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令嬢は遠足のような冒険をする4

 山登りの当日。私は意気揚々と寮の部屋で準備をしていた。

 学園には『社会見学』という名目でお休みの届けを出している。事務員さんには少し怪訝な顔をされたけれど、ちゃんと受理はしてくれた。令嬢の妙な気まぐれだと思ったのだろう。

 丈夫な麻のドレスの下に歩きやすいようにトラウザーズを履き、怪我防止のための薄い白の手袋、日焼け防止のための鍔の大きな帽子を身に着ける。背中にはホルトに縫ってもらった麻のナップザックを背負い、その中身は竜の皮で作った大きな水筒と片手で食べられる栄養食……チョコレートとナッツを固めたものとタオルを数枚を入れている。クマ避け用の鈴も一応入れた。足元は女性騎士が履く丈夫で滑りにくい靴。ご老人用の杖を注文してトレッキングポールも確保した。これで山登りの準備は万端だ。

 ふふ、完璧だ。この装備なら高尾山どころか奥多摩も登れるわ。完璧な日曜日のOLのトレッキング仕様である。

 ちなみにレインとキャロライナも同じ装備だ。先ほどまで三人で楽しく、お着替えタイムだったの。そして三人でパニエが入っていないスカートの軽さに感動しながら、ぴょんぴょんと部屋中を飛び跳ねた。……フランに怒られてすぐに止めたけど。

 寮の台所を借りて人数分作ったお弁当はフランが持ってくれるそうだ。量が多いので申し訳ないな、と思うのだけど『これくらい平気ですので』と平然とした顔で言われてしまった。塔に登った時も思ったけれど、彼は案外体力がある。

 フランはいつものお仕着せ姿で登山に行くらしい。そんな軽装で大丈夫なのかな。革靴じゃ山で滑らない? 転んだ時に怪我をしない? 私はつい心配になってしまう。

 ホルトもいつものお仕着せに近い格好なのだけれど、足元はしっかり軍靴のようなものを履いてる。しかしフランはいつも通りの格好なのだ。


「フラン、本当にそんな軽装でいいの? 山を舐めてはダメよ。タケノコ採りで毎年何人の遭難者が出てると思ってるの」


 私は何度目かの質問をフランにした。


「何人ですか? お嬢様」

「……それはよく知らないのだけど」


 データを持っていたとしてもそれは前世のもので現世的にはなんの意味もない。


「……知らないのに言ったのですか」

「で、でも心配なの!!」


 必死で食い下がると面倒臭そうに目を細めて、非常に苦い笑みを浮かべられる。でも私はフランのことが自分よりも大事なの! 怪我なんてして欲しくない。


「……ハドルストーン家の領地は山だらけなので。これよりも数倍高い山にも軽装で登り慣れておりますゆえ」


 そう言ってフランは私から視線を逸らした。……そっか、そうなのか。なら安心なのかな。

 ハドルストーン家の領地ってどんなところなんだろう。お父様に一度訊いたら『信じられないくらいのものすごい田舎だよ』とは教えてくれたのだけど。王都から離れすぎていて私には実態がいまいちわからない。だって馬車で片道一カ月以上かかるのよ! 辺境だから仕方ないって言われたら、それまでなのだけど。貴族名鑑を見ても爵位とご一族の名前と領地の場所くらいしか書いてないから。私はフランのご実家に関して非常に無知なのだ。そういえば称号の欄に『護国騎士』って聞き慣れない称号が書いてあった気が……。それを調べたらハドルストーン家のことが少しはわかるんだろうか。


「フラン。貴方の故郷に一度行ってみたいわ」

「遠慮してください、お嬢様。筆頭公爵家のご令嬢を連れて行けるような代物ではありませんので。お嬢様には王都がお似合いですよ」

「フランと一緒ならどこにいても幸せよ? 私、フランを愛してるもの」

「レイン様、キャロライナ様、靴のサイズは合っていますか? 靴擦れをしては大変ですので合わない時はすぐに言ってくださいね。紐はちゃんと結べましたか?」


 ……今日も華麗にスルーされてしまった。私の告白はいつでもフランに届かない。


「腹黒糸目、私なら大丈夫よ!」

「私もよ~フランちゃん」


 レインはそう言ってにっこり笑うと元気よく靴の踵をぶつけて鳴らした。キャロライナは……靴紐の結び方がぐちゃぐちゃになっている。


「……ホルト」

「はいフランさん。失礼しますね、キャロライナ様」


 ホルトがちょこちょことキャロライナのところへ歩き、足元に跪いて靴紐を結び直す。キャロライナはそれを見ながら『まぁまぁ~』と小さく声を上げた。そして綺麗に靴紐を結び直して満足げなホルトの頭を優しく撫でた。


