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従僕による幕間2(フラン視点)

 お嬢様とホルトが、なにかを話している。

 そろそろ山に登りたいのだが……お嬢様はいつでもマイペースだ。そんな苛立ちを感じながら私は二人に近づいた。

 お嬢様はなにかを話しながら、ホルトの手をしっかりと握る。そして、その顔を近づけ……二人の距離はなくなった。


 ――ホルトと、口づけを?


 お嬢様は私に背を向けているため、どんな表情をしているのかはわからない。貴女は、どんな想いで彼にそんなことをしたんだ。


 あんなに普段……私に愛の言葉を囁く、あの可憐な唇で。なぜ。


 その考えに至り私は慌てて頭を振る。私は、なにを考えているんだ。お嬢様の気持ちを何年も拒絶しているのは私じゃないか。お嬢様が他の者に気持ちを向けたとて……それは当然のことだ。そしてそれでいいんだ。ホルトに気持ちを向けられるということは、ヒーニアス王子にもきっと向けられる。

 お嬢様とホルトの距離はまだ離れない。風が木々を強く揺らす。それに煽られたのかのように心がざわめき、悲鳴を上げる。

 私は足早にお嬢様へと近づき、その肩を強く引いた。


「……なにを、しているんです」


 思わず棘のある声が口から漏れてしまう。こんな醜く身勝手な苛立ちなんて、お嬢様に向けたくないのに。自分で突き放しているくせに、お嬢様が離れてしまうと思うと心が酷くざわめくなんて……私は本当に身勝手だ。


「フラン! あのね……」

「マ、マーガレット様。その、内緒で……っ」


 お嬢様がなにかを言おうとし、ホルトがそれを慌てたように止めた。彼女はホルトに視線を向ける。


「うん、内緒ね!」


 そして美しく慈愛に満ちた笑顔で、そう言ったのだった。


 お嬢様と並びしんがりで山道を歩く。……せめてこの心の揺らぎが収まるまでは、お嬢様と離れて歩けばよかったな。そうは思うが私の体はお嬢様のお側にいる癖がついてしまっている。一緒に過ごした時間は、私をお嬢様の従僕として躾てしまったのだ。

 お嬢様がこちらをちらちらと窺う気配がした。なにか、言いたいことでもあるのだろうか。


 ――もう、フランじゃなくていい。


 そんな言葉だったら、私は……。唇をぎゅっと引き結ぶ。私は日々お嬢様を拒絶しながらも、心のどこかでは『お嬢様と離れるのはもう少し先だ』そんな安堵感を持っていたのではないか。このぬるま湯のような時間はまだ続くのだと、そんな希望を持っていたのでは。

 なんて愚かで浅はかな。絶対に手に入らない突き放すべき少女から向けられる気持ちに、いつの間にかこんなにも囚われていたなんて。

 私は騎士だ。この国に仕えるべき騎士で、お嬢様の側にいるのは従僕たれと国に言われたからだ。そして彼女は生まれた時からそうなると決められた、将来の国母だ。

 私は、お嬢様の従僕だ。従僕たらねば。


「お嬢様。先ほどは……ホルトと」


 そう心に言い聞かせたはずなのに、口から勝手に言葉が零れた。


「……貴方にだって内緒なのよ、フラン」


 お嬢様は煌めく紅玉の瞳で私を見つめる。少し気まずそうなお嬢様の表情に、心がまたざわめく。


「先ほどは……彼と、口づけを……」


 絞り出すように漏らした小さな声は木々のざわめきと風に流されてしまう。


「え?」

「いえ、なんでも」


 訊いてどうする。お嬢様に聞こえなくてよかったのだ。そう思いながら無心に足を動かそうとした時。

 お嬢様が私の手を握った。驚き、目を見開く私をお嬢様はいつも見せる頬を染めうっとりとする表情で見つめる。そして私の手の感触を確かめた後に、嬉しそうに蕩ける笑顔を浮かべた。


 ――苦しい。


 心をぎゅっと大きな手で掴まれ、容赦ない力で弄られているような。そんな胸苦しさに私は顔を歪めた。


「……フラン、大好き」


 お嬢様から、そんな囁きが漏れる。もう私には向くと思っていなかった、その言葉。それは私の心をさらに揺さぶった。

 足を止めると、お嬢様も足を止める。そしてその美しい紅玉が私を捉えた。


「フラン?」


 彼女は少し心配そうに私の名を呼び、首を傾げる。美しい深紅の髪がふわりと揺れて。一面の緑の中でそこだけ燃えているようだ。白い頬に陽の光が射し、お嬢様の私に恋をしているかのような表情を照らし出す。

 手を伸ばし、彼女の小さなおとがいに触れる。そしてそのまま顎を持ち上げ私の方に顔を向けさせると、お嬢様の動揺が伝わってきた。


「フ、フラン?」


 戸惑ったような表情でお嬢様が私を見つめた。宝石のように美しいその薄紅色の唇を指で撫で、感触を確かめる。手袋越しではあるが、柔らかで繊細な感触を指先に感じた。

 いつか私が口づけ、先ほどホルトに口づけた。お嬢様の唇。

 お嬢様の頬にどんどん赤みが差し、紅玉の瞳は涙で潤んでいく。唇からは震えが伝わり、熱い吐息がふわりと漏れた。それは私がそうさせているのだと思うと、歪んだ喜びが湧く。


 ……このまま、奪ってしまいたい。


 そんな欲求が押し寄せ、衝動となる。私はそれを必死に制した。

 お嬢様の唇が言葉を紡ごうと薄く開く。そしてその唇からは私の思いもよらない言葉が漏れた。


「……ホルトと内緒話をしたのが、そんなに嫌だった?」


 ――内緒、話?


「……内緒、話? あんなに、顔を……近づけて?」


 口から思わず呆然とした声が出る。あれは口づけではなかった……そういうことなのか?


 ――私が……勘違いをしていただけ?


 色々な感情が胸に押し寄せる。

 勘違いをしてしまったことへの羞恥。

 そしてそれに感情を揺さぶられてしまったことへの不甲斐なさ。

 紛らわしい距離感を、無防備に男と作るお嬢様への怒り。


 ……お嬢様の気持ちが、まだ私の元にあるのだという大きな安堵。


 その色々な気持ちを大きなため息を吐いて胸から吐き出す。

 そして私は照れ隠し半分、紛らわしいことをするお嬢様への怒り半分で、その形のいい頭へ手刀を見舞ったのだった。

フランの心お嬢様知らず。

勘違いしたままだったら色々あれこれしたかもしれないですね(n*´ω`*n)

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