のおんぶだなんて、この世界は奇跡で輝いているのかな。だけどホルトと私は体格があまり変わらない。背負って山道を歩くのはかなりの負担になりそうだ。
「フランちゃんが~背負えばいいんじゃない?」
おっとりと素敵な提案をするのはキャロライナだ。やっぱり親友は頼りになるわ!
「ほら、フランちゃんがまた……ても困るでしょ? そしてホルトちゃんは、私を背負うの。アベルちゃんでもいいんだけどぉ」
どうしてそうなるの、キャロライナ。息切れ一つしていないキャロを背負う必要性とは……。いや、こう見えてすごく疲れてたりするのかな。
そしてフランがなんなのだろう。小声でよく聞こえなかったけど。フランを見るとものすごく苦い顔をしているから、あまりいいことを言われたわけじゃないのかな。
ホルトは困惑したようにキャロを見つめ、アベル様はぶんぶんと首を振っている。キャロライナがいい笑顔で両手を広げると、ホルトは仕方ないなという様子で地面にしゃがみ、彼女はその背に嬉しそうに覆い被さった。
「……まったくキャロライナ様は……。しょうがないですね」
そんな二人を指を咥えながら見ている私を一瞥した後に、フランは一つ大きく息を吐いた。
――まさか塔でのおんぶの奇跡再びなんだろうか。
私は餌を待つ犬のような期待をする表情になってしまう。
フランの綺麗な首筋をすはすは嗅ぎたい。その豊かな黒髪のつむじの匂いも嗅ぎたい。フランの体温を自身の体で感じたい。欲望は身の内で高まるばかりだ。
フランは無表情で私に近寄ると……その綺麗な両手をこちらへ伸ばした。
あれ、おんぶじゃないの? もしかしてお姫様抱っこですか!?
そして彼は軽々と……荷物のように私を肩に担ぎ上げた。
「ぐへっ!」
お腹にフランの肩が食い込んで、ちょっと痛い。というかこれじゃない! 令嬢を抱える方法として間違ってる!
「フラン、お姫様抱っこがいい!!」
「姫なんてものは見当たりませんが。ここにあるのは大きな荷物だけです」
……たしかに私は、登山のお荷物ですけどね……。
フランの言う通りなので仕方なく体を弛緩させる。不満ではあるけれど、これはこれで意外と密着度が高いから我慢しよう。腰にはしっかりフランの手が回っているし、足もがっちり意外に逞しい腕で抱え込まれてるし、フランのお顔のすぐ横に私のお尻がありますし。……なんだか恥ずかしくなってきた。
ふわりとフランのいい匂いがする。もっとくっついて匂いを嗅ぎたい。どうにか彼の背中に鼻をくっ付けられないかな! でもそうすると、私の体をフランにめいっぱい押し付けることになってしまう。そんなの、私などという矮小な存在がするにはおこがましくて……。ああ、眩暈がしてきた……。
「腹黒糸目はお姉様の扱いが乱雑すぎるのよ」
レインがその綺麗な青の目をつり上げてフランに抗議する。
「ですがこれで目的地までさくさく進めますよ。……そろそろお嬢様が意識を失う頃合いか……」
……薄れゆく意識の中で聞いたフランの言葉の通り。私は俵担ぎをされたまま、白目を剥いて気絶してしまった。
そして次に目を開けた時には……目的地であるリンゲル草の生息地に辿り着いていたのだ。
なんでもお見通しなキャロと、お嬢様の気絶のタイミングを理解してきたフランさん。
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