「キャロライナ様、くすぐったいですよ。それに、えっと。年頃の女性がみだりに男性に触れるのはですね。いけないことなんです!」

「ホルトちゃんとアベルちゃんは、私のペットだから撫でていいのよ?」

「ペット……」


 キャロの言葉にホルトは涙目になった。さりげなくペットの枠にアベル様まで入れられている。キャロライナ、ホルトはうちのペッ……いえ、素敵モブよ。親友でも差し上げませんよ。

 アベル様とは校門の前で待ち合わせている。お小遣いでレンタルした馬車もそこに停まっているはずだ。今日の御者はフランがすることになっている。狭い密室で彼と過ごせないのは残念だけれど、ホルトは馬の扱いに慣れていないそうなので仕方ない。というか彼はなぜか動物に嫌われがちだ。フランよりもよほど好かれそうなのに不思議だなぁと思ってしまう。


「じゃあ、待ち合わせの時間も近いしそろそろ行きますか!」


 私はそう言うと体の大部分を覆うコートを羽織った。レインとキャロライナも同じくである。登山仕様を人に見られると面倒だもんね。馬車に乗って早く脱いでしまいたい。

 その格好で校門へ向かうと……。


「お待ちしておりました、マーガレット様!」


 丸みを帯びた鍔のある帽子、ポケットが胸の部分についた象牙色の丈夫そうなシャツ、首にくるりと巻いたスカーフ、彩度が低めの緑色のトラウザーズ……とボーイスカウトの少年ような服装のアベル様が待っていた。控えめに言って、とてもとても可愛い!


「アベルちゃん可愛いわ!」


 キャロが普段ののんびりした動きからは考えられない速度でアベル様に突進していく。アベル様は驚愕の表情をするもののそれを躱せず、勢いのままキャロに抱きしめられてしまった。


「キャロライナ様!?」

「ああ~! 可愛い! 最近仕事が多くて疲れてたのよ。癒されるわ~」


 ……侯爵家令嬢であるキャロのお仕事って社交関連かな。私はそういうものをさぼりがちだけど、キャロはちゃんとしてるんだなぁ、偉いなぁ。

 キャロは白い頬をアベル様の頬にぐりぐりと押しつけて頬ずりしている。それをどうにか止めようとホルトがオロオロしながら二人に近づくと、キャロの目がギラリと光りついでとばかりにホルトも捕獲され激しく頬ずりされてしまった。

 いいなぁ、楽しそうだなぁ。


「……フラン、私もフランに頬ずりしてあげようか?」

「おろし金を用意しますので、少々お待ちくださいね!」


 横に立ってたフランに上目遣いで訊ねると、彼はとてもいい笑顔でそう言った。フラン、さすがにおろし金は私でも辛い。血まみれ案件になってしまうわ……。


「お姉様! 腹黒糸目の代わりに私が頬ずりしますので!」


 レインがすかさず私に抱きつくとぐりぐりと頬を寄せてくる。うわーヒロインの頬ずりとか、なんて贅沢すぎる役得なんだろう。ほっぺがすべすべでもちもちしている。うちの妹は本当に可愛い。私からも頬ずりすると幸せそうに蕩ける笑みを浮かべられた。


「皆様、そろそろ行きますよ。日帰りで行ける距離とはいえ、予定外のことは起こり得るのですから」


 フランが呆れたように言うとキャロは渋々アベル様とホルトを解放した。


「……私の癒しが……。ひどいわ、フランちゃん」

「馬車で片道一時間はかかりますので、その間に存分に癒されてください、キャロライナ様」


 フランの言葉にキャロはパッと表情を明るくする。……フラン、アベル様とホルトが涙目になっているから勘弁してあげて。

 そしてレインはそろそろ私に頬ずりするのを止めてくれないかしら……。

そんなこんなで遠足開始でございます。フランの領地に対してマーガレットはかなり無知ですが、ハドルストーン家に関する手に入る情報は極端に少ないのです。

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