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令嬢は遠足のような冒険をする7

 頭がなんだかズキズキと痛い。しかしこれがフランの手刀による痛みだと思うと、まぁいいか、と思ってしまうのは愛の成せる技だろうか。

 愛というのは与えられるものすべてを喜びに変える。人間というのは本当に素晴らしい生き物だ。


「これが人間賛歌というやつね」


 私はフランに叩かれた場所を撫でさすりながらそう呟く。そんな私にフランは胡乱げな目を向けた。私に手刀を落としてスッキリしたのか、フランの不機嫌さは解消されたような気がする。

 そもそもの話。フランは、どうして怒ってたんだろうなぁ。


 さきほどフランに触れられた唇を、こっそり指でなぞる。


 ……どうして、フランは。私ごときの唇に触れてくださったのだろう。


 感触を思い出しただけでくらくらして、気絶してしまいそうになる。だって、フランの綺麗な指が触れてくれたんですよ!? ああ、あの瞬間を切り取れるのなら切り取りたい。そういう魔法はないのかな。


「……どうしよう」


 思い返しているうちに顔が熱くなり、足元がおぼつかなくなってしまう。ふらふらと左右に揺れ、時には木の幹に頭を打ち付け、時には茂みに突っ込み葉っぱをくっつけながら歩く私の腕を……綺麗な手が強い力で掴んだ。


「まだ少ししか歩いていないでしょうに。なにをふらふらとしてるんですか」


 ……腕を掴んだのは、フランだった。横にいるのは彼しかいないのだから、当然そうなるのだけれど。その綺麗な形の眉を不快そうに歪めて、糸目からわずかに覗く青の瞳で彼は私は見つめている。


「……う……あ……」


 さきほどまで彼の指の感触を思い返していた私は、掴まれた手から生々しく唇に触れた指の感触を再生してしまって。動揺でまた大きく体を傾がせてしまう。

 そんな私の腰を……フランの手が、しっかりと支えた。

 片手で軽々と腰を支えたフランは、少し心配そうな表情になる。


「お加減が悪いのですか?」


 囁く彼との距離が近い。意外と長い睫毛に縁取られた細い目、薄くて綺麗な私にお叱りの言葉ばかりを吐く唇。それらが、私ごときの間近にある。綺麗な黒髪がふわりと揺れて、こちらの額にさらりとかかった。


 ――死ぬ。フランの供給過多で死ぬ。

 推しの三次元化は何年経っても私に致死量のダメージを与えるのだ。


 お父様、お母様。今までありがとうございました。マーガレットの人生はとても幸せなものでした。唯一フランと結婚できなかったのが心残りで……。


 私は刮目した。

 ――そうよ、フランと結婚するまで死ねないじゃない!


「フランと結婚するまで、死ねない!」

「ああ、お元気そうでなによりです。そして私以外と婚姻するために頑張って生きてください」


 そう言うと彼は私の腰からそっと手を離してしまう。残念なような、供給過多すぎて致死案件だったからほっとしたような……。


「……疲れたのですか?」


 フランに訊ねられ私は首を横に振る。精神的な疲労は重篤だけれど、肉体の疲労はまだそうでもない。ちゃんと準備をしてきてよかったな、としみじみ思う。今日の気候が歩くのに適しているお陰もあるだろうけど。


「まだ、大丈夫。今どれくらい登ったのかな」

「行程の三分の一程度でしょうね」


 そっか、まだまだ先は長い。前方を見ると皆はさくさくと軽快に歩いている。


 ……私も頑張って歩こう。


 とは思うものの石がごろごろとしている区画に入ったようで、足元はやや歩きづらい。大きめのものを避けながら歩いたり、小石につまづいたりで、私の体力は徐々に削られていく。

 私はトレッキングポールをしっかり握り直し、慎重に足を進めていった。

 レインが飛び跳ねるように元気に道を進んでいる。キャロライナの足元もなんだか軽快だ。

 ……いつも元気なレインはともかく、私と同じく深窓の令嬢なはずのキャロはどうしてあんなに足元が軽快なのだろう。彼女は意外に運動神経がよいのかな。


 それとも、私の運動神経が悪すぎるのか。


「……ふー……」


 深呼吸をして息を整える。汗が額から伝い、頬を流れる。

 タオルでごしごしと汗を拭っていると、フランが私のナップザックから水を出して手渡してくれた。


「……水分はこまめに取ってください。倒れられると私が困ります」

「ありがとう……!」


 フランから水を受け取り一口飲む。それは喉を潤しながら落ちていった。

 なんだかんだで、フランは優しいなぁ。口調は厳しいけれど心配してくれているのだろうし。


「ほら、口を開けて」


 声をかけられて反射的に口を開けると、綺麗な指で口の中に飴を押し込まれた。

 ……とても甘い。少し大きな蜂蜜の飴玉だ。フランのポケットの中に入っていたらしく、それは体温で少し生温くなっている。


 ――フランの、体温で。


「ふぐ!?」

「……甘いものでも食べていたら少しは気がまぎれるでしょう」


 フランはそう素っ気なく言うと無表情で前を向いた。

 甘い、美味しい。いや、そうじゃない。それも大事なのだけど。

 フランが手ずから私の口に飴を押し込んでくださった……だと? これは巷で言う『あーん』ってやつじゃないですか!

 しかもフランの体温で温められた飴玉様を拝領できるなんて。なんのプレイなのこれは!?


「……ご主人様……」

「あ゛?」


 潤んだ瞳で囁きながら見つめたら、間髪入れずにすごまれた。


 ……この方向性のプレイじゃなかったか。

そんなほのぼの山登り回でした。

本編と落差が激しすぎるIF番外編の投下も始めております。


思って頂けましたら、感想・評価などで応援頂けますと更新の励みになります(n*´ω`*n)

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